プログラム二十五番︰騎馬戦(前)
伊江洲比高校体育祭もいよいよ最終種目が迫っていた。
最終種目は騎馬戦、保険委員を除く全校生徒が参加する競技だ。
やっぱうちの体育祭は頭おかしい。
だがまあ、さすがに全校生徒が一斉にグラウンドで戦うのは現実的ではないので、ちゃんとその辺の対策はしてある。
騎馬戦で最初に入場するのは一年生、開始から五分で二年生が入場、十分で三年生といった具合だ。
今年は二年生が入場してから五分も必要かは疑問だが。
事実、去年は一年生入場から一分ほどで茜がハチマキを根こそぎ奪い取っていた。
そんなやつが今年、敵に回っているのだ。……まあ今更の話だけども。
この状況を打破すべく、2-Aの、俺を含めたいつもの五人は作戦会議を行っていた。
「紅白の点差は三百点か……。計算上は次の騎馬戦でひっくり返せないこともないが、上泉をどうにかしないことにはなあ……」
神田が渋面を浮かべる。
神田の言う通り、茜を攻略しないことには勝ちの目はない。
けど、攻略法なんかあったら劣勢になってるわけないんだよなあ……。
集団競技でことごとく負けているのにもかかわらず、差がそこまで開いていないのは紅組の方が白組より選手の質が高いからだろう。
「お父さん、茜さんの弱点とかないの? 幼馴染なんだから一つや二つ知っててもいいと思うんだけど」
「弱点、ねえ……」
夏穂も酷なことを聞くものだ。
茜の弱点……ない訳じゃない。
昔の話だからとうに克服してるかもしれないが、俺は一つ知っている。
でも、これを体育祭で勝つために利用した日には、俺は本物の鬼畜となってしまうだろう。
「一宮くん? 何か知ってるの?」
文乃が尋ねてくる。
やはりどうにも心を見透かされているような……いや、俺の思い違いだろう。きっとそうであって欲しい。
「いや、考えてたけど茜の弱点なんて思い当たらないな」
「嘘。一宮くんは嘘をつく時、鼻筋を触るんだよ」
「えっ、マジ!?」
俺は慌てて顔に触れていた手を離す。
そんな癖があったなんて、自分では気が付かなかった。
「冗談だけど。大体まだ付き合いも長くないのに、嘘つく時の癖なんて知る訳ないじゃん」
「だよな」
まったく、びっくりしたぜ。
文乃も人が悪い。
「でも慌てるってことは上泉さんの弱点を知ってるみたいだね」
「あ……」
しまった、一杯食わされた。
相変わらず底の知れない文乃に、最近は怖ろしさを感じる。
恐怖・ふみのんの闇……なんて。
おふざけはともかくとして、ばれたからには教えなければならないだろう。
「夏彦さん、もう言い逃れはできませんわ。わたくし、一泡吹かせないと溜飲が下がりませんの」
今まで黙って聞いていた愛歌も、すごい剣幕で迫ってきて、更に文乃が続く。
「さあ、一宮くん。上泉さんの弱点を早く教えなさい。これは紅組の意地なの。どんな卑劣な手を使ってでも勝たないといけないの」
やべえ、ふみのんが壊れた。
常識人代表の最後の砦であるふみのんまでこのような戦闘狂に変えてしまうなんて、恐るべし体育祭の魔力。
ここで黙っていたら俺の身が危ないやもしれん。許せ、茜。
「茜の弱点は――」
俺は周囲を確認した後、四人に耳打ちする。
こいつらにはばれてしまったが、なるべく多くの人には広めたくないからな。
俺の情報を聞いた四人は、揃って目を丸くした。
「ノミヤ、それマジで言ってんのか?」
「嘘ついてもまたばれそうだからな。本当の話だよ」
「上泉さんが……なんか意外」
「これはあの厄介な茜さんの始末に役立ちそうな情報」
「おいこら、役立てんな」
俺がもたらした情報に各々が好き勝手騒ぐが、それを治めるように愛歌が手拍子を打った。
「いずれにせよ、やることは決まりましたわ。――コールマン!」
続けて愛歌は指を打ち鳴らし、コールマンを呼びつける。
「はっ、ここに」
「話は聞いていましたわね?」
「ええ、すぐに準備いたします」
ええ、じゃねえよ。
人がせっかく広めないように耳打ちしてたのに、何を当然のように会話内容知ってるんだよ。
いつものごとく俺が胃を痛める一幕もあったものの、作戦会議は終わり、騎馬戦の時間がやってきた。
最初は一年生の入場だ。千秋や早月の活躍が見ものだな。
などと考えていると、早速千秋と早月を発見した。どうやら二人は同じ騎馬のようだ。
千秋が馬の一人で早月が騎手だ。
その騎馬は千秋の機動力によって他の騎馬を翻弄し、早月が剣道で培ったであろう反応速度でハチマキの数を稼いでいた。
二人の活躍もさることながら、千秋の動きについて来れる他の馬役もさすがだな。
千秋・早月の活躍もあり、一年生のみの戦いは紅組優位に傾いていた。




