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風紀の乱れ

 文化祭デートは大成功だった。

 帰宅後に早月から楽しかったという旨のメールをいただいたので、俺のひとりよがりな意見ではない。

 もっとも、早月が俺のことを気遣ってのことならその限りじゃないが、そんなことはないと思う。

 だって最後に行った軽音楽部のライブイベントの感想交換で盛り上がったし。


 文化祭が終わった後、せっかくなので一緒に帰ることにした。

 とはいっても、早月は電車通学なので俺が駅まで送ったというだけだが。

 家と学校が近いのはメリットだけど、放課後に彼女と一緒にいられる時間が少ないというのはむしろデメリットだな。


 で、ちょうど駅についた頃。

 すでに時刻は五時を回っていた。

 日は落ちかけ、夕焼けが綺麗だった。

 デートはうまく行き、好感度も上がったはず。

 美しいオレンジ色の空をバックにムードは満点。

 俺たちはいい雰囲気で口づけを交わし、我慢できなくなった俺はUターンして早月を我が家に連れ込み、そのまましっぽり……できれば嬉しかったのだが。


 現実にはお持ち帰りはおろか、キスさえも許してくれなかった。もちろんやらしいこともない。

 早月ちゃんってばお固い。

 愛する彼氏にお別れのちゅーくらいしてくれたっていいのにさ。

 よし、じゃあ当面の目標はキスにようか。

 それにはまだ好感度が足りないか、それともキスイベントフラグが立っていないのか。


 時折エロゲ脳になりながら悩んでいる内に、いつの間にか月曜日になっていた。

 この日、久しぶりに早く目が覚めたので、俺はまだ熟睡中であろう夏穂を置いて登校した。

 伊江洲比高校は先日までのお祭りムードはどこへやら、すでに部活の朝練で来ている生徒たちの声が響く日常風景へと戻っている。

 早月ももう来ているのだろうか。


 俺は道場の方へ千里眼を飛ばす。

 すでにいるのなら挨拶くらいしておこう。キスイベントへの布石だ。

 ヒロインの好感度を上げるには基本的に接触回数を増やすしかない。いや、フラグを立てるのにあえて会わないという必要もたまにはあるのだが。

 だがそれも杞憂、早月はまだ学校にはいないようだ。

 道場の内部は千里眼で明瞭に見通せた。


 早速と目論見が外れ、俺は肩を落として教室へ向かう。

 丁度その時だった。


「――そこでジャンプしてみろや!」


 一昔どころか二昔くらい前に使われてそうなフレーズが旧校舎の方から聞こえた。カツアゲだろうか。

 普通なら聞こえるはずもない距離だが、あれくらいの声量なら茜から逃げるために五感が鍛えられた俺にははっきりと聞き取ることができる。

 悪事なら旧校舎の方でこそこそとやるにしても、もう少し気をつけなきゃダメだろ。

 ちょっと様子、見に行くか。


 ***


 旧校舎の空き教室は滅多に人が来ない。

 それを良しとして財布泥棒をしていた、かつての柳生が根城にしていたこともあった。

 そんな場所で目にしたのは、三人の男子生徒が一人の女子生徒を取り囲む現場だった。

 男数人が一人の女を寄ってたかっていじめるとはなんて非道な……いや、俺の勘違いかもしれない。

 まだバレないように様子見をしているが、千里眼で確認したところ全員一年生らしい。


「申し訳ありません。小生の様な卑しい身としては金銭の類はほとんど持ち合わせておらず、畏れ多くもあなた方に差し出せるものは――」

「ごたごた言ってねえで有り金全部出せや!」


 あ、これ完全にカツアゲだわ。

 どっかで聞いたような物腰の低い口調で話す女に、男の一人が向かい合って恫喝を浴びせている。

 平和だと思っていた伊江洲比高校だが、探せばいるんだなあ、ガラの悪い輩が。

 それともこの高校の風紀が段々と乱れているのか、真実は不明だ。

 が、一つわかっているのは、ああいった手合いが俺は好きじゃないということだ。

 基本的に事なかれ主義を掲げている俺ではあるが、あいつらはムカつくのでボコそうと思う。


 俺は意気揚々と空き教室に足を踏み入れようとしたが、その横を誰かが追い抜いた。

 そいつは教室のドアを乱暴に開き、前に出ていた男の胸倉を掴んで言う。


「つまんねぇ事してんじゃねえぞ!」


 男は目を丸くしたのも束の間、顔が青ざめていった。

 何故か。理由はすぐにわかった。


「その髪と目の色は! 銀麗の凶刃、柳生エイリス!」


 後ろで見ていた男の一人が怯えた声でその名を上げる。

 それこそ俺の横を通り過ぎた人物、柳生エイリスだった。

 彼女は少し前には暴走族の総長なんぞをやっていたおかげで、不良には通った名のようだ。


「お、おい見ろ。外に鬼畜王ナツヒコもいるぞ」


 続けてもう一人が傍観していた俺に気づいたらしい。

 なんか知らんが俺まで畏怖の対象になっている。

 つーか誰だ、変なあだ名広めたやつ。


「え、鬼畜王ナツヒコって、あの一宮千秋の兄か!?」

「ああ、そうだよ!」

「やべえじゃねえか! 逃げるぞ!」


 そう言うと自由な身の二人は、慌てて窓から出て行った。

 俺が千秋の兄だと何がやばいんだろう。


「チッ……」


 柳生は二人の男が逃げるのを見送ると、不機嫌そうに男の胸倉を掴んでいた手を離す。

 男はすとんとその場で尻もちをついた後、「ひっ」と情けない声を出しながら先に逃げた二人の後を追って窓を飛び出した。


「男三人が女相手にみっともねえ……」


 柳生はぼそりと呟いた。

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