いい人? 悪い人?
下校中、夏穂に例の銀髪女について尋ねてみた。
一連の事件には超能力者が関わっているという、俺の見立てが正しければ夏穂が何か知っていると思ったからだ。
案の定、銀髪女は夏穂も知る人物らしい。
「たぶん柳生さんじゃないかな、その人」
「柳生?」
「うん、柳生エイリスさん。見ての通りのハーフで、とても扱いやす……いい人だよ」
「今扱いやすいって言おうとしたろ!?」
「なんのことかなー」
俺の詰問に対し、夏穂は白々しく首を傾げてみせた。
それはさておき、だ。夏穂の言ういい人、というのはいささか納得のいかない人物評である。
「いい人が財布泥棒なんてする訳ないよな」
「うん。だから私もお父さんの思い違いなんじゃないかと……いや、正直柳生さんの高校時代はよく知らないから断言できないんだけど」
夏穂は苦々しい顔を浮かべる。
自分にとってのいい人が犯人扱いされることを気に病んでのことなんだろうが、少し意外だな。
これまで他の女たちとは割り方敵対することがあった夏穂なので、柳生へ俺から受ける評価が低いのは夏穂にとっては好ましいのではと思った。
しかし、そうという訳ではないらしい。
まあ自分の母すら女豹と称す夏穂がいい人というのだ。
よほど善人なのかもしれない。
となればやはり俺の思い違いなんだろうか。
「うーむ……ちなみに超能力者なんだよな?」
「うん。お父さんのお嫁さん候補」
「で、その能力というのは?」
「物体取り寄せだよ」
「真っ黒じゃねえか!」
何が俺の思い違いだよ!
十中八九その柳生とかいう奴の仕業だろ、これ。
俺は窃盗犯が嫁に来るのは真っ平ごめんなんですけども、ええ。
「ま、まあまあ。決めつけは冤罪の元だよ、お父さん?」
「いやいやいや! 状況証拠が揃いすぎてんだよ! ……とにかく、今頼んでいる茜の調査が終わればすべてわかる」
もし違うというのならまた探せばいいのだ。
別に本人に対して犯人だと詰った訳じゃあないんだから。
「柳生さん、財布泥棒のことなんて一度も話してくれたことなかったけどなあ……」
「いや、そりゃそうでしょ……」
どこのどいつが自分の後ろ暗い過去を進んで話すというのか。
元中二病患者だって自分の過去に対し……いや、これは関係ないな。
「とにかく、あの柳生さんが財布泥棒だとしても必ず理由があるはずだよ! だから悪い人だと決めつけるのはやめて欲しいの!」
「お、おう、わかったよ」
とは言ってみたものの、俺の第一印象的には理由なくやっていてもおかしくないんだけどなぁ……。
なにせ初対面相手にガン飛ばして罵るような人だし。
柳生エイリスの話は一旦そこで打ち切られ、俺と夏穂は取り留めなもない雑談に興じた。
クラス内の人間関係がどうだの、授業の難易度がどうだの、本当にどうでもいい話ばかり……授業はどうでもよくないな。
まあそんなこんなで自宅へと帰って来たのである。
すると、玄関前で茜が待ち構えていた。
「お、茜」
「夏彦から頼まれていた調査、大体終わったよ」
「さすがは茜だ。仕事が早いな」
頼んでからまだ半日と経っていないのに、上泉家でも特に希代の忍者だというのは伊達じゃない。
敵に回したらさぞかし恐ろしいんだろうが、味方としてはこんなに心強い人物はいない。
「じゃあ早速報告するね」
茜は俺の賞賛に眉一つ動かさずに続けた。
仕事に関しては私情を挟まないところは――いや、ただで依頼を受けてくれる辺り、だいぶ私情が入っているのだが、表に出さないのは――生粋の仕事人だな。
「名前は柳生エイリス。国まではまだわかってないけど、どこかのハーフらしいね。2-Dの生徒らしいけど不登校気味みたい」
追加情報はあったものの、この辺は夏穂の弁と合致する。
「しかし珍しいな。茜の調査に不備があるとは」
「うん。閉鎖的な性格みたいで情報が思ったより集まらなかったんだ。本人に接触しようにもかなり敏感な人で近づけなかったし。たぶんあれは……ううん。これはあくまで私の推測だし、本人の名誉にも関わるから言わない方がいいかな」
茜は何かを言い掛けて、躊躇った。
俺としては柳生が何人のハーフだろうがどうでもいいので、深くは追及すまい。
茜が話さないということはそれは本筋じゃないのだろう。
それから少し間を置いて、茜は更に続けた。
「で、その柳生さん。どうやらゾッキーやってるみたいだね。暴走族。レディースチーム華羅滅理是の総長だって」
「だから特攻服着てたのか……」
「何それ聞いてない!」
たちまちに夏穂が叫んだ。
なんだろう、結構本人を語る上で重要そうな情報だが、未来の柳生は高校時代を黒歴史化でもしているのだろうか。
まあそれもどうでもいいので、そろそろ本題に入るとしよう。
「で、結局どうなんだ? 財布泥棒の真相は」
「うん、件の空き教室にサイコメトリー掛けた結果……柳生さんが犯人みたい」
茜は神妙な顔つきでそう告げてきた。




