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ポニーテールと袴

「お兄ちゃん、茜姉と何かあったの?」


 リビングでソファに座っている千秋は茜の焼いたクッキーをひょいと口に放りながら、俺への疑問を口にした。


「大したことじゃねーよ。あと、人がもらった物を無許可で勝手に食べるのはお兄ちゃんどうかと思うぞ」

「なんて人聞きの悪い。変なものが入ってないか私が毒味してあげてるんだよ。……うん、結構いけるね」


 あー、毒見ね。たしかにあいつ忍者だもんね。

 毒とか入ってるかも。


「たしかに一理……あるわけねーだろ!」


 いくら茜でもお詫びの品に毒を混入するなんてことはしないはず。

 れ薬とかなら入ってるかもしれないけど。


「とにかくクッキーを返せ。俺も食べてみたいんだから」

「えー、けちんぼー」


 千秋はぶつくさ言いながらもこちらにクッキーの包みを手渡す。

 あのねえ……君は俺に文句は言われても、文句を言う資格はないから。

 あ、文句といえば思い出したことがある。


「なあ、千秋。そういえは聞きたいんだが、塚原早月って子知ってるか?」

「塚原早月って……お兄ちゃん、さっちゃんのこと知ってるの?」

「今日ちょっとな。で、お前に言いたいことがある。無知な女の子におかしなことを吹き込むのはやめろ」

「ええー。純情そうな子が知らずのうちにエロゲーの話とかしてたら面白くない――いてっ」


 千秋の頭をチョップする。


「友達をおもちゃ扱いするんじゃありません」

「ぶー……うっ!」


 千秋が不満そうにした瞬間、その場にいきなり倒れた。


「おい、どうした!?」

「か、体がしびれて……う、動けな……」


 と、そこで俺のスマホが震えた。

 メールが届いている。

 差出人は茜だった。


『From:上泉茜 件名:大変なの! 本文:クッキー作ってる時にしびれ薬の入ってた容器倒しちゃったみたい。混入してるかもしれないから食べなくていいよ。ごめんねf(^ー^; P.S.もし食べちゃっても時間経過で治るから安心してね』


 …………食べなくてよかった。


「お、お兄ちゃん……助け……て……」

「……自業自得だな」


 一人苦しむ千秋を捨て置き、俺は自分の部屋へと戻っていった。


 ***


 誘拐事件の翌朝、積年の問題を解決して気持ちよく眠れたおかげか、いつになくすっきりと目覚めることができた。

 時計を確認するとまだ五時である。


 ――早く起きすぎたな。


 部活で朝の早い千秋ですらまだ寝ている時間だ。

 でも二度寝するほど眠くはないんだよなあ。


「……よし、たまには早く出てみるか」


 朝食にトーストだけ食べ、玄関を出る。

 そしていつも通り千里眼――


「――っと、もう必要ないかな?」


 昨日のことがあったのだ。

 もう茜はストーカーはしないと思いたい。

 とてもリラックスして学校へ向かうことができた。


 でもって、伊江洲比高校である。

 選んだ理由の一つに家から近かったことが挙げられるだけあって登校は快適だ。

 六時前に学校に着きもすれば、俺以外の生徒はまったく見かけることがない。

 ……と思ったのだが。


 俺よりも先に校門を抜けて、小走りでどこかに向かう小柄な少女がそこにいた。

 ……あの揺れるポニーテールの後ろ姿は塚原早月だ。こんな時間に何をしているのだろう。朝練か?

 たしかうちの剣道部は不真面目なことで有名で、朝練なんかはやってなかったはずだけど。


「……あとをつけてみるか」


 これは決してストーカーなどではなく、知的好奇心による探求だ。

 ストーカーに関しては俺は加害者じゃなくて被害者だからね。


 早月は職員室で鍵を借り、次に向かったのは武道場だった。

 借りてきた鍵で扉を開き中に入っていく。

 さすがに武道場の中まで追うとばれるので、扉を薄く開けて様子をうかがうことにした。


 ……ところで、中まで入って部室を覗けば生着替えが見られるのだろうか。

 バカな想像をしている間に早月は袴姿に着替えていた。自主練習でもしているのだろうか。


 早月は俺なんかでは一回振るのでも苦労しそうなぶっとい木刀を持って素振りを始める。

 早月は筋肉があるようには見えないので、あんなものを振り続けたら肩を痛めて逆効果なんじゃないかと思う。


 素振りが終わると休憩も挟まず竹刀に持ち替え、防具を着た打ち込み台相手ににひたすら打ち込みをしている。

 なるほど、毎朝こんなことを続けていたらぶっ倒れるのも無理はない。


 ……どうやら練習が終わったみたいだ。早月は竹刀を床に置き、手拭いで汗を拭う。

 袴と汗か……エロいな……。


 早月は着替えに行ったが、昨日のように倒れられても心配なので隠れて様子を見よう。

 あらぬ疑いをかけられたくはないので、見つからないように近くの柱の陰に潜む。



「……一宮先輩。何してるんですか?」

「なっ! どうして」


 何故か発見された。

 早月は袴姿のままである。


「痴漢未遂に続いてストーカーとは……」

「俺は被害者側だよ!」


 ストーカーに関しては本当に被害者なのよ?


「……この状況を第三者から見たら十中八九の人が先輩が悪いと言うと思いますよ」

「……あのだな、塚原。これにはエベレストよりも、オリンポス山よりも大きな訳があってだな……」

「言い訳無用です。先輩は私の思った通り……やっぱり変……態……」


 と、早月は言い切る前にその場に倒れてしまう。


「おい、大丈夫か? おい!」


 とても既視感のある光景だ。

 ……どうしよう、これ。

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