仕返しお泊り
それは、自分の部屋で何かすることもなく、ぼーっと漫画を読んでいる時だった。
やけに家の中が騒がしい、千秋が帰ってきたかと思ったのも束の間、部屋のドアがは勢いよく開かれ、予想通り帰宅していた千秋が泣きついてきた。
「どうしようお兄ちゃん、さっちゃんと喧嘩しちゃった!」
「お前が悪い」
「酷い! 言い分も聞かずに!」
「だってなあ……」
そもそもが今まで喧嘩という喧嘩に発展しなかったのが奇跡みたいなもんだし。
エロゲーの登場人物に似てるなんて初対面で言われたら、俺なら間違いなくその場でぶん殴る。
だというのに千秋と友達になった心の広い早月が怒るなんて、よっぽどのことがあったに違いない。
「ったく、なんで喧嘩したんだよ」
「それがさっぱりで……さっちゃんが怒ったのはお昼におしゃべりしてた時だから、会話内容が原因だと思うんだけど……話したことといったら、授業の話とか昨日観たドラマの話だし」
「うーん、確かに何が問題だったのかは聞いてみないとわからんな」
授業の話で何か怒るようなことがあるとは考えにくいし、好きなドラマを千秋が馬鹿にして怒ったとか?
いや、いくら千秋でもそれで原因がわからないとほざくほど馬鹿じゃないだろう。
とすると、話ではなく行動が原因とかか。
「あ、あとはいかにお兄ちゃんが素晴らしいかを力説したよ! 会話内容の三分の二は占めてたね! でもこれは怒るきっかけにはならないね」
「どう考えてもそれが原因だろ!」
早月も俺に関する自慢話なんかをひたすら聞かされて困っただろうに。
ブラコンも程々にして欲しいものだ。
「えー、でも今までは平気だったよ?」
「むしろ早月はよく耐えてたな」
「とにかくこのままじゃ明日会うのも気まずいから、お兄ちゃんがとりなしてくれない?」
千秋は両手を合わせ、上目遣いで懇願する。が、その仕草はどうにもわざとらしい。
本来なら男心をくすぐるような仕草も、こうあからさまだとなんか萎える。
「顔だけはいいんだけどなあ……」
兄妹でどこで差がついたかと聞きたいほどに、優れた容姿を持つ千秋だが、いかんせん性格が残念すぎてお兄ちゃん悲しい。
いや、俺も充分イケメンだけどね。まじで。
「なんか言った?」
「いや、可愛い妹の頼みだから一肌脱ぐとしようかなって」
「さっすがお兄ちゃん! シスコンの鑑だね!」
「うっせブラコン」
軽口を叩き合ったあと、俺は千秋を部屋から追い出し、早月に電話をかけるのであった。
***
「どうしてこうなった」
千秋と早月の仲を取り持つために電話をして一時間後、なぜか早月が家に泊まることになった……俺の部屋で。
もうマジで訳わからん。
『千秋が先輩の自慢ばかりしてきてうらや……こほん。鬱陶しいので、嫌がらせをすることにしました。私の気が済めば許します』とは早月の弁である。
それで俺の部屋に泊まることが千秋への最大の嫌がらせだと。
うん、それはわかるんだけど俺に二次災害が及んでるんですが。
宣言通りに家へやってきた早月は、俺の部屋で家探しの真っ最中だった。
「先輩の部屋ってゲームと本ばっかですね。でもエッヂな本とかは置いてないんですね」
俺は今、早月からひどい偏見を受けた気がする。
そりゃまあ、妹があんなだから俺の部屋にもR-18的なアイテムが置かれているとの予想は至極当然だけどもね。
「俺はまだ高校生だっての。そういった物は買えないから」
「買えたら買うんですか?」
「そんなまさか――あ、そこは触らないで!」
嘘です、はい。
実は俺の部屋にもあるんだ。E☆RO☆GEが。
お願いだからその棚には触れないで。
「怪しい……」
「アヤシクナイ、ゼンゼンアヤシクアリマセン」
「片言になってますが。まあ人が嫌がることはするもんじゃありませんからね。ここは私が引きましょう」
助か……ってはないよなあ、どう考えても。
でも決定的な物証を押さえられなかっただけでもよしとしよう。
エロゲの存在が見つかるのはまだしも、アレとかアレなんて早月の目に触れたらなんと言われるやら。
最悪、俺が学校で社会的に死ぬこともありうる。
でもでも、男なら特殊性癖の一つや二つ持ってるからね。仕方ないね。
「それにしても男性の部屋ってみんなこんな感じなんですかね?」
「さあな。まあ男子高校生ならこんなもんじゃねえの?」
神田なんかとは流行りのゲームの話もよくするし、俺の部屋と大差はないだろう。
「男の人ってゲーム好きですよね。この前もお父さんが新作のゲームが欲しいからって病室を抜け出そうとした時は、怒りを通り越して呆れちゃいましたよ」
「ははは……」
やれやれと肩をすくめる早月だが、俺の方は反応に困って乾いた笑いしか出ない。
少し前まで君のお父さん死にかけてなかったっけ?
そこで会話が途切れる。
どうすんのよ、この空気。




