未来人の特権
目の前にいる少女、一宮真冬(事情があるようで、本当の名字は違うようだけど)は俺の姪だと言った。
よかった、未来の千秋は結婚できたんだな。
てっきり、ブラコン拗らせすぎて行き遅れるんじゃないかと心配してたけど……お兄ちゃん泣きそう。
まあそれは置いといて、目の前の少女の処遇をどうするか。
とりあえず、まずは話を聞こうか。
「で、もしかして真冬は夏穂を追ってきたのか?」
あ、さりげなく呼び捨てにしちゃったけど、本人いわく親族だし、大丈夫だよね?
「ええ、その通りよ」
よかった、怒ってない。
むしろこの頃の娘はちゃん付けされる方が子ども扱いされてる、と怒ったりすんのかな? 真冬さん、って呼ぶのも違和感あるしな。
俺は気難しい年頃であろう姪に対して、気持ちだけは慎重にことを進める。
「でも、どうやって?」
未来から来た、と言われてすんなりと、はいそうですか、とはいかないよね。
夏穂と同じように超能力か?
「そりゃ、タイムマシンよ」
「タイム……マシン?」
唐突な衝撃発言に俺は混乱する。
いやだって、タイムマシンよ? 俺が生きている間にそこまで科学が進歩するなんて想像持つかない。
俺としてはまだ超能力とか言われた方が説得力がある。
「ちなみに私が作ったの。すごいでしょ?」
えへん、と胸を張る真冬に対して、俺の理解はさらに遠のいた。
タイムマシンってそこいらの小中学生が作れるものなのかな。ノーベル賞受賞間違いなしの偉業だと思うけど。
「つ、作った……どうやって?」
「なんか適当にやってたらできたわ」
「そ、そう」
…………なんかもう、考えたら負けな気がしてきた。
この話は忘れよう、それがいい。
「でも、なんで引き出しから出てきたんだ?」
もうちょっと出てくる場所選べよとは思うよね。実際事故りかけたし。
それとも、何か理由があったのだろうか。到着する場所は選べないとか。
「え? ああ、だって未来からの来訪者と言えば机の引き出しから出てくるのが定番じゃない?」
「いや、俺の知る限り、そんな定番は猫型ロボットと撲殺天使しか知らないんだけど……」
「そうだったの!? ちゃんと本読んで予習したのに」
「読んだ本が偏ってるよね、それ」
とまあ、こんな感じで真冬の話にはツッコミどころ満載だったので、本題に入るのが怖い。
なにより、千秋の娘という点において、ろくなこと考えていなさそうな匂いがぷんぷんする。
だが、俺は聞くぜ。ろくでもない目的がありそうだからこそ、聞いておいて未然に事故を防がなければ。
「それで、真冬は何をしにこの時代に来たんだ?」
「それは--」
そこで、バタン、と真冬が言いかけたのを遮るように部屋のドアが開かれた。
そろそろドアさんが可哀想なので優しく開けて欲しいのですが。
「お父さん大丈夫!? さっき叫び声がしたけど」
「千秋……じゃなくて夏穂か。珍しいな」
いつもなら夏穂は千秋によって俺の部屋に入るのを阻まれていた気がするが、いったいどういう風の吹き回しか。
「叔母さんはさっき怒られたばかりでばつが悪いから、私が代わりに様子を見てこいって……げっ」
夏穂は説明し終えたところで俺の方、正確には俺の前にいる真冬を見て、大きく顔を引きつらせた。
真冬はというと、突然開かれたドアにきょとんとしていたが、夏穂のことを目にして幸せそうに表情を弛ませた。
そして、真冬は夏穂に押し倒しそうな勢いで抱きついた。
「お姉様! 夏穂お姉様だわ! 久しぶり!」
「真冬!? どうしてここに!?」
「ああ、本物のお姉様の温もりだわ。お姉様がいない間の禁欲生活、どれだけ辛かったことか。ハァハァ……」
真冬は息を荒くして夏穂に顔を近づける。
なんだかアブノーマルな雰囲気。明らかに親族のスキンシップという感じではない。
「ちょっ、やめっ! お父さんヘルプ! 娘の貞操の危機だよ!」
「ああ、やっぱそういう関係なの?」
なんだろう、一宮の家系は親族に恋する遺伝子でも持っているんだろうか。
まあ、従姉妹ならセーフ……じゃねえな。同姓やん。
俺は人の趣味にどうこう言うつもりはないけど、法律はそうはいかないからな。日本の現行法で同性間の結婚は不可能だからね、一生を添い遂げたいなら海外に移住すればいいんじゃないかな。
そうすれば俺も夏穂に言い寄られなくて助かるし。
「お父さん誤解だから! これは真冬が一方的に迫ってきてるだけで!」
「ああー、久しぶりのお姉様の匂いも癒されるわ……」
「マジでキモいからやめて」
夏穂に頬擦りする真冬は口からよだれを垂らし、顔はだらしなく蕩けきっている。
対して夏穂は真冬が何か言う度、その目は害虫でも見るかのように濁っていった。
「あ、今思い出したんだけど、私飲むだけで簡単に性転換できる薬作ったのよ。すごいでしょ?」
「うん、すごいけどなんで今それを言うの?」
夏穂の顔が恐怖に染まっている。
「お姉様、一緒にトイレ行きましょう?」
「真冬、この家のトイレは一つしかないよ……?」
「すぐ終わるわ」
「今別に行きたくないし、あとで一人で行くから」
夏穂は真冬の腕から抜け出そうとしているが、どうやら無駄なようだ。
「ど、どうして逃げられないの!?」
「お姉様の身体能力も科学の前には無力よ。私が服の下に装着してる静電気発生装置でお姉様の筋肉の動きを抑制してるわ」
「え、嘘だよね真冬。落ち着いて、話し合えば私たち分かり合えるよ」
「ええそうね、愛の対話で心の理解を深めましょう?」
「いや、いやあああああああ!」
夏穂は、断末魔とともに乙女の純潔を散らす旅に出たのだった。百合っていいよね。
…………というのは嘘で、さすがに可哀想だったのですぐ助けましたとさ。




