恒例行事……というほどでもない
「さて、どうしたものか……」
俺は頬杖を突きながら、教室の窓の外を眺めていた。
悩んでいるのはもちろん、柳生エイリスの件だ。
『柳生は絶対悪い人じゃないから、財布泥棒の件はなんとかして穏便に済まして欲しいの』とは、夏穂の弁だ。
あれだけ熱弁する夏穂をないがしろにする訳にもいかず、どうしようかと頭を抱えている。
穏便に、と言われた手前、本人を問い詰めて自首させるということはできない。
じゃあ他に案はあるかと言われると、これがまったくないのである。
「はあー……」
そんなにっちもさっちもいかない状況で、俺はただ外の曇り空を見つめてため息をつくしかなかった。
「ちゃんと前向け、一宮!」
「痛っ!」
前言撤回、真面目に授業を受けるという選択肢がありました。
世界史の梅島先生が投擲するチョークをおでこに受け、そう思い直しました。
気を取り直して昼休み。
もしかしたら話ができるかもしれないという淡い期待を抱き、D組の教室を訪ねてみた。
しかし、茜が不登校だと報告してきただけあって、今日は欠席のようだった。
一応旧校舎の空き教室も行ってみるが、やはりいない。
当たり前だ。昨日の今日でまた同じところにいる訳がない
結局、徒労に終わったな――と、思ったその時だった。
俺は足元で何かにつまずき、転びかける。
「うおっ、なんだ――って早月!?」
旧校舎からの帰り際、購買の近くの廊下で早月がぶっ倒れていた。
どうやら俺はそれにつまずいたらしい。
それにしても、この光景久しぶりに見るなあ。
「うん……あれ、一宮先輩?」
早月はふらふらと立ち上がり、焦点の合っていない目でこちらを見る。
「どうしたんだ。また飯抜いたのか?」
「もしかして私、ここで倒れてたんですか? 昼食が購入できなかったせいですかね」
「おいおい、まだ昼休みの途中だぞ」
昼になって一時間も経っていないのに、昼抜きのせいでぶっ倒れるとか燃費悪すぎだろ。
「それで、昼食が購入できなかったというのは?」
「例の、盗難事件ですよ。私なり警戒をと、肌身離さず持ってたんですけどね。今日に限ってたまたま体育の時間、教室に置き忘れちゃったんですよ。そしたら見事に行方不明に……」
「そりゃ災難だったな」
財布泥棒の犯人は柳生エイリスで、手口はアポートによってだと当たりがついている。
今まで自分の超能力無効化に守られてた早月が、財布を手放したら盗難に遭うのは明白だろう。
「ん? ……そうだな」
「先輩? どうしたんですか、いきなり真面目な顔をして。似合わないからやめた方がですよ?」
「早月は息をするように毒を吐くよな……。って、そんなことはいいんだ。ちょっと用事ができたからまた今度な」
「えっと、さようなら?」
俺は早月からある程度離れたら、千里眼を発動する。
そして、校舎の隅々まで視通す。――柳生エイリスを探して。
早月が財布を盗まれたと話していた。
ならば柳生は学校に来ているだろう。
アポートが使える、とは言うが離れた場所から取り寄せができるなら自宅からでも盗めばいい話だ。登校して、わざわざ自分にも容疑がかけられうる状況を作る必要がないのだから。
それをしないということは、早月の無効化能力のように距離的な制限……いや、距離でなくてもなんらかの制限があるはずだ。
「――見つけた」
学校の屋上。そこに銀の長髪の揺らし、特攻服を着た女の存在を確認した。
柳生エイリスだ。
俺は、小走りで屋上へと向かった。
急ぎ、屋上へと歩を進めていたときである。
「あ、一宮。君に用が――あ、待て止まれ。どこへ行くというんだ!」
忍者よろしく天井から降って湧いた須藤に呼び止められた。
「なんだ、俺は今急いでいるんだよ」
「そう邪険にするなよ。君と僕との仲だろう」
「だからだよ! 相変わらず白々しいな、お前は」
俺は須藤に個人的な恨みがある。
あまり昔のことをねちねちと責め立てるのは自分でもどうかと思うのだが、人間の感情とはそう簡単に割り切れないものだ。
「まあ、悪かったよ。で、用件なんだが、上泉さんから伝言があるんだ」
「伝言?」
「うん。上泉さんは今ちょっと立て込んでてね。仕事の追加報告だって。柳生エイリスのレディースチームは元々ただ走り屋だったけど、今年になってから恐喝行為や他チームとの抗争等の過激な行動が多くなったらしい。もしかすると例の件にも関係しているかもしれない……だそうだ」
「そうか、わかった。茜には礼を言っておいてくれ」
「ああ、任された。しかし、僕は詳しく聞かされてないんだけど、例の件ってなんだ?」
「聞くな。大したことじゃないから」
本当は大したことなんだけど、穏便にというのが夏穂との約束だ。
事情を知る者をいたずらに増やさない方がいいだろう。
にしても、いよいよきな臭くなってきた。
これはただの財布盗難じゃないかもな。
早く解決しないと取り返しのつかないことになる予感がする。
悲しいことに、俺の悪い勘はよく当たるからなあ。




