突然の世界滅亡危機!?
「失礼、取り乱したわ」
真冬は取りあえず落ち着いたものの、時たま夏穂に野獣の眼光を向けていた。
それに気づく度、夏穂は怯えと嫌悪感をないまぜにした感情を顔に浮かべる。
この娘、反省していない。まあそれは別にいい。
「それで、結局真冬は何をしに来たんだ?」
「夏穂お姉様を連れ戻しに来たのよ」
「何だって?」
「このままお姉様が過去に干渉し続ければ、いずれ世界そのものが壊れてしまうの」
真剣な顔で真冬は言った。冗談というわけでないのだろう。
タイムパラドックスというやつだろうか。
「いや待て、夏穂は過去を改変したからといって未来に影響は出ないって言ってたけど」
「それ、お姉様から聞いたのかしら。まだ仮説の域を出ないって言ってたはずだけど」
真冬は責めるような視線を夏穂に送る。
「天才の真冬のことだから間違ってることはないだろうと思って……」
「お姉様……」
真冬は夏穂に褒められたことで頬を赤らめた。
よほど夏穂から信頼されているのが嬉しいのか、ふひひと気持ち悪く笑う。
「おーい、話が進まないんだが」
「あっ、ごめんなさい」
こほん、と真冬はわざとらしく咳払いをして仕切り直す。
「お姉様に褒められるのは素直に嬉しいけど、それとこれとは話が別よ。……お姉様の言う通り、私の予測は間違ってなかった。それはこの多次元世界観測装置で証明済みよ」
真冬は俺の机の引き出しから四角い箱の様な機械を取り出して見せてきた。
四角い箱の表面にはよくわからない記号やら数字やらが点滅を繰り返している。
……色々と言いたいことがあるが、突っ込んだら負けだ。俺は突っ込まない。
「なら大丈夫じゃないのか?」
「たしかに、過去への干渉が直接的な世界の崩壊を引き起こす訳ではないわ」
なにやら含みのある言い方だ。
「この世界は……そうね、一枚の絵みたいなものだとすれば分かりやすいかしら」
「そういえばお父さんもこの世界を点描に例えたりしてたね」
「点描! 言い得て妙ね。その言葉を借りるなら時間が、一分一秒が一つ一つの点としてあって、全体として見た時に歴史という線になるのよ。で、さっきの話に戻るんだけど、この世界は一つの絵、つまりは余白に限りのあるキャンバスなわけ」
「ということは?」
「点を一つ二つ加えることは問題ないわ。けれど、新たに点を加えれば絵としてのバランスを保つために修正がかかるのよ。そして、この世界というキャンバスは有限。点が増えれば分岐もそれだけ増え、余白が埋まっていく。点の飽和より先に行き着くのは世界の破滅よ」
「まずいじゃないか!」
もちろん、今のは真冬の推論に過ぎないんだろう。
専門家でない俺が、ましてや世界の真理なんか証明のしようがない。
だけど、宇宙が膨張し続けて破裂するというくらいだ。歴史が増え続けて破裂することだってあり得るんじゃないか。
可能性がある以上、当事者である俺達がなんとかするのは筋だろう。
「そう、まずいのよ。だから、協力してくれる? 幸い、過去の出来事が歴史が確定するのは一月一日の0時丁度、まだ時間はたっぷりあるわ」
「ずいぶんと都合のいい話だなおい」
「本当ね。それとも過去にすでにタイムマシンを作った人が暦を合わせたのかもね」
なにそれこわい。
もしかしたらその辺に過去の人が歩いてるかもってこと?
だからどうしたという話だけど、こういうオカルティックな話は少しぞくりとするよね。
「というわけで、私は夏穂お姉様を連れ戻しに来たのだけど、その前にやることがあるわ」
「夏穂に関する痕跡を消すんだろ?」
「冴えてるわね」
そりゃあ、夏穂の干渉によって歴史が分岐するというのなら、夏穂が過去にいた事実そのものを消さなきゃ意味が無い。
タイムパラドックスものでは鉄板だよね、こういう展開。
やばい、世界滅亡の危機だって言うのになんだかオラワクワクしてきたぞ。
まるで主人公じゃないか。
「さすがにお姉様の目撃者全員は無理だろうけど、少なくとも伯父様のクラスメイトとハーレム要員の記憶は消しといた方がいいわね」
「ハーレム要員言うな」
俺は早月一筋でいくよ。絶対。
「てか、それだけでいいのか?」
「あー、あとは学校の教師とか? 通行人に関しては他人なんてただのモブとしてしか認識しないから大丈夫なはずよ。伯父様だって知らない人がいたかいないかでいちいち行動を変えたりはしないでしょう?」
「たしかに」
「まあお姉様のような完璧美少女を見て素通りする男なんかはタマついてんのかって聞きたくなるけどね。男なんてみんなお姉様の美貌に例外なくかしずくべきなのよ」
「女の子が下品なこと言うなや」
つーか、真冬には夏穂がどう見えてるんだろう。
たしかに美少女であるには違いないけど神格化し過ぎじゃね?
「まあそれは置いといて、記憶の消去に関しては伯父様に任せるわ。お姉様と、あとは茜さんに協力してもらえばなんとかなるでしょう?」
「わかった」
「本当は記憶改変装置とか作ってなんとかしようとしてたんだけど、開発途中で重大な欠陥が発覚してね。さすが半々の確率で頭がパーになる機会なんて人に使えたもんじゃないわよね。⋯⋯⋯⋯お姉様を私の虜にできると思ったのに」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯俺は思いました。今後真冬だけは絶対敵に回さないようにしようと。
それと、千秋と育児について話し合っておこうと。




