剣道少女と焼きそばパン
月曜日、そろそろ日課になりそうな早起きをして学校へ向かおうとした。
が、今日はいつもと様子が違う。
「どこへ行こうというのかね」
俺に似たのか、いつも遅刻ギリギリまで寝ているはずの夏穂が玄関に立っていた。
「どこの大佐だよ、お前は」
そんなこと言ってると光に目を焼かれるぞ。
「私のことはいいんだよ。毎朝毎朝、お父さんはこんな早朝から何してるの?」
毎朝といってもこれだけ早起きしてるのはまだ三回目なんですけども。
「そりゃあ学校に行ってるに決まっているだろう。高校生なんだから」
「本当にぃ? 陸上部の朝練で早く出る叔母さんよりも早いんだからまさかそれだけじゃないでしょ?」
夏穂は俺の説明には納得せず、疑ってかかる。
まあ別に隠すことでもあるまいし、素直に本当のことを話しておこう。
「早月の朝練に付き合ってるんだよ。いつも無理してるから見てて放っておけないんだよな」
「なっ!?」
理由を聞いて、どうしてか夏穂がうろたえた。
「ダメだよお父さん! そんなことしたらお父さんと塚原さんの仲が深まっちゃうじゃん!」
あー、なるほど。嫉妬か。
ただ台詞だけ切り取ると結構理不尽なこと言ってると思うんですけど。
「……なあ。出られないんだけど」
夏穂がドアの前で大の字に立って通せんぼをしている。
あと少ししたら早月は学校に着いて、また朝飯も食わずに素振りを始めるだろう。
その前に早月の口に焼きそばパンを放り込む使命が俺にはあるのだ。
こんなところで夏穂と遊んでいる暇はない。
「ここは通さないよ! せっかくお父さんと長い時間一緒にいられると思ってタイムスリップしてきたのに、フタを開けてみれば全然お父さんといる時間が少ないし……今日こそは一緒に登校するんだから!」
「一緒に行くか?」
「私はまだ寝たいの!」
とんだお寝坊さんだこと。いったい誰に似たんだか。
とにかくこのわがままガールをなんとかしないといけない。
「そうだ、じゃあここを譲ってくれたらあとで頭を存分になでてやろう」
「オーケー、今回はそれで手を打とう」
まじでか。冗談のつもりだったのに。
なでるだけで簡単に引き下がるなんて、未来の俺からの愛をちゃんと受けてなかったのだろうか。
だとしたらわざわざタイムスリップして過去の俺に会いに来るのもうなずける。
もしネグレクトでもしてようものなら恨むぞ、未来の俺。
邪魔をする夏穂をなんとかどかして学校へ来たわけだが――
「塚原!? すげー隈だぞ!」
いつものように早月は武道場にいたが、目の下が黒くなっていてパンダのようだった。
「あ、一宮先輩。おはようございます」
「おう、おはよう。で、その隈は?」
「一昨日から全然寝付けなくて……あ、怖いとかそういうのじゃないですよ!?」
これまた分かりやすいこと。
にしても、俺もさすがにあの日は眠れなかったけど、翌日にはぐっすりだったぞ。
早月はどれだけビビりなんだろうか。
「ただでさえ不健康な生活送ってるんだから睡眠くらいは取らないと体壊すぞ」
「そうですね……先輩に注意されて自分でも気をつけようとは思ったんですが……」
「じゃあ今日は朝飯食ったのか?」
「実は抜いてきました」
だめじゃん。
早月は見た目とか話し方とかはしっかり者といった印象なのに、その実自己管理はダメダメなんだよなあ。
「親に言って朝飯を作り置きでもしてもらえばいいんじゃないか?」
「親は忙しいのでなるべく迷惑かけたくないんですよ」
早月はどこか悲しげな顔をして言った。
……何か事情があるのだろう。深くは聞かないことにした。
「じゃあこれでも食っとけ」
あらかじめ買っておいた焼きそばパンを投げ渡す。
「わわっ」
それを早月がまごつきながらキャッチした。
「塚原の好きな焼きそばパンだぞー。ありがたく思え」
「あ……ありがとうございます。……って、これイエスビマートのじゃないですか! これ好きじゃないって私言いましたよね?」
知ってるけど面倒くさいじゃん、他のところで買うの。
「いつもひどいこと言われてるからな。仕返しだ」
「……仕返しになってませんよ。……先輩のばか」
早月はうつむきながら呟いた。
だけど早月さん、聞こえてますよ。小声で言ってもこれだけ距離近かったら。
「んー? なんか言ったか?」
だがあえて聞こえないふりをするぜ!
特に理由はないけど。
あえてつけるとするならば、そっちのほうが面白そうな気がしたから。
「何でもありませんよー。べーっだ」
早月は舌を出して言った。
……ツンデレはすばらしいな、とぼくはおもいました。




