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タイムスリップ・ドーター

 春風の吹き抜ける青空の下、少女は背を向けて待っていた。


 ドアの開く音に反応したのか声を掛けるよりも先に彼女は振り向き、こちらをじっと見据えている。

 顔はかなり整っている部類だ。その頬は薄紅に染まっていて、その瞳には覚悟の炎が宿っていた。


 体つきは頭からつま先まで軒並み普通の女子高校生といったところで、制服がよく似合ってる。

 ブレザーに付けた校章バッジの赤色からは自分と同じ二年生だということが窺えた。


 互いに向き合い、まもなく彼女は口を開く――


「初めまして、お父さん!」


 絶句した。


 ***


 今朝、俺の下駄箱には差出人不明の手紙が投函されていた。

 彼女いない歴イコール年齢の非モテな俺は当然この手紙を訝しむ。

 宛先間違いも考えたが手紙の宛名には丸っこい文字でしっかりと一宮いちのみや夏彦なつひこ様へと書かれている。


 何かのいたずらだろうか。


 しかし、ラブレターの可能性も否めない、人生初の彼女ゲットだ、と放課後、息巻いて呼び出し場所の屋上へと向かったのである。


 転落防止のフェンスで四方を囲まれた屋上の中央に、たった一人ぽつんと立って待ち受けていたのは見ず知らずの美少女で、ますます怪しく思う。

 特段彼女はよく手入れされているのだと分かるつややかなセミロングの髪と、ぱっちりとして幼さの残る栗色の瞳が目を引いた。


 クラスにいたら一番人気は間違いなしと思えるようなこの美少女が俺に何の用だろうか。

 俺は、彼女がどんな言葉を発するのだろう、と期待を胸に寄せた。


「私は一宮夏穂(かほ)。未来から来たあなたの娘です」


 そしてこれである。

 何この娘、電波なの?


「ちょっと待ってくれ、混乱してるんだ」

「あ、そうだね。説明が足りなかった。私は、端的に言うとお父さんと恋愛フラグが立つ女性全員を始末しに来たの!」


 地震と台風が同時に来たみたいだ。

 立ちくらみがする。

 ついでに頭痛も併発して、頭を押さえた。


「あ、大丈夫? ごめんね、お父さん」


 お前のせいだよ、お前の。

 といっても、どうもからかう感じじゃなさそうなのが余計に怖い。

 もしかして本当なのか。


「まあいいや。本当に俺の娘か、とかどうやって未来から、とかいろいろ疑問はあるがひとまず置いとこう。始末ってなんだよ」


 血生臭さとは対極にいるようなこのほんわか美少女にはいささか物騒すぎる単語である。

 なんかの比喩表現だよね、たぶん。


「うーん、つまり私がお父さん大大大好きで、私がお父さんのお嫁さんになるのに邪魔な奴らを殺処分しよう! ……ってことだよ?」


 可愛らしく首を傾げる割には随分と穏やかじゃないな。クレイジーサイコファザコンだよ。

 同じ未来から来たと言っても某猫型ロボットも真っ青である。

 ああ、あいつは元から青かった。


 というか、この娘は父親の輝かしい青春を邪魔しに来たのか、許せんな。

 だがしかし、こういう時のためにアニメを見てSF知識を蓄えているのだ。

 俺のオタク力を舐めるなよ。


「お前の言うことが全て真実だとして、お前の計画には問題があるぞ」

「はあ、問題」


 夏穂は首を再び傾げる。


「親殺しのタイムパラドックスって聞いたことはないか?」


 過去を遡り自分の先祖を殺せば、自分が生まれる因果が消滅するためにまた先祖が殺される因果も消滅する、みたいな話だったはず。


 タイムパラドックスの例としてはベタだが、夏穂と俺、というより俺の嫁候補の状況はまさしくそのベタを地で行ってる。

 夏穂も俺の言いたいことを理解したみたいで、つまらなそうにため息をついた。


「な、なんだよ」

「オタクなお父さんはもちろん多次元世界解釈は知ってるよね」

「もちろん」


 この世には似た世界が枝分かれしたように存在しているとかなんとか。

 まあ平たく言えばパラレルワールドってやつだ。


「お前の言いたいことは何となく分かるが、お前は俺が結婚する可能性のある相手全員を殺す気なんだろ? いくら未来が枝分かれしてても大元の木を切っちまったら終わりじゃないのか?」

「ちっちっ、その解釈自体が間違いなのさ、ダディ」

「何故急にアメリカン」

「細かいこと気にするとモテないぞ? 私としてはそっちの方が嬉しいけど。むしろどんどん気にしていいよ」


 俺の娘(自称)がひどい。

 俺の非モテを願うなんて。


「って、そんな無駄話はいいんだよ。早く話せ」

「うん。SF物で世界は平行にいくつも存在してるとか、多くの可能性に枝分かれしてるとかいうけどそれは間違い」


 夏穂はまるで授業をするようにぴんと指を立てる。


「間違い?」

「そ。いや、大まかにはそれであってるんだけど、時間軸ってもっと断続的な物なの。お父さんの理解では横の軸はバラバラでも縦の軸は繋がっているでしょ?」


 ふむ、何となく話が読めてきたぞ。


「つまり世界とは時間と空間から成り立つ一つの点が無数に存在して、まるで点描のように形作られている、と」

「さっすが、お父さん! 話が早いね。だから私が全ての可能性を断ってしまっても、未来から来た私と結婚できないお父さんがいる分岐の点が新たに足されるだけなんだよ」


 何故俺が結婚できないこと前提なんだよ。

 もしかしたら大学生や社会人になってから恋愛フラグ立つかもしれないじゃないか。


「そうそう、私の知ってる歴史に沿えば、お父さんは高校卒業以降に知り合う人と恋愛フラグは立たないから」

「なん……ですと?」


 未来人のみが知る、今日一番の衝撃である。

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