三者三様の朝
とりあえず倒れている早月を放っておくわけにはいかなかったので場所を移した……が。
「何しているんですか? 変態」
膝に頭を乗っけた早月は目を覚ますと、開口一番に俺を罵倒した。
相変わらず毒舌だなあ。
「何って膝枕だけど?」
そんなことは聞いてないと言いたいかのように早月はため息をもらし、上半身を起こした。
「なんで私が先輩に膝枕をされなければいけないのでしょうか。納得のできる簡潔な説明を求めます」
「いきなり俺の前で倒れたからそのままじゃかわいそうだと思って」
あのまま放置してたら薄い本的な展開が待ってたかもしれないからね。しょうがないね。
「だからって、中庭のベンチまで運んで膝枕ですか! どうしようもない変態ですね! 昨日のお姫様抱っこといい、こういうのはもっとロマンチックなシチュエーションが良かったのに……乙女の純情をもてあそぶなんて本当に最低な先輩です」
「ロマンチックならよかったの?」
「相手が一宮先輩なら願い下げです。大体わざわざこんなところまで連れてこなくても保健室に運べばよかったじゃないですか」
「保健室開いてなかったから」
早月が練習を終えた頃でもまだ七時になるかならないかの時間だった。
そもそも保険室の先生が来てないのだ。
「えっ、もしかして保健室まで行ってから、わざわざここまで戻ってきたんですか?」
「うん」
「まさか私を運びながら?」
「そうだけど?」
軽いとはいえさすがに腕が疲れましたとも、ええ。
「はあ……。先輩って変態の上にバカなんですね……」
相変わらずこの後輩ひどい。
ほめられはしても罵倒されるいわれは俺にはないぞ。
「あ、別にけなしてるつもりじゃないんです。私、助けてもらったのにちょっと失礼でした……ごめんなさい。倒れたのはただの貧血ですからもう大丈夫です。じゃあ私、教室に行くので。ありがとうございました」
「あ、おい待て!」
早月は俺の制止も聞かず、足早に去っていった。
ハードワークでぶっ倒れたんだろうに、すぐあんな走ったらまた倒れるんじゃないか?
でもちらほらと登校してくる生徒たちも増えたし心配いらないかな……。
脱兎のごとくその場を離れた早月を見送り、俺も人ひとりを抱えながら歩いた疲労でフラフラになりながら自分の教室へと向かった。
朝早くに来たがためにがらんと空間の空いた教室にも、あいも変わらずあのうっとうしい金髪の男が俺の席の前で座している。
「よう、早いな。いつにも増して疲れているみたいだがまた上泉関連か?」
「いや、今日は別件でな」
部活の朝練がある生徒がやっと登校してくるといった時間に、朝の活動があるわけでもない神田は日課だと言わんばかりに俺に話しかけてきた。
「へえー。上泉に追われてないなんてめずらしいこともあったもんだな」
「そういうお前はどうしてこんな朝っぱらから学校にいるんだ?」
「別に大した理由はないけどさ、朝はいつも五時くらいに目が覚めるから家にいても暇なんだよ」
「老人かお前は」
高校生にはちょっとばかし羨ましい体質だ。
朝のホールームは八時半だ。
やることもなく暇なので駄弁っていると、神田何か思い出したように大声を出した。
「そうだ!」
「何だ急に。騒々しい」
「ノミヤさあ、肝試しに興味ないか?」
「肝試しぃ?」
あまりにも突然だったので、神田の言葉を飲み込めずにそっくりそのまま投げ返す。
「学校の裏に山あるだろ? 伊江洲比山。山中ににミステリー小説にでも出てきそうな洋館の廃屋があるんだよ。でもってそこには幽霊が出るともっぱら噂なんだよ」
「はあ、幽霊ねぇ」
「あっ、信じてねえな!?」
幽霊がいないだとか思ってるわけじゃあない。
なにせ自分が超能力者というオカルトの張本人だ。
ただ急な話題なものだからどうも怪しいんだよなあ。
俺の疑いの眼差しに答えるように神田は続けた。
「まあ気持ちは分かるぜ。俺も幽霊なんて眉唾ものだと思うけどさあ、なんでもその洋館はうちの学校の女生徒が自殺したとかなんとかでいわくつきなんだよ。肝試しにはもってこいだと思わねえか?」
「で、本音は?」
「ノミヤが女の子誘って、あわよくばその子たちとお近づきになりたいなあ、なんて」
やっぱりろくなこと考えてなかったよ。
神田は現実を知らなさすぎるからこんなことを軽薄に言えるんだ。
「お前……俺の知り合いでいいのか?」
もし彼女になんかしたら本気で後悔すると思うよ。あのクレイジーガールどもは。
「もったいぶってんじゃねえよ。俺が知るだけでも三人の女の子からモテてるんだから一人二人もらっても構いやしねえだろ」
うち二人は二親等以内の血族なんですがモテている内に含めていいのだろうか。
というか、茜も含めて全員もらっても構わないよ。もらえるもんならな。
……そうだ。こいつの言う通りに誰かしら肝試しで神田に恋心が芽生えて俺から離れるかもしれない。
となれば話に乗るの一択でしょうが。
「そうだな、俺も協力しよう」
「まじか、サンキューな! やあ、持つべきものは心の友だな!」
「つまり新しいバットを買ったらお前で殴り心地を確かめていいってことか?」
配役的には俺が殴られる方だというのは言わないお約束。




