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番外編 プライスレスな理解者

「ハァ……小生、ピンチです」


 伊江洲比高校一年A組の生徒で、放送委員である剣京子。

 彼女は今まさに困り果てていた。


 京子がいつものように登校し、友達の男子三人に挨拶しようとすると、彼らが京子のことを避けるのである。

 これではこの間払い損ねた友達料金が渡せないではないか。

 ひいてはこのまま友人関係が解消されてしまう。

 京子自身、クラスメイトから自分がよく思われていないことは承知のことで、三人からも見放されてしまえば学校生活における死活問題であった。

 京子は思う。どうしたものだろうかと。


 一方で、三人が京子を避けるのは当然のことであった。

 彼らは京子に友達料金の催促した際に出くわした上級生に、目をつけられていると思い込んでいた。

 片や、銀麗の凶刃の二つ名を持つ柳生エイリス。片や、本人の知らぬところで伊江洲比高校の影の実力者と恐れられている一宮夏彦。


 柳生エイリスの方は言わずと知れたレディースチーム華羅滅理是の初代総長だ。

 その肩書きに違わず、腕っぷしが強いことは有名だった。

 今は総長から身を引いたとはいえ、引退してから日も浅いので強さも健在であろう。


 もう一人の上級生、一宮夏彦。

 日頃、常軌を逸した行動に出る上泉茜の影に隠れがちだが、気づいている者は気づいている。一宮夏彦の身体能力も大概だと。

 それは確かに、人外忍者と武術の師を共にしている夏彦がまともであるはずがなかった。

 ましてや、噂によると彼は、あの妙蓮寺武蔵をたったの一撃で倒したと言うではないか。不良のネットワーク上にて最凶最悪と名高いあの妙蓮寺を、だ。


 こんな二人を敵に回すかもしれないと思えば、彼らが勘違いを受けないため、京子となるべくかかわり合わないようにするのは必然であった。

 そんな事情を知ってか知らずか、京子は自分が困っているのはこの前の先輩たちのせいではないかと思考を巡らせる。

 思えば、三人から避けられるようになったのはあの日、助けてもらってからだ。

 あの時はとっさにお礼を言ったが、二人が来なければ自分は無理にでも友達料金を払っていただろう。

 一旦家に帰って貯金を切り崩すという手だってあった。

 そうすればこうして距離を置かれることもなかったと、ここまで考えて京子は首を振る。

 自分のコミュニケーション能力のなさを棚に上げて他人を恨むとは、自分はなんとも愚かでおこがましいんだろうか。

 京子は自己嫌悪でまたひとつ、ため息をついた。


「剣さん、悩み事?」


 名前を呼ばれて京子が顔を上げると、声を掛けてきたのはクラスメイトの相土撃太郎だとわかる。

 相土には主体性というものがなく、何を言ってもうなずくばかり。ゆえに彼もまた、クラスメイトたちからはよく思われていなかった。

 それだけに彼が自分から人に話しかけることは珍しい。


「これは相土さん、おはようごいます。小生のことを気に掛けていただけるとは光栄です」


 同じ嫌われもの同士だからか、京子と相土はウマが合った。

 京子は無意識に声を弾ませる。


「そのですね、小生、出過ぎた望みとは思いますが、お友達が欲しいなぁと」

「そうなんだ」

「ええ。ですが小生、どうも人に好かれる人間ではないようで、この性格をなんとか変えたいなと」

「そのままでいいと思うよ」

「へ?」


 相土から出た、思いもよらぬ否定の言葉に、京子は目を丸くする。


「ぼくは自分の考えをまとめるのが苦手で、つい話にうなずいちゃうけど、剣さんはそれでも嫌な顔をしないからぼくは嬉しい。だから、そのままでいいと思う」

「そんな、小生には身に余るお言葉をいただけるとは。感激です」


 京子はこの時誓った。

 一人でも自分のおかげで喜んでくれる人がいるならば、この性格は何があっても変えないと。


「ところで、ぼくは剣さんの友達じゃないの?」

「うーん、相土さんは委員会仲間で学校に来たらよくお話しますが、それだけですよね。友達とは違うのではないでしょうか」


 聞く人が聞けば、それを友達だと言う人もいるだろう。

 しかし、京子の認識ではそれは単なる話し相手であり、相土は友達にはなりえなかった。


「うん、そうかもしれないね。友達じゃないとしたらぼく達の関係ってなんだろうね。ただのクラスメイトとも違うような気がするけど……」

「そうですね、強いて言うならば」

「言うならば?」

「良き理解者、と言ったところでしょうか」

「理解者、か。……そうだね、ぼくもそう思うよ」


 相土は京子の言葉を反芻すると、軽く微笑んでうなずいた。

 これはおそらく、その場しのぎの相槌ではなく、彼の本心による肯定の意思表示であった。

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