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防犯意識を高めよう

 臨時の全校集会が開かれた。

 内容は一学期にも何度か話題になっていた財布の盗難事件に関してである。

 話によると、どうやら盗人の魔手がついに職員にまで及んだとか。

 生徒たちの被害に限っては自己責任を突き通してた学校側も、自分たちが被害者に回ったとなればそうも言ってられない。

 しかし、生徒や教員にとどまらず、清掃員や事務員にまで被害が及んでいるというのは驚くべき事実であった。

 集会はあらかたの事件の概要を説明すると、改めての注意喚起で締めくくられた。


 集会を終え、教室に戻ったところで神田が話しかけてくる。

 その表情といい、声音といい非常に不満そうだった。


「俺はさっさと警察に通報すればいいと思うわけよ」

「とは言っても学校側もなるべく大事にはしたくないだろうしなあ」


 神田が不満を持つ理由は学校の対応のようだ。

 その対応というのが、今回の集会で犯人が自首してくるのを待ち、音沙汰がなければ警察に相談するというものであった。

 わざわざ犯人に温情を与えるような対応に、盗難事件の一被害者である神田にとっては許しがたいものであるらしい。


「あの金さえあれば今頃ミサキさんとリッチなデートに洒落込めたというのに、犯人が見つかったら八つ裂きにしてやる」

「ん? 神田とミサキさんってもうそんな仲に進んでたのか?」


 いくら二人が相思相愛といえ、知り合って間もない。

 この前もどこかに二人で出かけていたようだが、あれからまだ数日も経っていないはず。

 まだ付き合ってもないのに多すぎるんじゃないかと思ったが、神田が反論する。


「違うって。お付き合いするためにこれからどんどんデートに誘って好感度上げようってんだろうが。まったく、これだから童貞は」

「あ? てめえもだろうが」


 少しモテ出したからって調子に乗りすぎだろ。


 ここ最近の神田はミサキさんとの距離を順調に縮めている。

 そのせいというべきか、おかげというべきか、神田の悪癖である隠しきれぬ下心が軽減されたのだ。

 元々のスペックは高いだけあって、唯一の欠点が改善されるとともに学校の女子から神田の株が急上昇するのも早かった。

 ただ、急のモテ期到来に天狗になりやすいという新たな欠点もすぐに露呈したのだが。


 まあ神田の人気どうこうは別として、同じ童貞である神田に罵られるいわれはない。


「私ならいつでもお父さんの童貞貰ってあげるから安心してね」

「夏穂、いつの間に……ていうか安心できないんだけど」


 教室の最後尾、廊下側に座っていたはずの夏穂は、知らずの内に窓側の俺の席へと距離を詰めていた。

 そんな夏穂の申し出は娘じゃなければ嬉しいものだったのだろう。

 だが娘だ。残念ながら。

 いまだ実質的な証拠はないものの、状況証拠は俺を確信に至らせるには充分すぎるほどある。

 何かの冗談と一生に付すことができれば、弾みで手を出していたかもしれないんだが……


「わたくしだって夏彦さんのために一肌脱ぐ覚悟はありますわ!」


 隣の愛歌も意気揚々と会話に参加してきた。

 ……制服のボタンに手をかけながら。


「だからってここで脱がないでね。最悪、俺が死ぬから」


 愛歌が教室で堂々と俺に迫ろうものなら、周囲で目をギラつかせているクラスメイトに襲撃されることになるだろう。

 愛歌の好意が俺に向けられているのは周知の事実であるものの、彼女の男子人気は根強い。

 その事実を露骨にはさみやカッターなどの刃物を装備する男子諸君が物語っている。


「あら残念。でも必要とあらばいつでも仰ってください。わたくしが誠心誠意お相手致しますわ」


 いくつかのボタンを開けて肌を見せ、誘惑してくる愛歌への反応にはひたすら困る。

 前にも似たようなことがあったが、というかほぼ合体未遂だったけれども、愛歌は案外脱ぎたがりなのだろうか。


「かーっ、やっぱ天下のノミヤくんは色男としての格が違うねえ。まったく羨ましい限りだぜ」

「嬉しくねえ……」


 神田は冗談めかして何度も背中を叩いてくるが、当事者としてはまったく喜べない。

 なにせ関係を持ってしまえば人生が歪められかねない二人だ。

 そうでなければ二人の美少女からの申し出は嬉しさに舞い上がるものだったろうに。


「ま、何にせよノミヤも財布泥棒には気をつけろよ」

「そういやそんな話だったな、これ」


 話が逸れる原因を作った夏穂と愛歌を横目に、深くため息をついた。


 ***


 気をつけろ、とは言うがこれ以上の防犯を行うというなら開いた瞬間爆発する財布でも持ち歩くほかない。

 というのも、俺には常に最強のストーカー兼ボディーガードがついて回っている。

 もしも誰かが俺からスリでもしようものなら、そいつは半殺しの憂き目に遭うことだろう。

 だからこそ俺はこうして、無警戒に昼食のコロッケパンを買いにいけるのだ。


「夏彦くん、たまにはちゃんとしたもの食べないと体に毒だよ?」


 購買に行く途中で偶然(かどうかは知らないが)鉢合わせた茜が心配そうに言う。


「茜こそあんパンと牛乳ばっかじゃねえか。刑事や探偵じゃないんだから」

「すぐに食べれるのに腹持ちがいいから都合がいいんだもん。それに私の肉体は毒を制してるから大丈夫なんだよ?」

「聞いたことねえよ、そんな言い訳。……これください」


 たどり着いた購買で茜にツッコミを入れつつ、コロッケパンを購買のおばちゃんに差し出す。

 俺は代金を支払うために、財布をしまっていたブレザーの内ポケットに手を入れたのだが、そこで異変に気づく。


「――財布が、ない。茜は何か知らないか!?」

「えっ……いや、怪しい人はいなかったと思うけど……」


茜はありえないとでも言うように、しどろもどろに答えた。


「落としたわけじゃねえよな?」

「そうだったら気づくよ。だから、私を出し抜いて夏彦くんの財布を盗んだ奴がいるみたい」

「マジかよ……」


 つけておくべきだったか、爆発機能。

茜の人外っぷりがとどまることを知らない。

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