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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
14.海賊と女神と女あそび
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女神さまきたる 「ぷろれす、やってみたいでぇーす♡」

「え? だれ?」


 フィギュアヘッドの場所から外れて、動けるようになった乙女像を食堂に連れてゆくと、案の定、アレイダのやつが、驚いた顔をしていた。

 俺に「遅い!」と文句を言おうと待ち構えていたのだろう。「ハトが豆鉄砲を食らったよう」という慣用句があるが、まさしく、そんな顔をしている。


「自称、女神だそーだ」


 紹介。それで終わり。

 それ以上のことは、俺も知らないので、言いようがない。本当に女神かどうかも怪しいもんだ。だから「自称」のまま。


「め、女神ってのはいいとして……」

「いいのかよ? あと、〝自称〟な。〝自称〟っ」


 そこ大事なところ。


「じ、自称・女神様なのはいいとして……。なんで、いるの?」

「そりゃ俺が、出会って三分でコマしたからだが。……いや? 六〇秒くらいだったかな?」

「いつよ! もう! いつそんな――!!」

「いつって? おまえもいただろ。――さっきだよ。さっき」

「え? さっきって……? だってさっきオリオンは、乙女像と……」


 そこまで言って、アレイダのやつは、ようやく気がついたらしい。


「あーっ! 船首の乙女像――っ!!」


 自称・女神を指差して、いまさら叫んでいる。


「ああ。いきなりしゃべり出したもんでな。とりあえず――ヤッといた。そしたら動き回るようになった」

「霊力いただきました~。しばらく受肉したままで動けまーす」


「なっ! なっ……!? なんつー! 非常識ッ――!?」


 アレイダが、わなわなと震えて絶句している。

 その気持ちはすこしはわかる。


「ああ。まあ。そうだな。俺も木彫り像がいきなり動き出して、ほんの少しは変だなと――」

「そっちじゃない! ――そっちじゃなくて! いきなりヤッてるほう! あんたのほう!」

「俺か?」


 なぜ俺が非常識と糾弾されている?

 いきなり動き出した木彫り像が非常識なことはわかるけども。

 なぜ俺のほうが?


「正体不明の女の子とか、いきなり抱いてんじゃないわよ!」

「なんでだめなんだ?」

「ほ、ほら――呪いとかかかっちゃったら! 大変でしょ!」


 いやぁ。勇者のレジストを突破してくる呪いなんて、そうそうないし。あったとしても大賢者が解呪できない呪いなんて、あるはずないし。

 仮にあったとしても、その時はその時だし。


 この人生において、俺は自重しないことに決めている。

 俺の人生を俺がどう使おうが、まさしく俺の自由だろう。


「おま? 嫉妬とかしてる?」


 そんなメンドウクサイ女だったっけ? こいつって?


「心配してんの!」


 アレイダは咆えた。


「まあ。心配すんなって。――すくなくとも害意はないようだぞ」

「オリオンさん? 呪いとかにかかっているんですかー? わたし、解呪しますよー? できますよー。女神ですからー」

「なっ?」


 俺はアレイダに向けて、ウィンクをしてみせた。


 自称・女神の彼女は、ニコニコと笑って皆を見ている。


 ここまでのやりとりの多くは、自称・女神の彼女には、きっと理解されていない。

 天上界の生物の意識には、人間の「不安、嫉妬、恐れ」などのネガティブな情動は引っかからないのだ。文字通り不滅に近い存在である彼らは、地べたを這いずるか弱き存在の感情を、かなりの部分、取りこぼしてしまう。


「かみさま……。って。なに?」


 スケルティアが、ぽつりと言う。

 共食い上等のハーフスパイダーの世界には、「神」という概念は、どうも存在しないっぽい。弱肉強食のモンスターの世界では、神が救ってくれたことも、支えてくれたことも、見守ってくれたこともないわけで――。

 どちらかというと、信仰の対象になるのは、力の象徴である邪神側だろう。


「おいしい?」

「あんまりおいしくないかもですよー? 脂身ばかりみたいですー」


 自分の豊かな胸を下から捧げ持つと、自称・女神はそう言った。

 いやそこは男子的には、いちばん美味しい部位なんだがなー。


 ちなみにほかの皆の反応はというと――。


 ミーティアはずっと祈っている。敬虔深い聖女としては、祈りの対象物がいま目の前にいるわけだ。

 モーリンとコモーリンは、一人分増えてしまった食事の準備を、そろそろ終えるところ。

 エイティは笑顔でウエルカムの雰囲気。あれたぶん、話についてこれていない。なにが起きているのか、きっと、わかっていない。

 クザクはあいかわらず屋根裏で。

 バニー師匠は、おもしろいことが起きてますねー、と、上機嫌。俺と目線が合うと、流し目とウィンクをしてきたが……。はて? その意味は、まだちょっと分からない。


「じゃ。食事にしよう」


 俺が席についてそう言う。俺の合図で皆も食事をはじめる。

 うちでは俺の合図があるまで、誰も手を出さない。


 そして合図があると、すぐに食べものに手を出す者、食事の前に祈りを始める者、作法は人それぞれだ。

 ちなみに食前の祈りを捧げる者は、今日は、祈っているのは目の前の相手だ。


 そして当の、自称・女神は――。

 物珍しそうな顔で、食べものを見ていた。


「はわわー、これが食べものなんですねー。食べものをみると、なんだか、お腹のあたりに穴があいた感じがしてぇー。あと、おなかのあたりが、ぎゅりぎゅり動いてぇー。それで、口の中に液体が出てくるんですけどー」


