船首の女神 「霊力、いただきたいんですけど~」
いつもの上甲板。いつもの青空。そしていつもの大海原。
「オリオーン……! ごはん、できたわよー!」
「ああ。いま行くー」
そう答えた俺は、自分が乙女像のケツを撫で撫でしていたことに、ふと気がついた。
いかんな。
最近、船首で海を見ていると、無意識のうちにケツを撫でてしまっている。
それだけ、船首にある乙女像――フィギュアヘッドの造形が素晴らしいからなのだが……。
この乙女像――。
単なる乙女というよりは、神的な雰囲気を感じる。
誰が作ったのかもわからないが、モチーフは人間ではなく、神的な存在なのではあるまいか?
たとえば――「女神」であるとか。
俺の知る「女神」といえば――。転生時に会ったJK女神が、まず真っ先に思い浮かぶ。
あれにはカタチというものがなかった。ぴかぴか光る球体でさえない零次元の光点でしかなかった。
このフィギュアヘッドを彫りあげた彫刻家が、〝神〟の姿をどのように幻視したのか――。それはこの木の彫像に、余すところなく写し取られている。
この世のものとも思えない美しい少女。神のケツを持つ少女として――。
なでなで。
ケツを撫でる手が止まらない。アレイダがもう一回くらい呼びにくるまでは、こうしていようか。
「あのう、あんまりお尻ばかりを撫でられていますと。そのう、困ってしまうのですけどー?」
「俺はべつに困らんが」
急に話しかけられたが、ケツを撫でているときの俺は、つまり仏像を彫ってる彫り師みたいなもので、明鏡止水の心境に非常に近いところにあるので、驚いたりはしない。
ちなみに、ありのまま、今起こった事を話すと――。
乙女像が喋りだした。
手から伝わる感触も、固い木の感触から、柔らかな肉の感触に変化している。
乙女像はあいかわらず船首に固定されている。
姿勢のほうも、足ピーン、の状態で固まったままだ。
しかし……。なぜ突然、喋りだしたのだろうか? 驚きはしないが疑問には思う。
「オリオンさんがー。神木から切り出された木で彫られたこの彫像にですねー。霊力を込めて、撫でつづけておられたのでー」
「霊力? しらんな? 煩悩なら込めていたかもしれないがな」
撫でながら、このケツが生身だったらなぁ……。と思っていた。祈っていたといっても過言ではないかもしれない。
そういう意味では、祈りとともに霊力とかいうものを込めていたかもしれない。
「それで、ついたったいまー。神霊値が閾値を突破しましてぇー♪ ぱんぱかぱぁん♪ 受肉することが可能となったわけでぇす♪」
「そうか。よかったな」
まあよくはわからんが、こいつはつまり心霊的存在で――。しかしいまは肉を持った存在でもあるということだ。
しかしさっきから、尻の感触が柔らかいんだよな。
柔らかいといっても、ぐっと押しこむと脂肪の下に筋肉の存在を感じる。骨もある。いい尻である。まさしく神のケツ。
「あのう、慌てて出てきちゃったのでぇー、受肉が中途半端なんですよぅ。この姿勢から動けなくてぇ……。もうすこし霊力を頂けると助かるんですけどー?」
霊力っつーたってな……。意識して注いでいるわけではないのだし。
尻はこっちに向いているわけだから、べつにそのままでもいいんじゃないか?
「えー……? 困りますよぅ。わたし、人間の世界に来たらー。ぜひ! やってみたいことがあるんです!」
さっきから聞いてもいないのに、乙女像は、ぺらぺらと喋る。
しかも声に出していないのに、心の中の声で会話ができてしまえる。
「あっ。それはわたしー。これでも神族ですからー。脳内シナプスの電気の動きを読み取って思考をトレースするぐらい、カンタンですからー」
馬鹿っぽい喋りかたなのに、いきなり専門用語が飛び出てくる。
神的存在には、あのJK女神も含めていくらか知りあいもいるのだが、知的レベルと知能レベルが噛みあっていないことが多い。
アタマわるいのか、良いのか、わからないってことだ。
しかし、このアホの子っぽいしゃべりかた……。
あのJK女神を思い起こさせる。
「ジェーケーってなんですかー? あ? ググリました。女子高生のことですねー。オリオンさんは、他にも女神のお知りあいがいらっしゃるんですねー。お友達多いんですねー」
そういや霊力を注ぐんだっけな。
「はい! おねがいしまぁーす」
んじゃ、手早く、どばー、と、注いでやるか。
煩悩を込めて撫で撫でしていて霊力が溜まったのなら、たぶん、こっちの方法でもいいはずだ。むしろ大量でさらに良いはずだ。
「んじゃ」
俺は手早くズボンを下ろした。ケツは目の前にある。
「ばっ――バカっ! なにやってんの! ズボンも――パンツまで脱いで!」
罵る声に振り向けば――。アレイダが顔を赤くして突っ立っていた。
しかし……。なぜ赤くなる?
もう何度も見ているだろうに。見るだけでなく、触ったり、もっとスゴいこともしていただろうに……。
なぜ下半身露出程度で赤くなる?
「ひとりでするなんて! わたしたちがいるのに――!! し、失礼ね! お――終わったら! きなさいよ!」
なにか激しく勘違いをされてしまった。
乙女像は船首に固定されたままだし、彫像だと思ったのだろう。ついさっきまでは彫像だったわけだしな。
まあそれはともかく――。
「えっ? あっ、あのっ――? ちがくって――? そういうのじゃなくて、霊力を――?」
うんわかってる。すぐに注いでやっから。
俺は身動きもできずにケツを向けてる乙女像を、ご使用になった。
えっほ。えっほ。