おいろけ魔法 「三日間、房事禁止です」
「あんまり調子乗ってると、そのうち痛い目みますよ」
バニー師匠からのマッサージを受けていた俺は、急に、そんなことを言われた。
いつものように甲板でパラソルを立てて、日陰で休んでいる。
バニー師匠は、マットにうつ伏せになった俺に半身をのせるようにして、全身へのマッサージを施してくれている。
べつにエッチなほうのそれではなく、本当の意味でのマッサージだった。
〝あそびにん〟は、なんでか、マッサージスキルも持っていた。
俺も、いつもいつもエッチなプレイをしているわけではなく――。たまにはそうではない方面で女体に触れているときもある。いや。逆か。女体に触れられていることもある。
バニー師匠の達人マッサージ技を受けてうっとりと目を閉じていると、アレイダなんかが、「わたしもやる! わたしもっ!」と、うるさく自己主張してきて、三桁超えのSTRを全開で、骨を折られて大惨事になったり――。
スケルティアが、「スケ。も。」と自己主張してくると、マッサージならぬ緊縛プレイになったりするので――。
マッサージをしていいのは、バニー師匠だけ、と決めてある。
「なにが痛い目を見るって?」
背をさする心地よい感触に目を閉じながら、俺はバニー師匠にそう聞いた。
「最近、無茶なエッチばかりしているでしょう」
「べつに無茶などしていないが……」
この前のシーフード満漢全席のことだろうか。それともこのあいだのハーピー花電車のことだろうか。
無茶というよりは、たっぷり堪能しきった、というほうが近いのであるが。
「陽気と陰気、というものがあるんですけどね。その流れに乱れが見られます」
「ほう」
初耳だ。こちらの世界には〝気〟という概念と〝魔力〟がある。気の中に二種類あるというのは聞いたこともないし、体感したこともない。
――が、バニー師匠が言うのなら、そうなのだろう。
それとも向こうの世界の概念だろうか? 中国だかそっちのほうで、なにかそんなのがあったような気が……。
「常人なら、これ、死んでるか腎虚になっているところですね」
「俺は常人じゃないがな」
「ええ。ですから表立っての影響は出てきていませんけど。……ちょっと疲れたり腰のあたりが重たかったりする程度で」
ぎくり。
ちょうどそれは、俺が感じていたことだった。
マッサージしましょうか? とバニー師匠から言われて、おう頼む、と即答したのも、それが理由だ。
しかし、さすがはバニー師匠……。体に触れる前から見抜いていたのだろう。
「二、三日、房事は慎むことをおすすめします」
「だが断る」
俺は断固たる口調でそう言った。
背中を押しているバニー師匠の手が、ぴたりと止まった。
俺は――、口を開いた。
「まず第一に――。俺は自重しないことに決めている」
「わたしもです。楽しいことはなんでもやろうって決めてます」
〝この世界に転生するとき〟――と、そこについては口にしていないが、バニー師匠もおんなじような口調で返してくる。
彼女がもし転生者だとしたら、やっぱり前世でなんかあったんだろうなー。休日なしの連続五〇日間勤務だとか。月の残業○○○時間だとか。
「そして第二に――。三日もおまえらに触れないでいるとか、不可能だ」
「べつに触れちゃいけないなんて言っていませんが。むしろスキンシップは陽気の循環が促進されますので推奨です。おっぱい揉むくらいまでなら、ぜんぜんオッケエですよ」
「ますます我慢できんだろうが」
「女の子はべつにイカなくたって、それはそれでいいんですけどねえ。――ねえ、アレイダさん?」
「ふえっ!?」
そこで寝ているフリをして、すっかり聞き耳を立てているアレイダに、バニーが話を投げる。
わたわたと髪の毛の先まで乱しつつ、アレイダが起き上がる。
「いや――、あのっ!? べ、べつに――、いつもオリオンがしつっこいくらいにやってくるのが、苦しいとかイヤとか、そ、そんなことはないからねっ――!? ぜんぜんないからねっ!? ほんとだからねっ!?」
なぜ何度も強調する?
「スキンシップメインで、オリオンさんが悪さしてくるにしても、せいぜいおっぱい揉んでくるぐらい――っていうのは、どうですかー?」
バニー師匠が聞く。
「えっと……、そのっ……。らぶらぶで……、くっついているだけっていうのも……、そ、その……たまには、いいかなー……、って。たまにはだからね!? ほんとにたまには! ってそういう意味だからね!? べつにオリオンのエッチがだめだなんて、ぜんぜんそんなこと言ってないからねっ!?」
だからなぜ、そう何度も何度も強調する?
「オリオンさんは、パワーと回数に頼りすぎるきらいがありますからねー。……って、それはまあ置いておくとしまして。やっぱり三日ですねー。そのあいだ一人エッチも禁止です」
「せんわい!」
自慢じゃないが、こちらの世界に転生してからというもの、そんなことをしたためしは、一度だってねーわ!
