伊江洲比祭二日目(午後)
午前は茜に下剤を盛られるなんて一幕もあったが、時は流れてすでに昼過ぎである。
昼飯に出店で何か買おうかと校舎の外に出てみたけれど、俺は早月に昇降口の前で待たされてしまった。
しかし、三分と経たぬうちに早月は戻ってくる。その手にはお祭りで定番の、例の球体が入ったプラスチックパックがあった。
「先輩、たこ焼きです。半分どうぞ」
「いいのか?」
正直、女の子にお金を払わせるのは申し訳ない気がしなくもないが。
「何を言ってるんですか。一学期には先輩にかなりおごられてしまいましたからね。本当なら今日の代金は全部私持ちのつもりだったんですよ。それなのに今朝もスムージーの代金、いつの間にか私の分まで先輩が払ってるし……」
なるほど、早月は俺ばっか金を出すことに引け目を感じていたらしい。
たしかに思い返してみれば、事あるごとに食い物や飲み物を早月に与える姿はさながら貢ぐ君だったかもしれない。
だから今日の分は自分が払うとは、なんともけなげな申し出だが……こうもけなげだとちょっといじめたくならない?
「じゃあお言葉に甘えて行きたいところがあるんだけど」
「はい。遠慮せずにどうぞ」
早月の了承も取ったところで、たこ焼きをつつきながら目的地に向かう。
場所は南棟三階、2年D組の教室だ。
出展内容は……お化け屋敷。
「お、ナツじゃねえか。ちょうどいいからウチんとこ寄ってけよ。一人一回百円だ」
教室の外では、白装束に三角巾と幽霊のステレオタイプみたいな格好をした柳生エイリスが受付をしていた。
銀髪銀眼と白装束というミスマッチのせいでコスプレ感が強く、あまり恐怖感はない。
脅かし役でなく受付をやってるのもそのせいだろう。
「あのぉー、先輩? 私にはここがお化け屋敷のように見えるんですが」
「うん、そうだな」
2-Dのお化け屋敷は外から見ても高校生らしいチープな作りだったが、早月はこれでもダメらしい。膝が笑ってる。
よほどお化けがダメなのか、それとも以前に伊江洲比山で遭遇した心霊現象がトラウマにでもなったか。
いや、まああれは俺も怖かったけど。うん。
「ナツ、そいつは?」
「早月か? 妹の友達の一年生で、俺の彼女だ」
「初めまして。塚原早月です」
早月は恐怖に体が震えていても挨拶のできる子だった。偉い。
「へ、へえー、彼女ね。彼女かー。ま、どーでもいいけどよ」
すげえどうでもよくなさそう。
柳生さん、めっちゃ目ぇ泳いでますよ?
「じゃあ、先輩行きますよ。はい二百円、二人分です」
「ま、毎度ー」
「お! 行く気になったか」
「何言ってるんですか、めちゃくちゃ楽しみにしてますよ! まさか私が怖がってるとでもっ!?」
「ははっ、強がんなよ」
「……チッ」
俺は早月と2-Dのお化け屋敷に入っていく。
その際に柳生の舌打ちが聞こえたのは気のせいということにしておこう。
お化け屋敷に一足踏み入れたぱっと見の印象は、想像よりスケールがありそう、というものだった。
学校の教室というのは机やイスがなければ案外広いのだろう。
感心するのもほどほどに先に進むと、足元がぐらついて歩くたびにぎい……、ぎい……、と何かが軋む音がする。
暗くてよく見えないが、地面にすのこでも敷いてるのだろうか。
音がする都度、早月は「ひっ……」と小さな悲鳴を上げていた。
「先輩、歩くの早いです。歩幅というものが考えられないんですか?」
「悪い、少しペース落とすか」
「いえ、それはここから出るのが遅くなるからダメです」
やっぱ怖がってんじゃん。強がってんじゃん、この子。
「私が合わせます。だから離れないよう……手、握ってくれませんか?」
「お、おう……」
やっばい、今すぐにでも押し倒したい。
……はっ、いかんいかん。
本能に精神が乗っ取られそうだった。
早月のツンデレは破壊力絶大だ。
俺は煩悩を振り払い、早月の手を握る。
……手、小さいな。
手を繋いだ俺たちは改めてお化け屋敷を進む。
先に進むといきなり顔に冷たい物が当たる。
「ひゃんっ!」
「……こんにゃく」
これまたベタな……。
ラップが巻いてあったのは後で食べるからだろうな。食べ物を粗末にしないところはポイント高い。
他にも血糊で化粧をしたお化けが驚かしに来たり。
「ウオオォッ!」
「きゃあっ!」
ビビった早月が俺の腕に力強く抱きつく。役得、役得。
でも悲しいかな、腕に押し付けられる双丘からはさして弾力を感じられなかった。泣けるぜ。
「……リア充死ね」
あと何故かすれ違いざま、お化けに小声で罵倒された。ひどい。
他にもいろいろな仕掛けがあったが、その度に早月は過剰なリアクションを取っていた。
結果として、内容自体はベタなお化け屋敷といえど、驚く早月のかわいい姿を堪能することができた。
すごく、満足しました。




