彼女の気持ちはミステリー
水曜日、今日は委員会の会議がある。
放課後になると佐々木さんが俺の席までやって来たがおそらくそのことで呼びに来たのだろう。
だが、今日の彼女はちょっと様子が変だ。
「一宮くん。今日は会議だけど覚えてる?」
「あ、おう……って、佐々木さん、なんか今日雰囲気違うね」
佐々木さんはいつものおさげ髪を今日はストレートにしていて、制服も気崩してる。
こうしてみるとまた違った印象を受けるけど、真面目そうという第一印象のせいか、いつも通りの方がいいなと思う。
「ちょっとイメチェン? しっくりこなかったから明日には戻すけど」
佐々木さんが若干不機嫌そうにする。
「そ、そうなんだ」
なんか悪いこと言ったかな。
場合によってはセクハラに捉えられるし、女の人の外見をあれこれ言うのはよくないかもしれない。
「でも一宮くんって女の子の変化に気づくタイプ? そういうのは結構ポイント高いよ」
あれ? 思ったより悪くない反応なのか。
でも口調はまだなんか怒ってる気がする。
……ミステリーだ。
「へ、へえー。と、とにかく行こうぜ。もう会議始まるしさ」
なんだか怖いので適当にはぐらかしておこう。
と、思ったのだが、佐々木さんはまたムッとした。
なにこの人。怒るポイントがわからなすぎるんですけど。
「……そうだね。行こうか」
佐々木さんは不機嫌ながらも時計を一瞥すると、時間がなかったのでやむを得ずといったように了承した。
佐々木さんとともに図書委員の会議場所である図書室に向かっていると、その廊下の先にに人が倒れていた。
遠目からだがあの人影はもしかして……いや、もしかしなくても早月だ。
これで何回目だよ。もはや俺の中でぶっ倒れてる早月がデフォルトになりつつあるぞ。
……って、そういえば今日は朝飯を食べさせなかったな。
「えっ!?」
佐々木さんが叫び声を上げる。
たぶん早月が倒れてるのを見つけて驚いたんだろう。
そりゃ、人が倒れてたら誰だって驚く。
俺も最初見たときにはびっくりしたものだ。
とりあけず放っておくわけにもいかないので近寄って声をかけておこう。
「おーい、塚原ー?」
「あ、そこは名前じゃないんだ」
佐々木さんが急に何か呟く。
「へ? 名前?」
今、早月のことは名字で読んだはずだけど。
「……あれ、聞こえななくなった。あ、いや! 何でもないよ!」
あはは、と佐々木さんが笑ってごまかした。……おかしなやつだな。
ま、いいか。
「はっ! 一宮先輩!? どうしてここに」
「それはこっちの台詞だ。こっちは武道場とは反対方向だろ。それともお前も委員会か?」
「いえ、そういうわけじゃ……はて? どうしてでしょう」
早月が首を傾げる。
……というよりは、左右にゆらゆら揺れていた。
「お前、ふらふらじゃねえか。保健室行くぞ」
早月の腕を掴んで引っ張る。
「えっ、ちょっと一宮くん! 委員会は!?」
「悪い、こういうことだから。あとは頼んだ!」
俺はすべてを佐々木さんに託し、早月を保健室まで運んだ。
「ちょっと! 意味わかんないんだけど!」
背中から佐々木さんの野次が飛んできた気がするが気のせいということにしておこう。
早月を保健室に連れていくと、いつも通りの貧血だと診断された。
早月は保健室の常連らしく、なぜいつも言ってるのに朝を抜いてくるんだ、と保健室の先生にこってり絞られている。
「ふぅー、やっと解放された」
「お疲れー」
早月は長い説教が終わったみたいで深い息をついた。
「あれ、先輩まだいたんですか」
「ダメだった?」
「いや、そうじゃなくて……保健室まで連れ添ってもらったのはありがたいんですけど、終わったならすぐ委員会にいけばよかったのに」
「いやー、でも佐々木さんだけでなんとかなるでしょ。実際面倒くさいし」
「うわ、最低だ。これから先輩のことカスノミヤ先輩って読んでいいですか?」
「えー、俺そんな悪いことした?」
俺は委員会初めてだから知らないけど、互いにカバーし合えるように二人いるんじゃないの?
「悪いかどうかは知りませんが、その佐々木さんという先輩は怒ってるんじゃないですか」
まじでか。
今日はやたらと不機嫌だったし、これ以上怒らせたとなると明日が怖い。
翌日、佐々木さんの機嫌に怯えながらも俺は登校する。
でも今日は隣に夏穂もいるし、もしかしたら機嫌を取ってくれるかもしれない。
「ああ、これから放課後まではお父さんと遠く離れるんだね……」
席が遠いだけで夏穂は大げさにうなだれる。
「むしろ未来まで帰っていいぞ」
「そんな、お父さんつめた……げ」
いきなり夏穂が渋い顔したと思えば、その視線の先には佐々木さんがいた。
今日はいつも通りのおさげとかっちりとした着こなしに戻っている。
「おはよう、一宮くん」
「あ、うん。おはよう」
佐々木さんは顔こそ笑ってはいるけど、声がどこかトゲトゲしい。
夏穂、ヘルプ。
「あ、私宿題忘れてたの思い出した。あははー 」
あ、逃げやがった。
さっきまで離ればなれになるのを嘆いてたくせに。
うん、まあ夏穂は諦めよう。
とりあえずは目の前の佐々木さんだ。
「あの、もしかして昨日委員会ほったらかしにしたの怒ってる?」
「ううん、怒ってないよ」
「でも、佐々木さん――」
「名前」
「へ?」
急に佐々木さんが冷たい表情をした。
「一宮くん、女の人みんな名前で呼んでるでしょ? 私のことも名前で呼んでくれていいんだよ?」
「いやでも名前で呼んでる人はみんな親しい人だから……」
「呼んでいいんだよ?」
これはむしろ呼べと脅迫されている気がする。
「あ、はい、えっと……」
「文乃!」
「はい、文乃さん!」
俺に名前で呼ばれると、文乃はなんだか満足そうな顔をしていた。
……やっぱり俺の周りの女ってどこか変。




