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頑張り屋の後輩と

 窓から射し込む朝日の下で、袴姿の塚原早月が竹刀を振るたび飛び散る汗に対し、青春っていいなあと感慨深く思う。


「どうか塚原はそのまま普通の女の子でいてくれよな」


 どうか俺の妹とか、幼馴染とか、娘みたいにはならないで欲しい。

 夏穂は千秋の記憶操作はできなかったみたいだし。

 相手に直接触れないと操作できない、叔母さんはオートガード発動してるチートキャラだから無理とかよくわからないことをわめいていた。


「なんですか急に。きもちわるいです」


 すでに今日の練習分を終えて近くで休んでいた早月が冷たい視線を向けてくる。

 相変わらずの毒舌だなあ。


「ん? 塚原は俺の周りの女と違って普通の女の子だなあって」

「聞いてないです。というか、なんで今日もいるんですか。それも堂々と」

「単に塚原が心配だっただけだよ。いつも一人で練習してたんじゃ、また倒れても次は助けてくれる人がいないかもしれないだろ?」


 目の前で二回もぶっ倒れてたら苦手な朝を起きてでも見守りたくなる。


「え、えっと………ありがとうございます?」

「なんで疑問系なんだよ」


 感謝の言葉があったからいいものの、もう少し人の好意を素直に受け取ってくれてもいいと思うの。


「先輩が信用に値する人なのか分かりかねるからです」


 なんでこの子は俺に対してこんなにも懐疑的なんだろうね。

 嫌われるようなことはした覚えないんだけど。


「塚原は千秋の友達だろ? 友達の兄だと思えば少しは信頼できるんじゃないか?」

「信用度が地にちました」

「あ、うん」


 失言だった。

 俺もあんな奴の兄だと言われたらろくな印象持たないわ。


「それに倒れたのは私の責任ですから。先輩が気にする必要ないんですよ。だから感謝というよりはむしろ申し訳なさの方ですね。改めてごめんなさい」


 早月はぺこりと頭を下げた。

 口は悪いけど礼節はあるんだよな。……これがツンデレか。(違う)


「塚原はさあ、ちょっと真面目すぎるんじゃないの? もうちょっと肩の力抜こうぜ。ほれ、これでも食ってさ」


 俺はあらかじめ買っておいたパンを差し出す。


「なんですかこれ?」


 当然ながら早月は訝しむ。


「俺からの差し入れだ。こんな朝早くから来てるんじゃまともに朝食も摂ってないんじゃないか?」


 体重軽かったし、もうちょっと肉をつけてもいい思う。

 ほどよい肉感のある女性はぐっとくるしな。


「……私、コロッケパン嫌いなんです。焼きそばパン買ってきてください」

「意外にあつかましいな!」


 なんでだよ、コロッケパンうまいだろ。


 学校の武道場から直近のコンビニまで片道二分、往復で四分かけてまた武道場に戻る。

 ええ、買ってきましたとも。焼きそばパンを。

 コロッケパンは俺の昼飯にしよう。


「本当に買ってきたんですか!? お人よしというかなんというか……わかった! 先輩、尻に敷かれるタイプですね」

「塚原の尻の下ならいいかもな」 


 ほどよく筋肉で締まっててよさそう。


「せっ、セクハラです! やっぱり変態だあ」

「お前が話振ったんじゃないか」

「先輩の変態的な返しは想定していませんでした」

「ことあるごとに人を変態扱いしやがって。パンやらねーぞ」

「あ、食べます。ください」


 俺がパンの袋を頭の高さまで持ち上げると、早月はそれを取ろうとぴょんぴょん飛び跳ねる。

 なんだか微笑ましい光景だ。


「えいっ! 取れた!」


 早月は軽く屈伸して力を溜めたあと、大きくジャンプしてパンの袋に手を届かせた。


「おめでとう」

「それじゃあいただきます……あぁ、やっぱり焼きそばパンは美味しいなあ」


 早月は今までにないくらいの笑顔を見せる。

 たかだかコンビニの惣菜パンに、頬に手を当て、目をつむり、幸せを噛みしめている様子だった。


「そ、そんなに美味かったのか?」

「いえ!」


 早月は俺の問いかけに対して、今までの顔が嘘だったかのようにきっぱりと否定した。


「正直イエスビマートで売ってるパンってあまり美味しくないんですよね……。でもちゃんと朝ごはん食べるの久しぶりだし、運動したあとなので満足感がすごいですね」

「本当に朝食べてなかったのか!?」


 それであの練習量か。

 倒れるのも無理はないわな。


「朝ごはん食べている暇なんかないですから」

「塚原の体のためにもちゃんと食べるべきだと思うぞ。朝を抜いてその分練習量を増やしても効率が悪くて結果的に見ればマイナスだ」

「そんなこと……わかっています。でも、私には時間がないんです!」


 早月は武道場全体に響くほどに声を張り上げた。

 何か事情があるらしい。


「何をそんなに焦っているんだ? 俺でよければ力になるぞ」

「先輩に言う義理はありません。ちょっと話が過ぎましたね。私はもう教室へ向かいます。さようなら」


 早月はそう言って武道場をあとにしようしたところで少し立ち止まる。

 そして、そうだ――と言って振り返った。


「パン、ありがとうございました。今度お礼しますね」


 ……お礼かあ。……いいこと思いついた。


「じゃあさ、明日デートしない?」

「はあ?」


 早月が何言ってんだコイツ、とでも言いたいような顔をした。

 そこまで露骨に嫌がんなくてもいいじゃないですか。


「じょ、冗談だって! 明日友達に遊びに誘われてんだよ。伊江洲比山で肝試ししようって話なんだけどどうだ?」

「き、肝試し? 伊江洲比山……というと噂の洋館ですか。……自分からお礼をすると言った手前断るのは忍びないですが、今回は遠慮しておきます。……興味が持てないので」

「おーい、足が笑ってるぞー」


 多分怖いんだろう。怖いんじゃあ仕方ない。

 早月は幽霊とか信じてないタイプだと思ったんだけどなあ。


「な、なな、なんのことでしょう。わたっ、私はもう行きますから」


 話を出しただけでこの怖がりようとは……意外な弱点を発見してしまった。

 早月は怖がってるのを誤魔化しながら、俺を一人残して行ってしまった。

 ……あ、俺がここの鍵閉めなきゃいけないじゃん。

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