「それは、腹が減った、という。あと口の中のそれは、唾液な」


 俺は教えてやった。


「ああ! そうだったんですかー! これがいわゆる〝お腹すいたー!〟ってやつなんですねー。わたしぃー、カラダを持つのはじめてなのでー! こんな感じだったんですねー!」

「いいから。食ってみろって」


 自称・女神は――。手づかみでいった。


 口の中にあれもこれもと、色々と食べものを入れた途端――。

 目の色が変わった。


 急に飢えた獣みたいになって、がつがつと食いはじめた。


 モーリンがそっと立ち上がって、おかわりを取りにキッチンに行く。


「これは――!? 口の中がっ――! これが〝おいしい!〟って感覚なんですねっ! これ――うまッ! やだこんな! 物質界の人たちって! ずるい! こんな感覚――!?」


 自称・女神は、食うのに夢中。

 口のまわりをソースだらけにして、がふがふと食べる。

 アレイダだって、こんな品のない食べかたはしない。拾ってきたばかりの蛮族奴隷の頃だってしていない。


 ミーティアがナプキンを構えて拭きとるチャンスを狙っているが、ぜんぜん、チャンスがない。ずっと食い続けている


 俺には、まあ、予想のつく展開だった。

 精霊や神霊存在が、肉体を持つと、はじめしばらくはこんな感じだ。肉体を持つことで得られる〝五感〟というものが、彼らもしくは彼女らにとっては、珍しくて仕方がないのだ。


「あんまり食い過ぎると、腹が破裂するぞ」


 俺がそう言うと、彼女は食うのをぴたりと止めた。


 ずっとエサを貰っていなくて空腹すぎた金魚に、食べるからといってエサをやりすぎると、そうなってしまう。

 五感を持ったばかりの神霊存在でも、おなじことが起きる。


 まあそうなったらなったで、とっとと帰ってくれるから、助かるのかもしれないが。

 高次元の存在が肉を持つということは、そういうことである。肉体の死とは、ただ〝容れ物〟が破損したに過ぎない。


「ところでおまえ、なんで降りてきたわけ?」

「わたしー。駄女神なんですよぅ」

「ほう」

「神様からは、おまえは人間に興味を持ちすぎる。――って、よく怒られていましてー」


 やっぱこいつ。自称・女神なんじゃなかろうか?

 聞けば〝神様〟とやらの下っ端っぽい。じゃあ女神とか言ってるのはフカしこいてるだけで、実際には天使族とか、そんなのでは?


「ハムスターさんたちが、よく回し車をまわしてますよねー。あれを見ていたり、ニンゲンさんが毎日おなじことして、くるくる人生を回していたりするのに、つい、見入っちゃうんですよー」


 人間もハムスターも同列扱いかよ。だから神霊存在って嫌いなんだよ。

 ナチュラルで上から目線っていうか……。


「今日も船が進むのを、船首の乙女像に意識をおいて眺めていましたらー。オリオンさんが、お尻を触ってきて霊力を注がれましたのでー」

「ほら。やっぱりお尻さわってた」


 アレイダがぼそっと言う。触っていたが、それがどうした?


「乙女像の素材が神木だったこともありましてー、親和性が高かったのですねー。ためしに受肉してみたら、ななな、なんと、できちゃいましたのでー。それでついでに人間界の見学をしてみようかと。――あっ。神様にはナイショですよ? 怒られちゃいますからー」


 神様っていうのは、全知全能なんじゃないのか?

