誰かの自由は誰かの不自由なり
「へえ、昨日はどこに行ってたかと思えば、そんなことがあったんだ。で、柳生さんとお友達に?」
「ああ。別に、断る理由もなかったしな」
柳生と出かけた翌日、俺は2-Aの教室で夏穂に昨日の行動を問い詰められていた。
何やら俺が急にいなくなったことで大変だったらしく、夏穂は文句を連ねるばかりで中々話が進まなかったけど。
「夜遅くまで起きていたおかげで寝不足だ。そっちはどうだったんだ?」
「私がお父さんをどっかにやったと決めつけた叔母さんがブチ切れたよ。記憶操作して怒ってる理由がわからなくなった叔母さんに、楽しみにしていたプリンを私が食べたことにして事なきを得たけど」
「……そ、そうか、」
夏穂のおでこのたんこぶがどう考えても無事では済まなかったことを物語っているのだが。
俺が反応に困っていると、どうやら神田が話を聞いていたらしく、会話に割って入ってきた。
「つまり、その柳生とかいう奴が新たに一宮ハーレムに入ったってことでオーケイ?」
「ノットオーケイ、お前は死ぬべき」
「ひでえっ! 俺はただノミヤを応援しようと思ってだな……」
「それが余計なお世話なんだ! 大体、俺がハーレム王なんて不名誉な称号を被せられてんのもお前の仕業なんだろう?」
というか神田がハーレム王なんて噂を広めたのは、応援なんかじゃなくむしろ絶対嫌がらせなんだよなあ。この野郎、ミサキさんと知り合う前は色々とこじらせていたし。
おかげで俺は男子からの嫉妬を一身に背負っているというのだから、迷惑極まりない話だ。
俺が抗議の声を上げていると、隣からも援護射撃が入る。
「そうですわ! 夏彦さんが真に愛するのはこのわたくしなんですから、これ以上夏彦さんが女性と懇意になるなんてありえませんの。神田さんもそこのところ勘違いなさらぬよう」
「そうだ! 愛歌ももっと言ってやれ……って違うわ!」
援護射撃に見せかけた攻撃だったよ。
ふと見れば、コールマンがボイスレコーダーを構えている。少しでも気を抜いたら言質を取られることだろう。
ったく、油断も隙もありゃしねえ。
「そうそう、お父さんが最後に選ぶのは私なんだから、中条さんも思い上がりがすぎるよ」
「それも違ぇ……」
もうやだ、この人たち。ちょっとボケ役が偏りすぎじゃないですかね?
くそう、唯一の良心であるふみのんの席が少し離れているのが悔やまれるぜ。
誰か、ツッコミ役を追加してください。
そんな俺の願いもむなしく、朝はホームルームが始まるまでバカ共のツッコミに終止した。
さて、ホームルームで言及されるまですっかり失念していたのだが、明日は体育祭がある。
内容はシンプルに、くじで決めた紅組と白組の二色対抗戦である。
いやしかし、普通の高校ならよくあるルールなのだが、うちではちょっと問題があるよね、これ。
何故かというと、伊江洲比高校の体育祭は例年、集団競技への配点が大きなウェートを占めているのである。
これが何を意味するか……。
「そういや、A組は今年は紅組だったよな」
「1-Bも紅組らしいから、叔母さんや塚原さんとも同じチームだね」
「たしか二人は陸上部のエースに剣道部のエースだったな。こりゃあ心強い」
「なんであれ、やるからには負けなんて許しませんわ! 目指すは優勝の二文字のみ!」
俺の懸念など露知らず、神田や夏穂、愛歌が意気込んでいる。
愛歌に至っては紅組が優勝する気でいるらしい。
こんないい雰囲気に水を差すのもどうかと思うのだが、遅かれ早かれ知られる話だ。
当日にモチベーションを落とすよりは、今落ち込んでもらって立て直した方がいいだろう。
……と、いうことで。
「でも、茜のいる2-Bは白組だぞ?」
予想通り、空気が凍る。
今話し合っていた三人は俺の顔見たあと、今度はお互いに顔を見合わせ、思いもよらなかったという風にぽかんと口を開けていた。
まあ、そうなるよね。
ここにいる全員、夏休みに茜がビーチバレーで人外サーブを放ったのを目のあたりにしている。
しかも、人の身で走行中の電車に張り付いたり、銃火器をもったやーさん集団を制圧するようなやつだ。
まともに戦って勝てる相手ではない。
「……ちょっと待った。アレ、参加すんの?」
最初に正気を取り戻した神田が、至極真っ当な質問をぶつけてきた。
普通に考えれば、茜が人間の体育祭に出場するのはかなり問題がある。
一年の頃ならいざ知らず、二年生にあがった今、同学年では茜の身体能力は周知の事実だ。
それこそ、茜が天井から降ってきたり、窓の外で凧によって浮かんでいても、クラスメイトたちは何事もないかのように学校生活を謳歌している。
けれども、今年、茜が不参加にならない理由があった。
「なんたって、今年の体育祭のテーマは“自由"だからな」
今年の生徒会が決めたテーマは“自由"。
すなわち、いかなる理由においても強制的な不参加を禁じていた。
「自由すぎんだろ……」
神田がいくらぼやこうとも、茜の参加は覆らぬ事実であった。




