脱出作戦
さて、このまま茜の部屋に監禁されっぱなしというわけにも行くまい。
どう逃げようか。
両手足は捕縛術は苦手だと言う茜の談に反し、針を通す間もなく縛り上げられている。
仮に万が一抜け出せたとしても、目の前には俺のことが大好きで、俺も自分のことが好きなんだと思っているストーカー幼馴染をどうにかしなければならない。
しかもただのストーカーではなく、先祖代々受け継いだ千万もの忍術と、実態は不明だが何らかの超能力を扱えるハイスペックストーカーである。
部屋は防音設備が整っており、外部からの助けも見込めない。
……はい。詰んでますね。
俺の人生ははこのまま幼馴染に飼い殺しENDを迎えるのでしょうか。
この苦境に立たされたことによって俺の千里眼が覚醒し、現状を打破する手立てが見つかるとかねーかな。
……ないか。現実はそう都合よくできていない。
俺が余生を諦めかけたその時だった――
「――助けに来たよ、お父さん!」
窓ガラスの破片と共に俺の写真を突き破って夏穂が部屋に入ってきた。
「君は天使か! それとも神か!?」
「お父さんの世界一愛する娘だよ!」
夏穂はニコッと笑う。
うん、今ならお前を愛してもいい。
救世主がこんな近くにいたなんて。
「……どうしてここが分かったの?」
茜は声にドスを利かせて言う。
冷静さはかろうじて保っているものの、突然の侵入者に対して怒りをあらわにしていた。
「悪いけど発信器をつけさせてもらいました」
夏穂は地図アプリを開いたスマートフォンの画面を見せつける。
さすがだぜ夏穂。助かるのだからこの際なんで発信器なんか持ってるのかは考えないようにしておこう。
茜は慌てて自分の体をまさぐり、発見した発信器を床に叩き付けた。
「まさか自分の家に監禁しているとは思いもしませんでした」
茜が俺のストーカーをしていることは夏穂も多分知ってたはず。
故に茜の自宅なんて怪しすぎて逆にありえないとでも思ったのだろう。
「どうして……完全に不意をついたから発信器をつける暇なんてなかったはずなのに!」
「それは私が――ッ!」
夏穂が何かを言おうとして言葉に詰まり、勢い良く咳き込んだ。
とっさに口を押えた夏穂の手にはべっとりと血がついている。
「……それは私が未来からやってきたから。いくら茜さんがすばやくお父さんを攫っても、来るとわかってさえいれば対応はできます」
「嘘だっ! あなたは一週間に一度しか時間移動できないんでしょっ! 私、聞いてたもん。だから早い内にと思ったのに……」
……俺の家には盗聴器とか仕掛けられてるのかな。
無事に帰ることができたら調べておこう。
「そうですよ。普通は無理です。……だから、この血が代償。一、二回くらいじゃ問題ないけど、何度も無理をすれば自分の命を削ることになる。だから、週に一度しか使えないんです」
……俺のために無理をしたのか。傷つくことを分かっていながら。
夏穂は、頭のおかしいところも多いが、それも含めて俺とは似つかないほどにまっすぐだ。
「ふーん、そうなんだ。でも関係ないよね。だってあなたは今から死ぬんだもん。元から始末する予定だったからむしろ手間が省けたよ。首を飛ばされる準備は出来てる?」
茜は制服の裏側に隠し持っていた忍者刀を取り出す。
「奇遇ですね。私もあなたを亡き者にするためにこの時代に来たんですよ。プロではないので一思いには殺れないかもしれませんが我慢してくださいね」
夏穂も事前に準備してきたとおぼしき包丁をカバンから取り出す。
俺は、夏穂のまっすぐさに甘えていいのだろうか。
夏穂が茜を殺せば俺は助かるが……いや。
「茜、縄ほどけ」
これは俺の問題だ。
ならば解決するべきも俺である。
「なに、夏彦くん。今この女を始末するところなんだから邪魔しないでよ」
「いいから早くほどけよ」
「……やだ。縄を解いたら夏彦くん逃げちゃうもん。夏彦くんはずっと私と一緒にいるんだもん。これまでも、これからも……ねえ、そうでしょっ!」
「さっさとほどけっつってんだよ!」
自分でも驚くくらいの声量で発された怒号に、さすがの茜も押し黙る。
幸いにも防音室なので近所迷惑の心配はしなくてよさそうだ。
「……もしかして痛かった? 縄が食い込んで痛かったんだよね? そうだよね。ごめんね、私夏彦くんのこと全然考えてなかったよ。今痛くないように縛り直すから私のこと嫌いにならないで!」
この期におよんでこいつはまだ俺に自分が好かれていると思っているのか。ある意味すげえな。
茜が慌てた手つきで縄を緩める。
その一瞬の隙を突き、昔茜から教わった要領で縄から抜ける。
「あ……夏彦くん……どうしてそういうことするの。私、私ね、夏彦くんのためを思って――」
――パシンッ。
……部屋に大きな破裂音が響く。
「…………え?」