 ナイショにしておけば気づかれないとか、ずいぶんと半端な全知だな。


 話をいちおう聞き終えて――。


 俺は大きく息を吸い、それから大きく吐きだした。

 そして言う。


「――カエレ」

「えー? なんでですかー? まだ帰りたくないですぅ~!」


 理由は細かいことから言えば、その間延びした「ですぅ~」というしゃべりかたが気に入らない。なんかイラつく。

 そして話を聞いてみれば、なんだこれは。つまり家出してきたJKだろうが。


「なんでオリオン、そんなに冷たいの?」


 アレイダが言った。


「ヤル……じゃなくて、えとえと……、えっちした相手には、気味悪いぐらい優しいのがオリオンなのに」


 アレイダの言うことはもっともだと俺は思う。

 俺は、自分の女になった相手には優しいつもりだ。

 だが――。


「やるって、なんですかー?」

「あの……? さっき船首で……、その……、していましたよね?」

「なにをですかー?」

「だからあの……、挿れられて……」

「??? ……ああ! はい! 霊力をいただいてましたー」


 噛みあっているのか、そうでないのか、判断に困る会話が続く。


 俺は自分の女になった相手には優しいつもりだ。

 裏を返せば、俺のものにならない女(、、、、、、、、、、)には優しくないのだ。


 これだから神霊存在は嫌いだ。……いいや、正確に言えば苦手(、、)だ。

 心が広すぎるのだ。

 天文学的な心の広さを前にすると、人間的な所有欲だとかが、ちっぽけなものに思えてくる。


 世界の精霊であるモーリンなどは、人間よりはあちら側に近かったりするのかも? 俺に対して一切の所有欲を発揮したことがない。


 ちら、とモーリンを見ると。

 モーリンとコモーリン、二つのうなずきが帰ってくる。

 大小二人は、一瞬、その顔を見合わせて、そしてコモーリンのほうが、俺のもとに、とことこと歩いてくる。


 俺の耳元に顔を寄せ、小さな声で耳打ちしてきたのは――。


「マスター。彼女にあまり惹かれては嫌ですよ」


 俺は苦笑いした。

 すっかりお見通しだ。


 こういうアホJKのノリは苦手だ。

 心配しないでも、惹かれたりはしない。


 現世になにを求めてやってきたのかはしらんが、とっとと満足してもらって、お引き取り願おう。


「それで、神サマはこちらの世界で、どんなものをご見学される予定ですか?」


 バニー師匠が聞き出し調査を行っている。ナイス、チームプレイ。


「あっ――! そうです! そうです! わたし、人間さんのやられている、ぷろれす? ――というのに、すっごく興味があるんですー! ぷろれす、いいですよねー、ぷろれす!」

「はぁ。プロレスですか……?」


 バニー師匠が首を傾げる。

 そりゃそうだ。

 プロレス鑑賞をご所望なら、次元だか世界だかが違っている。俺と――あとたぶんバニー師匠のいた前世の世界には「プロレス」があったが、こちらの世界では「プロレス」はない。

 いや……、確信はない。俺も世界の隅々まで見て回ったわけではない。


「あるのか? ……プロレス?」

「さあ? わたしが見て回ったところでは……、ありませんでしたねえ?」


 念のためモーリンにも目線で問いかける。

 コモーリンのほうが、顎先をふるふると小刻みに振り返してきた。NOのほうだ。


 モーリンは大賢者ではあるものの、世間の俗事には疎い。

 バニー師匠が知らないのであれば、やはりこの世界にはないのだろう。


「ないみたいだぞ? 次元違いじゃないのか?」

「えー? ここの次元にもありますよぅ。ぜったい。――なかったら、人間さん、増えてないじゃないですかー」


 いや。プロレスと繁殖とは、関係ないと思う。


「白いシーツの上で、繰り広げられるあれですよー。あれー」

「シーツ? リングではなくて?」

「ええ。はい。シーツの上でぇー。おとこの人とー、おんなの人とがー、くんずほぐれつ、ハダカになって、毎晩やっている、あれでー」

「あー! アレかー!」


 俺は瞬間的に理解した。


「はい! あれですー!」


 自称・女神は、手の指先を合わせて喜んでいる。


 しかし……、それだったら、さっきやったろうに。

 シーツの上でやらなければ「ぷろれす」にはならんのか。野外の即ハメの霊力排泄行為は「ぷろれす」のうちには入らんのか。

 まあどうでもいいが。


「じゃ、それ体験したら、帰るんか?」

「あっ。神様にばれないうちに、帰ったほうがいいかもですねー。それで、どちらで体験できるんでしょう?」

「あー、まかせろ。まかせろ。容易いことだ」


 俺は請けあった。


「ところで?」

「はい? なんでしょうー?」

「対戦形式は、なにがいい? 一対一の、六〇分一本勝負が希望か? それとも三本勝負? 二四〇分無制限勝負なんてのでも構わないが?」

「えーと、えとえと……」


 ぷっくらとした唇に指先をあてて、自称・女神は考えこんだ。


「ばとるろいやる? ……とかいうやつで、ひとつー。皆さんで賑やかな感じのでー。オリオンさんの得意なやつでー」

「おー。おーおー。得意得意。俺。ばとるろいやる。得意だぞー」


 俺はますます請けあった。


 ゆるいしゃべりで、アタマと中身とが残念な感じの、自称エセ女神であっても――カラダのほうは、どこぞの彫刻家が一刀入魂した、美の化身。

 一晩くらい、「ばとるろいやる」でもって、お付き合いすることは、やぶさかではない。


    ◇


 うちの子、全員参加で、「ばとるろいやる」をがんばった。

 自称・女神は、満足昇天していった。入れてる最中に木像に戻って、俺はエライ目にあったのだが――。


 木像は、元の場所に乙女像として戻した。

 やはり船の先端には美少女がついているべきだろう。

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