ああ……、自慢かこれは。
バニー師匠の言うことなのだから、素直に聞いておくべきと、頭のどこかが言ってはいるのだが――。
「そして第三に――。俺は俺に意見する女を、ヒイヒイいわせてやることに決めている!」
俺はバニー師匠をはねのけると、起きあがった。
「よし。しよう。いますぐしよう。――おいアレイダ! おまえも混ざっていいぞ!」
「べ、べつにわたしは――」
「混ざれ! 命令だ!」
「は、はぁぃ……」
「さあ! やるぞ!」
俺は立ち上がった。
海パンの前は猛々しくテントを張っている。
「やるぞー! やるぞー! 脱げー! 脱げええ!」
両腕を頭の後ろで組み、そこを前面に押し出すようにして、俺は迫っていった。
「あなたを心配して言っているんですけど。わかってはくれませんか?」
「いいや。わかるのはお前だ。――バニー師匠! 俺は今日! おまえを超える! そしたらもう師匠って呼ばないからな!」
「オリオン? バニーさんのこと、いつ〝師匠〟なんて呼んでたっけ?」
ああそうか。おもに心の中だけで呼んでいたんだっけ。
「もう……、しようがない人ですね」
バニー師匠は、ゆらりと立ち上がった。
おっ! やるのか! やるのか! おう! やるのかっ!?
俺が身構えていると――。
「じゃあ、無茶ばかりしていると、どういうふうになってしまうか――。ちょっと思い知ってもらいますかね……」
彼女は静かな口調でそう言った。
「よ……、よし! 勝負だ! 勝負するぞっ! ――そっちも脱げ!」
「しませんよ」
バニー師匠は水着のままでそう言った。
「わたしの『おいろけ魔法』で、ちょっと痛い目を見てもらいます」
「おいろけ魔法だと……?」
俺は首を傾げた。聞いたこともない魔法だ。
魔法にはいくつもの系統がある。俺自身、数種類の系統を使えるし、身につけていない系統だって、余りまくりのスキルポイントを割り振れば、即時、使用可能となる。
だが『おいろけ魔法』なんていうものは、スキル取得可能一覧に出てこない。
すべてのスキルを使える勇者の取得可能一覧に出てこないということは、それは、存在しないということなのだが……。
「ふふん。どんな魔法だか知らんが。俺に魔法が効くとでも――」
未知の魔法に対しても、俺は強がってみせた。
勇者の基礎レジスト能力は、べらぼうに高い。精神系に対しては特に高い。ラミアの集団催淫に耐えきるぐらいの素のスペックがある。
勇者が精神操作などされて、世界が滅ぶわけにいかないからだ。
仮にもし、勇者と対極の存在にある魔王に対して、麻痺や眠りの魔法が効くのであれば、状態異常をかけておいてからタコ殴りにすれば、べつに勇者でなくたって倒せてしまえる。
勇者に対してもその種の魔法が効かないのは、自明の理というものであった。
「強がらなくても、やってみればわかりますよー」
バニー師匠が、自分の口許に指先を持ってゆく。
「ちゅっ♥」とキスして、それを投げてきた。
「♥」が空中に現れた。俺に向かって飛んできた。
速度はひどくノロい。
避けようと思えば、避けることは簡単だったが――。
「ふふん。こんなもの避ける必要もないな――」
俺はあえて避けず、「♥」をあえて受けた。
その途端――。
「――はうおぉぉっ!?」
全身に衝撃が走った。なにか甘美な刺激が俺の体を駆け抜けてゆく。
俺は思わず前屈みになっていた。
だが膝はつかない。屈さずに、かろうじて立ったままでいた。
「『おいろけ魔法』は、普通の魔法抵抗スキルではレジストできません。レベル差も関係ありません。本人の『エッチさ』に依存してダメージが入ります。しかも最大HPに対する割合ダメージ、かつ、防御力無視の貫通ダメージですので、HPが多い人ほどダメージも大きくなります」
ステータスを確認してみれば、HPが一割も減っていた。
うおおお。なんじゃそりゃーっ!?
だが一割。たったの一割。まだあと九割もある。
この勇者に一割ものダメージを与える『おいろけ魔法』とやらは、たいした威力であったが、だからといって、一発二発で勇者が倒れるとでも――?
「つぎは、もう少し強いの、いきますよー」
「ちょ――待て!? まだ〝上〟があるのか!?」
バニー師匠は謎めいた微笑みを浮かべると、その身をくねらせはじめた。
膝のあたりに当てた両手を、体のラインに沿って滑らすように上にあげてゆく。
二つの手でなぞりあげるラインは、ヒップと胸の形状である。
空間に描きあげるそのラインに、俺の目は釘付けであった。
口許まで持ってきた二つの手で、彼女は拳銃の形を作りあげる。
「ばきゅーん♥」
撃ち出された♥は、前の技よりも速い速度で俺に迫ってきた。
避けようと思えば避けられない速度ではない。
だが避けたくない。さっきの刺激が、まだ体に残っている。
あれをもう一度味わいたいと、体が欲している。
やばいやばいやばい。だが逃れられない。逃れたくない。
俺はハートを撃ち抜かれてしまった。
「う――うおおおぉ!?」
夢精、というものをしたことがあるだろうか?
