プログラム二番︰玉入れ(伊江洲比高校式)
『プログラム一番、百メートル走では一宮千秋さんが陸上部エースの名に違わない面目躍如の活躍を見せてくれました。男子の士気を応援で上げ、女子を扇動して奮い立たせ、本人はぶっちぎりの一位でグラウンドを走り抜けました。同じ紅組として嬉しい限りです!』
『ちょっと神田、放送席はあくまで中立の立場なんだからそういう偏った発言しちゃだめでしょ』
『あ、まずいです、栗橋さん声入ってるから!』
『うるさい。私が代わるからマイク寄越しなさい』
『ああ、押さないで! ちょっ、苦し、胸が当たってますって』
『なっ、触んないでよ。大人しくして……まったく、手間かけさせるんだから。――失礼しましたー、実況及び進行は2年A組神田に代わりまして、同じく2年A組の栗橋がお送りしまぁす。続きまして、プログラム二番は玉入れでーす!』
……何やってるんだ、神田のやつ。
「くっそ、神田のやつ栗橋さんとイチャイチャしおってからに」
「神田信行、許すまじ。やつこそ我ら童貞の敵である」
「俺も栗橋さんの胸に圧迫されて窒息死したい!」
体育祭の競技でなく、放送席でのイチャイチャが実況されてしまったため、モテない2-Aの男たちが殺気立っている。
放送委員の栗橋南さんはクラスでも有数の巨乳女子なので男子の殺意も何割増しか。
まあ、なんにせよ骨は拾ってやろう。神田よ……安らかに眠れ、だ。
それはさておき、プログラム二番の玉入れが始まった。一年、二年、三年から代表を十人選出し、計三十人で行う学年混合競技だ。
一年の頃に代表者となったときは、高校生にもなって玉入れなんて、などと思っていたのだが……正直舐めてた。
もう二度とやるものかと決意したのだが、結局去年の経験者ということで、俺はまた代表に担ぎ上げられてしまった。
伊江洲比高校の玉入れは試合開始前、五分間の作戦会議時間が与えられ、始まるまでに陣形を組む。
今年の俺のポジションは射手だ。
クラスメイトからは制球力が抜きん出ているという評価も頂いている。
「ふふ、夏彦さんが玉を籠に入れやすくするため、わたくしは全力でサポートいたしますわ」
「愛歌……お前は攻撃か」
「ええ。今こそ中条流格闘術の真髄をご覧に入れますわ」
「しかしなあ……」
愛歌が張り切っているところ悪いのだが、俺個人の感情としてはこれは捨て試合だ。
なにせ、白組の方に目を向ければ茜が仁王立ちしているのだ。
まさかもう出てくるとは……。
「おい……あっちの陣形見ろよ……」
「なっ!? やつら、上泉一人に守備を任せる気か!?」
「まさかっ、おい武器使用の規定はどうなってる!」
「しおりには、『持ち込んだ武器による敵方への直接攻撃はこれを禁ずる』とある。つまり武器の使用自体は可だ!」
「なんだって!」
茜の存在を認めた紅組は、まるで魔王にでも遭遇したかのように慌てふためいている。いや、あながち間違いじゃないんだけど。
それにしても、玉入れ……というか体育祭って武器を使う行事だったっけ?
疑問は残るものの、玉入れの開始を告げる笛が鳴った。
「射手は玉入れに専念しろ! 上泉は俺がなんとかする! 攻撃はなるべくあの女、上泉茜の視界から外れて攻撃を行え! あの二年生には敵対したら最後だ!」
紅組で三年の男がテキパキと指示を出していく。
どうやら三年の間にも茜の評判は轟いているらしい。
射手である俺は、玉入れに専念するよう指示を受けたので、白組からの妨害をかわしつつ籠に玉を放り込む。
あれ、意外といい線行けるんじゃないだろうか。……そう思ったのも束の間。
「よし、いいぞ! 妨害はなるべく白の玉を使うんだ! 上泉がいる限り、玉を渡したら奪い返す術は――ぶべぼらぁっ!?」
「先輩ィィ!?」
指示を出していた三年生の顔面に玉入れの玉が衝突し、そのままKOされてしまった。
……俺の見間違いじゃなければ、球速がプロ野球の投手並かそれ以上に出ていた気がする。
球速はともかくとして、司令塔を失った紅組の統率が乱れ、烏合の衆となってしまった。
「ふふん。私が任されたのは守備……すなわち、攻撃こそ最強の防御!」
玉を投げたのは茜らしく、ドヤ顔をしていた。
その間にもこちらからの妨害球を鎖分銅で難なく撃ち落としている。
こちらのウィークポイントを正確に見定め、無駄ない攻撃をしてくるとは敵ながらさすがだ。
「――それは、いいことを聞きましたわ」
不意に、白組の側から愛歌の声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、激しい衝突音が響いた。
『おっと、これは! 白組、上泉選手の裏側に回り込んだ中条選手が背中を使った体当たりによって白組の籠を倒してしまいました! 中に入っていた玉はすべてこぼれ落ち、白組、これでは元の木阿弥です!』
『あれは貼山靠、もしくは鉄山靠ですね。高い吹っ飛ばし力を持つ背面ぶちかましで、上手く決まれば体格差が倍以上の相手にも通用するという八極拳の技です。白組も上泉選手に守備を一任する、といっても籠の防御役は用意していたようですが、貼山靠の前には無力だったようです』
『神田、何勝手にしゃべってんの?』
『痛い! 栗橋さん、足踏んでますって』
『わざとよ』
神田のやつはまた漫才をやっているのか。
それよりも、愛歌は茜の目を掻い潜って回り込むとは中々やるな。
というのも、茜の目に止まらないよう紅組の選手が分散していたので、茜も見落としが出たのだろう。
そういう意味ではKOされたあの三年生がMVPだ。
もちろん、愛歌だって注意散漫状態とはいえ茜を出し抜くなんて並大抵のことじゃない。
愛歌はしてやったり顔で勝ち誇っていた。
「ふふ、これでビーチバレー大会のリベンジ、果たさせていただきましたわ」
「くっ、調子に乗って……みんな、立て直すよ! 籠を直す人以外は玉を集めて! もう時間がないから私が挽回する!」
攻勢一転、一気に苦境に立たされた白組は茜の指示で玉を拾い、一か所に集める。
……って、あれはまずいな。
「やばい、白は玉をまとめてぶち込む気だ! 妨害するんだ!」
玉入れの攻略法、それは一つ一つ投げるよりも塊で投げた方が入りやすいと聞いたことがある。
茜のコントロール次第で再度逆転もあり得るぞ。
「紅組の妨害に屈するな! 壁だ、スクラムを組め!」
「なんとしても白組の逆転を阻止しろ!」
紅白の攻防は激しさを極め、やがて試合終了の笛が鳴る――と同時、茜が巨大の白の塊を放り投げた。
きっと、迫るタイムリミットに焦ったのだろう。
塊は、白い籠の縁を掠め、どさりと地面に落ちた。
『結果は――数えるまでもありません! 紅組の勝利です!』
激闘だった。
上泉茜率いる白組との不利と思われる闘いは、驚くことに紅組が勝利を飾ったのである。




