バッドエンカウント
対戦はすぐに終わった。
柳生はmay.Tの体力ゲージを少しも減らすことなく二連敗。ストレート負けした。
「マジかよ……。アタシだって弱いわけじゃねえのに、ここまで手も足も出ないなんて」
柳生はそれなりに自身があったのか、あるいはまさか二連続でパーフェクトを決められるとは思っていなかったのか、力なくうなだれていた。
……それにしても、あの開幕直後の読み合いの上手さといい、即死コンボを気持ち悪い繋ぎ方で成立させるプレイスタイルといい、どこか既視感が――――
「一宮先輩! 奇遇ですね」
そうそう、ちょうど今俺の名前を呼んだ早月のような戦いっぷりだ。
「って、早月!? なぜここに! 部活はどうした!?」
早月がいた。
まだ学校の武道場で竹刀を振っているはずの俺の彼女がそこにいた。
そうか、君がmay.Tか。
「なんか学校の都合で武道場を使うらしいので、今日の部活は中止とのことです。それで時間ができたので、たまにはゲームセンターで遊ぼうかなと。先輩は一人……じゃないみたいですね」
早月はいまだ筐体の前で意気消沈している柳生を見やった。
その表情は普段のツンケンしている早月からは想像もできないほどの笑顔で溢れていた。
ただ、俺だって額面通りに早月が上機嫌なんだと受け取るほど馬鹿じゃあない。
それは、今にも早月の背後にゴゴゴゴゴという効果音がついていそうな、恐ろしい笑顔だった。
くそっ、剣道部が休みなんて聞いてねえよ!
茜のやつが俺の口止めに対して、やけにあっさり引き下がったことに疑問を持つべきだった。
あいつめ、自分から言わなくてもバレると知ってやがったな。
「そちらはたしか、柳生先輩……でしたっけ。まさか二人きりでデートですか?」
「ん? 誰かアタシを呼んで……げっ、ナツの彼女!?」
柳生は名前を呼ばれてようやく顔を上げる。
そして、早月の姿を見ると、大き目を見開いた。
「あの、これはちげえんだよ。アタシがナツに無理言って連れ回してるだけだからよ、こいつぁ悪くねえんだ」
おお、柳生が俺のことをかばって……いいやつじゃねえか。感動したよ、俺は。
だが早月は納得いってない模様だ。
「本当ですか? そんなこと言って実は一宮先輩から誘ったんじゃ……この人、女たらしには定評がありますから」
「どんな定評だよ!?」
俺はどうしていつも女にだらしないみたいな扱いなの?
ただ周りに頭がおかしいのが多くて困ってるだけなのに。
「先輩。ごまかさずに私の目を見てください」
「お、おう」
俺と早月は見つめ合う。
それは恋人同士が目で愛を語り合うなんてロマンティックさの欠片もないものだった。
俺は泳ぎそうになる目を必死に早月の顔に合わせる。
「……まあ、いいでしょう。先輩は女たらしですが、しっかりした人なので裏切るようなことはしてないと信じます」
「……ほっ」
思ったより早月から俺への信頼が厚くて助かった、
それだけに実際は嘘ついてるのが忍びないが。
いや、嘘ついてるのは柳生だし! 俺何も言ってないし!
……最低だな、俺。
「先輩、今ちょっと安心しました? やっぱりやましいことでもあるんですか?」
「いえいえ、とんでもない!」
「……そうですか」
え、なんか変な間があったんだけど。
早月は何を考えてるの?
「先輩。せっかくだから一戦、やっていきません?」
マジで何考えてるのこの娘!?
なぜ今の流れで対戦することになるのか。
「いや、俺はお金払ってなぶられる趣味はないんだけど」
「やりますよね?」
早月から無言の圧力を感じる。怖い。
「そうだ、ナツ。あたしだって負けたんだからてめえも負けやがれ!」
柳生エイリス、お前もか。
「やりますよね?」
「……はい」
結局、圧力に負けて俺は筐体にコインを入れた。
俺はアーケード版『グレートフィスト』の経験は少ない。
一応、家庭用を持っているので、その得意キャラを選んだ。コマンドは同じはずだ。
対して早月は……こいつ某公式チートを選びやがった!? ザコキャラであの強さなのに、こんなの鬼に金棒どころじゃねえ!
戦闘開始の合図とともに、俺が放った先制攻撃が避けられる。そして、早月の反撃で鬼コンボが始まった。
さっきの気持ち悪いコンボとはうってかわり、効率的な最大ダメージを狙ったガチコンボだ。
やべえ……早月さん、ぷっつんしてやがるぜ。
俺(の操作キャラクター)は一方的にボコられて無残に死んだ。
「あぁースッキリした。楽しかったですね、先輩!」
「全然楽しくねえ」
早月が別人かと思うくらい爽やかに笑っている。
怖い。さっちゃん怖い。
「柳生、ここはもう出よう。俺はこの早月と一緒にいられる胆力はない」
「わ、わかった」
柳生も今の早月に恐怖を覚えたか、顔が引きつっていた。
天下の華羅滅理是名誉総長をもビビらせるとは、早月はすごいな。
ゲームセンターをあとにして、俺たちは何をするでもなく街をぶらついていた。
途中、移動販売のクレープを食べ歩いてなんかして、柳生もかなりたのしんでいるようだ。もう今朝のことなんかすっかり忘れているかのように。
……おっと、俺はクレープを食べるのに夢中だったせいか、前から歩いてきた人と肩がぶつかる。
「おっ」
「すみません」
とっさに謝るも、ぶつかった相手は謝り返すでも立ち去るでもなく、その場で立ち止まっていた。なんだ?
こちらを気のせいかこちらを見ているような――
「やっぱり! ヤギちゃんじゃないか!」
その男の視線は俺の隣、つまり柳生に向いていた。
「柳生、知り合いか……どうした!?」
眼前の男のことを聞くべく横を見ると、柳生は顔面蒼白となっている。
その顔色はおよそ旧知の人物との再開を喜ぶものではない。
「丸子……新……」
柳生は、震えながらに男の名を口にした。




