近衛組制圧戦
茜が先行してビルの中を進む。
俺にはどこを目指しているのかさっぱりだが、その足取りに迷いはない。
だから俺は茜に任せ、後に続いた。
「一体どこに向かっているんだ?」
「金庫部屋。近衛組が内部争いに備えて一か所に金を集めてるみたい。サイコメトリーの情報によると柳生さんが盗んだ財布もそこに運ばれてるの」
「おいちょっと待て。内部争いの資金が事務所内にあるのはおかしくないか?」
まだ分裂前だというのなら、一定の立場にある人はどの派閥に関わらず金を引き出せるんじゃないだろうか。
「おかしくないよ。この事務所はどうやら旧石橋派っていう一派閥の根城みたいだから。他の派閥の介入を受ける可能性はほぼないみたいだよ。それでも金庫前は見張りが厳重に守っているみたいだけど」
「おいおい、どうすんだよ……」
「排除するしかないよねえ」
茜が物騒なことを言い始めた。
暴力団と戦うなんて正気の沙汰じゃない。
まあ茜なら勝てるだろうけど、余計な禍根は残さないのが無難だ。
主に俺の安眠のために。
変な因縁のせいで、また隣でドンパチやられたらたまったもんじゃない。
「くれぐれも穏便に頼む」
「わかってるもん」
「本当だろうな?」
「もー、信用ないなー。証拠に今から準備するから……まず、左手に煙玉を持ちます」
「おう」
茜がスカートの中から黒い球状の物体を取り出す。
煙玉というからには煙幕を張るんだろうけど、一体どこに入れてたんだろう。
邪な想像に少しどきりとしつつ、茜を見やると今度は右手にハンカチを持っていた。
「次に、右手に睡眠薬を染み込ませたハンカチを持ちます」
「おう」
なるほど、眠らせている間に財布の回収を済ませれば穏やかにことは進むだろう。
煙玉使う時点で茜の正体はモロバレだろうけど。
茜は左手に煙玉、右手にハンカチを持ったまま回れ右をする。
茜の前には一枚のドア。
――あれ、なんだか嫌な予感がする。
「そして、突入します」
「おいちょっと待て! まだ心の準備が――」
茜は俺の制止も聞かずドアを蹴破った。
同時に煙玉を床に叩きつけると、煙幕が広がった部屋の中はたちまち混乱状態に包まれた。
なんだ、どうした、と中にいた人は騒ぎ慌てている。
そんな中、茜は小刻みに舌打ちをしながら飛び込んだ。
「チッ、チッ、チッ――」
「もしかして反響定位か……?」
反響定位。またはエコーロケーション。
イルカやコウモリなどが有名だが、音の反響によって周囲の状況を察知する技能だ。
たぶん、反響定位によって煙幕の中を自由に動き回ることができるのだろう。
たしか反響定位は人間でも訓練次第で使えるらしいけど……相変わらず万能だなあ、茜って。
数十秒後に声がやみ、それからまたしばらくして煙が晴れてきた。
そこには茜が一人立っていて、元々室内にいた人は全員安らかな眠りについている。
「ねっ、穏便だったでしょ」
「ウン、ソダネー」
煙幕で騒ぎを起こして、混乱している人たちを睡眠薬で眠らせるのが穏便かどうかは意見が分かれるところだろう。
けれど比較的安全に侵入できたのは事実なので深くは追及すまい。
「じゃあ金庫開けようか。部屋の奥にあるあれだね」
茜の指差す方には、重々しい金属の扉があった。
どうやら奥に続く部屋自体が金庫となっているらしい。
茜は扉に手を掛けて、鍵開けを試みる。
「なんだか悪いことしてる気分だな」
「実際してるからね。住居侵入罪に暴行罪、今からやろうとしている窃盗罪。どうしよう、私たち犯罪者になっちゃったよ」
「お前は以前から違法行為を散々してたろ」
人をさらったり、監禁したり、勝手に人の家に上がり込んだり、人の家を改造したり。
茜に関しては、両手両足使っても余罪が数え切れないレベルだ。
「そういえばそうだった!」
驚嘆する茜に、気づいてなかったのかと呆れた。
さて、茜は驚きながらも作業の手は止めておらず、大した時間も掛からず鍵を開けてみせた。
「ふぅー、開いたー」
「手際良すぎないか? 素人目に見てもわりと厳重に施錠されてたと思うんだが」
「ふふん、上泉流開錠術はその気になれば銀行破りだってできるからね」
「こいつは世の中のために隔離しておくべきなんじゃないだろうか」
誇らしげに言う茜への率直な感想である。
もっとも、茜の場合は手足を拘束しても自力で脱出しそうであるが。




