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グッド・バイ・ドーター

 学校で生徒たちの記憶消去が終わったのち、職員室で教師たちの記憶消去も行った。

 教師たちはそこまで特定の生徒の話をしたりはしないので、まとめて終わらせることができて楽だった。

 ついでに、茜が夏穂に関する緒情報の改竄もしてくれた。忍者すげえ。


 帰宅後は、母さん、俺のあとに帰ってきた父さん、そして千秋の記憶を消す。

 これで夏穂が帰るのための準備はほとんど終わった。

 俺たちは現在進行形で世界を救おうとしているのに、こうも淡々と進むと実感がないな。

 けれど、感傷に浸る間もなく俺の部屋で最後の仕上げに入る。


「次は茜さんの番ですね」

「ふふっ、これで私と夏彦くんの恋路を邪魔する小娘がいなくなると思うと清々するね。……でも」


 夏穂は茜に伸ばしかけた手を止め、二の句を待った。


「夏彦くんと仲直りできたのはあなたのおかげもあるから、一応感謝しとくね。……ありがとう」

「ふん、あなたのツンデレなんか私は求めてないですから。さようなら」


 感謝の言葉を口にした茜の記憶を夏穂は容赦なく消した。いや、照れ隠しか。

 心なしか顔が赤い。

 茜はというと、記憶を消された瞬間その場に崩れ落ちた。


「茜さん!? ど、どうしたのよ!?」


 それまでぽけーっと夏穂と茜のやり取りを見ていた……というよりは、夏穂に見惚れていただけの真冬が茜の異変に慌てる。

 こいつもただの夏穂狂いかと思ったけど、一応人を心配する心はあるらしい。安心した。


「こりゃ、寝てるだけだな。記憶を消されたあとは夏穂を見て余計なことを考えないように、自分の体に睡眠薬でも仕込んでおいたんだろう」

「器用な真似する人ね……」


 本当にね。

 茜が眠るほどの睡眠薬って、どれほどの物を飲んだのやら。


「さあ、伯父様が最後ですよ」

「ああ、夏穂頼んだ」


 俺は夏穂に背を向ける。


「……うん」

「覚悟、できてるんだよな?」

「大丈夫、未来に帰ってもお父さんがいなくなる訳じゃないから。」

「夏穂みたいなかわいい娘に冷たくする野郎は俺が殴ってわからせてやるよ」

「……伯父様。この先の未来はお姉様の介入に起因した、私たちの未来とは違うパラレルワールドになるわ。パラレルワールドってね、過去や未来より行き来するのが難しいの」

「それでも何とかする」

「お父さん、ありがとう。じゃあ私、待ってるね」

「おう」

「この半年間楽しかったよ。――――――またね」


 ***


 俺はいつものように登校していた。

 けれど、今日も騒がしい妹やら、幼馴染やら、自称フィアンセのお嬢様が俺を取り巻いているのに、何故かいつもより静かな気がする。何故だろう。

 ああ、きっと愛しの我が彼女、早月ちゃんがいないせいだな。うん、そうに違いない。


「よう、ノミヤ。相変わらずモテモテらしいな。女三人連れで登校とはな」


 あ、騒がしいのがもう一人。

 俺の前の席に座る軽薄そうな男、神田信行がいつものように茶化してくる。


「まったく嬉しくねえ。ほら、茜はクラスが、千秋に至っては学年が違うだろ。散れ散れ」


 茜と千秋を追い払い、愛歌を引き剥がして着席する。


「贅沢なこった」

「お前だってモテてるだろ」

「俺はミサキさん一筋だから」

「俺だって早月一筋だよ」


 顔だけ見ればたしかにいいが、性格が残念だからな。

 すくなくとも俺があの三人になびくことはない。


「女三人と登校してきてよく言うよ」

「本当は早月を誘ったんだが、朝練があるから無理って言われて⋯⋯」

「相変わらず素っ気ないねえ。本当に付き合ってんの?」

「付き合ってるよ! これは、ほら、自分のために無理して早起きすることはないっていう早月なりの気遣いなんだよ」


 だよね? そうだと俺は信じてる。


「気遣いねえ⋯⋯」

「疑ってんのか? 別にいいけどー。ったく、神田とのバカ話のせいで勉強時間が減っちまったよ」

「勉強? ノミヤ、お前休み時間に自習するような真面目くんだったっけ?」

「ん? あー、実は行きたい大学ができてな」


 実は、俺は少し前からいい大学に行って頭がよくならくてはいけないという謎の使命感に駆られていた。

 家でもあまりに根を詰めすぎるもんだから、父さんや母さんに心配されもした。

 けれどこの衝動は止められないのだ。

 新手の中二病かな?


「へえー。ちなみにどこ行きたいんだ?」

深谷湖乃みやこの大学」

「ふーん、みや⋯⋯深谷湖乃大学!? 超偏差値高い所じゃねえか! ノミヤ、ついに狂ったか?」

「ひどいな。わりとマジだから。だから神田も勉強教えてくれよ。頭いいだろ、お前」

「パス。俺、勉強嫌いだし、教えるのもちょっと」


 予想はしていたが断られたか。

 他人事ながら神田の勉強嫌いはもったいない。本気になればどこだって目指せるだろうに。

 使わないんだったらその脳みそ分けてほしい。


「勉強なら私が教えようか?」

「文乃か。びっくりした」


 いつの間にか、おさげ髪のクラスメイト佐々木文乃がそばに立っていた。


「ごめん、立ち聞きしちゃった」

「いや、それはいいんだけど、俺の勉強見てくれるの?」


 文乃はたしか成績優秀だから文句はないな。


「もちろん。私も深谷湖乃大学目指してるから、知り合いが同じ大学だと頼もしいでしょ」

「そうなのか。じゃあお互いのためにも頼んでいいか」

「うん。でも、深谷湖乃大学に行くなら甘えはなしだよ」

「臨むところだ」


 きっかけはなんだっていいが、今までなんとなく生きてきた俺に初めてできた目標だ。

 やるだけやってやるか。


「夏彦さん。わたくしなら最高水準の家庭教師を呼ぶことが出来ますわ」

「夏彦くん! 教科書の内容を記憶に植え付けるの手伝おうか!?」

「お、なんだ、面白そうなことになってるな。千秋ちゃんと塚原さん呼べばもっと修羅場になるかな……」

「神田てめえ! 何恐ろしいこと考えてやがる」


 ただ、この騒がしいクラスメイトたちの中で頑張れるかが最初の難問だな。

これで完結です。

ご愛読ありがとうございました。

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