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校舎も人も腐ってます

「けれど、あまり期待はされないでくださるかしら」


 愛歌は、コールマンがどこからともなく取り出した紙を受け取りながらに告げてくる。


「どういうことだ?」

「最近念写の調子が悪いのです。念写による株価や為替レートの予想も的中率が下がりましたし」

「ズルしてたのかよ!」


 株やFXで儲けているとは聞いていたが、まさかそんなからくりがあったとは。

 市場の公平さを鑑みればむしろよかったことなのでは。


「あら、ズルだなんて心外ですわ。超能力を使った取引をしてはいけないなんて法律、どこにも乗っていませんわ」

「いやそりゃそうだけどさ……」


 むしろ超能力による株取引の禁止法案でも提出しようものなら、立案した議員の頭に何らかの疾患があることを疑われるだろう。

 超能力だなんて空想の産物だと思われている力を規制することがバカげているからな。

 実際にはそれをいいことに楽して甘い汁を吸ってる奴がここにいるのだが。

 ……あれ、財布泥棒なんかよりよっぽど悪質な気がしてくるな。


「まあ規制のしようがないものを咎めてもしょうがないな。それより、なんでまた調子が悪くなったんだ?」

「それがわかれば苦労はありませんわ」

「そりゃそうだ」


 そもそも超能力の調子が変わることがあるのだろうか、とも考えたが早月のことを思い出す。

 そういえば早月の超能力無効化は彼女の体調によって効果範囲が変動していた。

 同じように当てはめると、愛歌はどこか悪くしているのだろうか。


「もしや心配してくださっているのですか?」

「え?」

「夏彦さんは本当にわかりやすく顔に出ますわ。でもお気になさらないで。わたくしはなんともないですから」

「ならいいんだが……」


 とはいっても、やはり心配である。

 でも本人が大丈夫というのだからこれ以上詮索するのはいらぬお世話だろうと、出かかった追及の言葉を喉に押しとどめた。


「話は戻りますが、本当に期待しないでくださいね? 手掛かり程度なら掴めるかもしれませんが」

「それで充分だ」


 元々手掛かりゼロでやっているので、どんな些細な情報でも嬉しい。


「では、行きますわ」


 愛歌が手にした紙を広げると、何やら念を込め始める。

 すると、紙面にじわじわと線が浮かび上がってきた。

 念写が終わり、紙の上に表れたのはとある教室の風景に見える。


「これは……旧校舎の方か?」


 ところどころ朽ちた柱や、乱雑に置かれた椅子と机には見覚えがあった。

 それは、一学期に茜の追跡から逃れるために何度か利用させてもらった、旧校舎にある使われなくなった空き教室の一角だ。

 最近では茜の動向も少し落ち着いたがために世話になることはなかったが、なるほど、あそこなら人目につきにくいだろうな。

 犯人がいるとは限らないが、行ってみる価値はありそうだ。


「もう旧校舎へ向かうんですの?」

「ああ。善は急げって言うからな。幸い、昼休みも始まったばかりだし」

「でしたらわたくしもご一緒していいかしら」

「え? そりゃまたどうして」


 愛歌は俺の知る限りでは盗難の被害に遭ってはいないはず。

 だから手がかりを探すのに協力してくれただけでもありがたく、これ以上犯人探しに関わる動機もないはずだ。


「あら、わたくしのフィアンセや友人が迷惑を被っているのですもの。だからわたくしからも一言ガツンと言ってやりましょうかと……理由はこれだけで十分ではなくて?」

「そっか、俺や神田のためにわざわざありがとうな。俺は愛歌のフィアンセになったつもりはないけどな」

「そんなこと言って、わかってるじゃありませんの。案外満更でもないんでしょう?」

「勘弁してくれ……」


 逆玉に憧れないこともないが、庶民の俺には後悔する気がしてならない。

 俺の人生の目標は波風立てずあくまで普通にだ。

 ……なんだか現時点で全く達成されてないように思えるのは、たぶん気のせいだろう。


 ***


 旧校舎は本校舎の北棟から廊下で通じている。

 つまり南棟とは逆側にあり、噂によると一番被害件数が多いという二年生の教室群からは遠く離れていた。

 旧校舎の教室は古びているために、時たま移動教室で利用される他はほぼ人が立ち寄ることはない。

 犯人がどう財布を盗んでいるかは知らないが、証拠を隠すというのならこれ以上の場所はないだろう。


(ほこり)っぽい場所ですわ。せっかくわたくし専用に仕立てた制服が汚れてしまいます」

「前々から思っていたんだが、愛歌の制服はなんで怒られないんだ?」


 愛歌が着ているブレザーには他の生徒にはない、豪勢な刺繍が施されている。

 伊江洲比高校の校則は比較的緩く、少しくらいの改造は取り立てて問題にされない。

 だからといって愛歌の制服は完全にアウトだろう。少しという域をゆうに超えている。


「なんでって、それは先生方にお金を――」

「あ、もうわかったからそれ以上言うな。俺はこの学校の汚れた側面を垣間見るのはごめんだ」


 まったく、腐敗するのはたった今到着した教室の柱ぐらいにして欲しいものだ。


「ここか。開けるぞ?」


 愛歌に確認を取り、ゆっくりとドアを開ける。

 ドアが開ききり、視界に入ってきたのは一人の女の姿だった。

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