起きていて、それをしてしまった。
海パンの中がキモチわるくなってしまった。いやキモチはいい。ピンク色のエネルギーは俺の体に残留し続け、俺はずっと頂点に居続けた。
◇
数分か。あるいは十数分か。
一時間も経ってはいないはず。それはさすがに死ぬ。
甲板にぐったりと倒れ伏した俺を、バニー師匠が見下ろしてきていた。
「腎虚って、意味、わかりました?」
「う……、うむっ」
「あまり、ご自分のエッチ力に自信を持ち過ぎていると、痛い目みるってこと、わかりました?」
「う……、うむっ」
「わかってくれたなら、いいです。ちょっと荒療治でしたけどね」
ぺろりと舌を出して言う。
「二、三日……って、さっきは言いましたけど。もう何日か追加で。……そうですね。五日間。エッチするのも、一人のほうも禁止です」
「カンベンしてくれ……」
俺は呻いた。
「さっき素直に聞いていてくれれば三日で済んだんですけど。いまやっつけちゃいましたから、五日間です」
「アレイダさんもスケちゃんも、ミーティアさんもエイティさんも、モーリンさんもコモーリンさんも、あとクザクさんも――。い~っぱい、いちゃいちゃしてあげてくださいねー。処方箋みたいなものだと思って、お触りしてあげて、あるいはお触りされてあげてください。でもヤるのはなしで」
「まーかせてっ♡」
アレイダが胸を叩いて請け合う。――そういやこいつ、横に並んでくっついてくるの、好きだったっけなー。
「スケ。――は。甘える?」
「そうですそうです。たっぷり甘えちゃってください」
「ん。わかた。」
スケがこくんと首を折ってうなずいた。
「はい! はい! 甘えるの、得意です!」
ミーティアが元気に手を挙げる。
「師匠のためでしたら、が……、がんばりまっす!」
「主に甘えるのなんて、そんな恐れ多い……。でも主のためでしたら……」
エイティもクザクも乗り気だ。
「あらあら。甘えるというのは、わたくし、上手であるとは言い難いですが。マスターの健康管理のためでしたら、苦手だのと申していられません。精一杯、スキンシップを務めさせていただく所存です。――ね、コモーリン?」
モーリンがいやに長文でしゃべって、コモーリンがこくりとうなずいている。
一人二役の自作自演のマッチポンプ感がすげえ。
「そーれー!」
皆が一挙に押し寄せる。
ささっとモーリンが甲板の木の床に、ふかふかのラグとクッションを敷き、津波のように押し寄せ娘たちが、俺をともなってダイブする。
もみくちゃにされたあと、右腕はアレイダの首に回されていて、左腕はスケで、あとミーティアとエイティとクザクが、腹だの足だのに縋りついてきていた。
そして俺の頭に膝枕をしてきたのが――モーリンだ。
娘たちはそれぞれスキンシップに励んでいる。撫でたり触ったり押しつけてきたりする。
この状況で……、ヤるなと?
「ご……、拷問だ!」
「あ。ご心配なく。――勃ちませんから。五日間は。絶対に」
「ええーっ!!」
本当だった。ぴくりともしてなかった。てゆうかさっき死ぬほど頂点を極め続けていたのだった。すくなくとも五日分ぐらいは絶対にあった。
◇
おいろけドクター――バニー師匠の言う通り。
〝完治〟するまで、五日間かかった。
房事を控え――。だが触って触られてのスキンシップは多量に行い――。そうして五日間を過ごした結果、俺の体調はすっかり良くなっていた。
このところ感じていた腰の重さも、すっかり吹き飛んでいた。
完調になった俺が、さっそく、女たちに飛びかかったのは、言うまでもない。
滅茶苦茶セックスをした。
五日間――溜めに溜め抜いた欲望を皆に対してぶちまけた。
アレイダにスケルティアにミーティアにエイティにクザクに、そしてモーリンにコモーリン――に対してだけは、ぶちまけるのは自粛して、部屋の隅でずっと見学だけしていてもらった。お行儀良く座っていた椅子の座面が、ぐっしょりとなっていたことは、言うまでもない。
「あなたも懲りない人ですねえ」
バニー師匠も笑いながら相手してくれた。
いつものように搾り上げるような強烈さではなく、優しく包みこむような癒やされる感じで、俺を抱いてくれた。
どうも……。バニー師匠に対しては、「抱く」というより、「抱かれる」という感じになるんだよなー。
この人にはエッチではまだ敵わない。
バニー師匠は、やっぱり〝師匠〟だった。




