茜の誤解
さて、朝の登校時間。
俺は茜の観察を行うべく、上泉邸の前で待ち伏せをしていた。
……これじゃまるで俺がストーカーだな。
立場が入れ替わったみたいだ。
「夏彦くんおはよう。何してるの?」
「おっす。たまたま居合わせただけだ」
サイコメトリーの使える茜に嘘は通じないが、体裁を保つために当たり障りのないことを言っておく。
「そっか。じゃあ一緒に学校行こうよ」
あれ? 普通だな。
本当に俺が偶然出くわしたと思っているのか?
それならそれで都合がいいから、問題ないんだが。
「たまには誰かと登校も悪くないか。この時間は千秋は朝練だし、夏穂も起きないから」
「やったあ。じゃあ今日は私が夏彦くんを独り占めだね!」
茜は幸福感たっぷりに顔を綻ばせた。
「お、おう」
誰だこいつ。
不覚にもときめいてしまったぞ。茜なんかに。
いつものストーカー状態ならいざ知らず、普通の女の子としてまっすぐ好意をぶつけてこられるとなんだかこう、背中がむず痒くなる。
考えてもみれば茜は容姿はかなり優れた方だ。
ストーカーをやっていたのだって、俺のことを一途に想ってくれているからなんだよな。……その表現方法が歪んでるだけで。
それが正しい道に向かっているというのならこのままでいい気がする。
とはいえ、やはり現実は甘くない。
学校に到着してから茜と一旦別れ、何のハプニングもなく授業を受けた。
そして昼休み、昨日に引き続き茜が教室にやってきたのだが。
「な、夏彦くん! これ、よかったら食べて! いらなかったら捨ててもいいから……」
茜はそれ以上何も言わず、俺に謎の包みを押しつけて去ってしまった。
「何あれ怖っ!?」
マジで誰ですか。
茜に乙女のような反応されるとかわいいを通り越して恐怖しか感じないんだけど。
茜のことはともかく、押しつけられた包みは……あの口ぶりから察すると中身は弁当か?
捨ててもいいと言われたが、せっかくのもらい物にそんな仕打ちは忍びない。
……食うか。
食べ物を粗末にするのもいけないしな。
***
放課後、図書室に呼び出された
昨日、茜のことを探ってくれると言ってくれた文乃からだ。
昼休みには教室を出ていった茜を追いかけていったので、きっと何かわかったのだろう。
まあでも茜は忍者という家柄上隠し事は得意のはずなので、俺としてはあんまり期待はしていない。
「で、どうだった?」
「うーん……とりあえず原因はわかったけど」
「え!?」
「私が上泉さんの秘密を暴けたのがそんなに意外?」
文乃は自分が過小評価されたことに腹を立ててむくれる。
うん、意外だった。……とバカ正直に告げるのは余計に怒られそうなので無難な回答をしておこう。
「そんなまさか。やっぱ文乃の話術を見込んで頼んだのは正解だったなって」
「それ本気で思ってないでしょ。一宮くんは私の話術の何を知ってるの」
「えっと、いろいろ?」
「答えになってないよ……。まあ私も一宮くんたちみたいにちょっとズルしてるんだよ」
「えっ……」
ズルって何のことですか。超能力ですか。
仮にそうだとして、なんでそのことを文乃が知ってるんですか。
これはますます文乃の読心術者説が濃厚に……いやいや、そんなはずないじゃない。
もし俺が心の中でふみのんとか呼んでることでもバレたら、俺は恥ずかしさで悶え死ぬはめになる。
「……それで、茜の異変の理由って?」
これ以上考え込むのは精神衛生上よろしくないと判断して閑話休題、話を戻させてもらおう。
そんな俺の問いかけに、文乃は顔をひきつらせた。
「それなんだけど、この話は私からするべきじゃないと思うんだ。ということで、本人が外で待機してるから後は若いお二人で存分に語り合うといいよ」
「なっ!? いつの間に」
というか文乃さん、君も同い年だよね?
いかにも経験豊富ぶった言葉を残して文乃が出ていった。
それと入れ違いに茜が図書室に入ってくる。
どこか、バツの悪そうな顔をして。
茜はしばらく黙っていたが、口をぱくつかせていて何か言おうとしていたのだろう。
俺が様子を見ていると、やがて茜が恐る恐る尋ねてきた。
「夏彦くん……怒ってる?」
茜から出てきたのは俺の機嫌を伺う言葉だった。
「……何が?」
俺としては茜に怒ってるような素振りを見せた覚えはない。実際怒っていないのだから当たり前だ。
当然、俺は茜が何を指しているのか理解できずに尋ね返した。
「だから、私がつきまとうのをやめたことに関して」
「おい、それを肯定すると俺は幼馴染にストーカーされたがってる変態ということになるんだが」
急にストーカー行為をやめた茜のことを文乃に相談したのは確かなのだが、それは普通に生活している茜の気持ち悪さに耐え兼ねたからだ。
決して茜につきまとわれたいわけではない。
「やっぱ迷惑だったよね……?」
「いや、そうなんだけど……今更すっぱりやめられても気持ち悪いというか……」
俺としてはもう少し早く迷惑していることに気がついて欲しかった。
それならここまでのもやもや感もなかっただろうに。
「けど夏彦くんは普通の女の子の方が好きでしょ?」
「茜はそのままでいいんじゃないか?」
「……ありがとう。でも、ストーカーやめるよ。いつまでも子どもじゃないんだからわがまま言ってられないもん。夏彦くんだけじゃなくて、塚原さんにも悪いし」
「は? 早月?」
急に関係のない名前が茜から飛び出したので困惑してしまう。
そんな俺の様子を見て、茜は不可解そうにしていた。
「付き合ってるんじゃないの? この前抱き合ってたから……」
「見られていたのか」
夏休み、剣道のインターハイで負けた早月を慰めるために胸を貸したことがあった。
あの場には誰もいなかったが、茜が俺や早月から姿を隠して様子を窺うのは造作もないことだろう。
「あー、なんだ。俺と早月はそういう仲じゃないんだ」
「そうなの?」
茜はまだ疑っている。
ここ最近の茜の態度がおかしかったのは、どうやら俺が早月と親密な仲であると誤解してのものだったらしい。
ということは、この気持ち悪い茜を元に戻すには誤解を解かなければならない。
「俺さ、普段は茜のことを邪険に扱っているけど、別に嫌いとかって訳じゃないんだ。だからその……なんていうんだろうな。お前はお前のままでいいんだよ!」
「またストーカーしてもいいってこと!?」
茜がその凛とした双眸を輝かせる。
本当に、発言を除けば美人なんだけどなあ……。
「それとこれとは話が……あー、もういいよそれで」
「言ったね! 明日からはまた覚悟してね!」
俺がストーカー行為を追認すると、茜は先ほどのしおらしい態度から一転、いつもの彼女に早変わりしてしまった。
いまさらながら惜しいことをしたかなと後悔しつつも、むず痒さの原因はこれでかいけつされただろうと胸をなで下ろした。




