ハーピーの島 「ニンゲンさんがきたヨ!」
いつもの青空と青い海。いつもの大海原。
波を蹴立てて進む船の船首で、風を浴びながら、俺は水平線の彼方を見つめていた。
う~ん……。
旅はいい。
目的のない旅は、特にいい。
しかも、いつでも手を出せる可愛い女たちを連れての旅は、格別にいい。
昔の旅は、悲惨だったもんなー。
美人も美少女もいたけれど、射精管理――もとい、睡眠量から食事量から消費カロリーから修練量から消費MPから、ありとあらゆるものを徹底的に管理されて、一分どころか一秒単位で、最大効率で強くなるためのレールが、完璧に敷かれていた。
それがどのくらいの非道さかというと、愛しあう姫君との別れに際して、ストライキ覚悟の交渉をして、ようやく一分三七秒だけを勝ち取れたぐらいだ。
あのとき、せめて一晩もらえればなー。童貞捨てられたんだがなー。
いや。童貞がどうとか。童貞でないいまとなっては、もはや、どーでもいいのだが。
そんなことを考えていた俺は、思わず、目の前にあったお尻を撫でていた。
この船の船首には、乙女像がある。いったいどんな彫刻家の手によって作られたものなのかは知らないが、素晴らしい出来なのだ。
特に尻がいい。
撫でやすいところについているものだから、つい、撫で撫でとやってしまう。
乙女像の素晴らしいケツを、今日も日課的に、なでなでとやっていた俺は――。
ふと、遠くの海上に舞う、鳥のような影に気がついた。
鳥か? ――とも思ったが、〈遠視〉のスキルをアクティブにして、望遠鏡の解像度で眺めてみると――。
それが鳥ではないことに、すぐに気がついた。
「ハーピーか!?」
俺はすぐに舵を取っている
「進路――! 〇‐七‐五に取れ!」
舵を握って正面を見つめるコモーリンが、まだスタンバイから戻ってきていないので、おつむの上を、ぽんぽんと叩いた。
はっ、と気がついたコモーリンに、萌えているより先に、俺は行き先を示した。
「右舷――。あちらにある島に向かうぞ!」
◇
そこは樹木の生い茂る孤島だった。
人がいるようには見えない。
野生動物とモンスター、あとはハーピーだけの楽園のようだ。
浜辺を探して上陸すると、さっそく、ハーピーの出迎えを受けた。
こちらを見つけて、若いハーピーが何匹か上空から下りてきた。
背丈よりも高いところで、ばっさばっさと翼を打ち振るって、ホバリングする。
「ニンゲンさんだ。――ニンゲンさんがきたヨ!」
島の奥地まで行くつもりで、皆にそれなりの冒険者装備を整えさせての上陸だったのだが――。いきなりのお出迎えを受けてしまった。
正直、拍子抜けだ。
だが手間が省けたともいう。
「おまえたちの里に向かおうと思っていた。案内してくれないか?」
俺はいちばん最初に下りてきた群れのリーダーっぽいハーピーに声を投げた。
「サト? サトって、なーにー?」
「しってる?」
「しらないヨ?」
「シーらない! シーらない!」
四匹のハーピーは、高音でさえずるように会話を交わす。
それぞれ羽の色が違う。黄と黒と緑とピンクとがいる。最初に下りてきたやつがリーダーだと思ったのだが、べつにそうではなく、単に一番警戒心の薄い子だったというだけらしい。
しかし、皆、かわいいな。
人間の美的感覚でいうと、皆、美少女あるいは美女だった。そこだけは人間そっくりなおっぱいも、膨らみかけから美巨乳まで揃っている。
「なんだか……、あの鳥人間たち、あんまり頭よくなさそうねー」
アレイダが言った。
おまえが言うか? おまえが?
おまえも相当な駄犬だが?
ああそうか。自覚がないのか。
きっとこの駄犬、自分のこと、頭脳明晰だとか思っているんだろうなー。
ステータスオープンしてINTの値、見てみろや。
まあ特殊なスキルがないと、無理なんだがなー。
「ねえオリオン? ハーピーの里なんかに、いったいなんの用があるの?」
「いや、たいした用はないが」
なんだ。わけもわからず、上陸してたのか。島の奥地に行くぞー、というのを、デートかなにかだと勘違いしたのか?
「このあいだから、シーフードつづきだったからな。肉が食ってみたい気分になってな」
「お肉……? えっ? えっえっ?」
アレイダはびっくりした顔で、俺と、ぱたぱたと飛んでるハーピーたちを、交互に見比べる。
「……あのね? まさかとは思うけど……。あれ……、食べちゃうの……?」
「おう。食うぞ」
なにをあたりまえのことを。……と思いつつ、俺は答えた。
この前は、シーフードづくしだった。
クラゲ、ナマコ、シャコ貝、タコ、そして最後にサカナときたが、すべてシーフードだったからな。
それに前々からハーピーには興味があった。
ハーピーといえば、メジャーな魔獣だ。胴体は人で、手足が鳥の種族である。腕に手や指はなく、そのまま翼となっている。手がないので道具を使ったりはできないが、知能はそれなりに高く、人語も解する。
もっともここにやってきた四匹? 四羽? ――を見るかぎりでは、そんなに知性が高いというわけでもないようだ。
あとひとつ、ここは重要な点となるのだが……。
ハーピーには〝雌〟しかいない。しかも人間の美的感覚からいえば、美形が多い。遺伝多様性が少ないのかもしれない。羽の色や模様を除けば、皆、同じような顔立ちをしている。基本の顔形が美形なのだ。
「あなたたちって、おんなじ顔、してるのね?」
俺の思ったことを、アレイダも思っていたようで、ハーピーたちに言っている。
ハーピーたちは、お互いの姿を見合わせると――。
「ドコが?」
「みんなチガうヨー」
「イロも、モヨウも、ぜんぜんちがうヨー」
なるほど。
ハーピーにとっては、顔なんかよりも、羽の色だの模様だのといったほうが、重要なのだろう。
最初は空にいたハーピーたちだが、もう警戒を解いて、地面に下りてきていた。
食べものを並べてやっているせいかもしれない。
「ねえ。オリオン? ほんとに食べるの……? ねえ、やめましょうよ? ハーピーのヤキトリなんて、美味しいかどうかは知らないけど……。かわいそうよ」
「……は?」
こいつ。なに言ってんだ?
一秒くらい考えて――。
ああ。
――ぽん。
「アホか。〝食う〟の意味が違う」
「なによバカにして! じゃあ、食べるって、どういう意味で――あっ!」
あっと言ったっきり、アレイダは静かになった。
うつむいて、カオ、真っ赤っか。
ようやく理解したっぽい。
やーい。アホー。毎日毎日、俺に食われているくせにー。
「なあおまえら。キモチイーことは、好きかーっ?」
俺はハーピーたちに声をかけた。
「うん。ダイスキー!」
「キモチイーって、どんなノー?」
「おいしいのもスキー!」
「ニンゲンさん。いいニンゲンさんだねー。ゴハンくれるシー」
すぐに陽気な声が返ってくる。
ここいらのハーピーは冒険者に狩られたりすることもないのだろう。まるで無警戒だ。
もちろん俺には、危害を加えるつもりはこれっぽっちもない。
「おまえら、もうすこし仲間の数がいたろ。どうせなら皆でキモチよくなろうぜー!」
「すごーい、めいあーん」
「ニンゲンさん、キモチイーのがとくいなニンゲンさんなんダネー」
ハーピーたちはノリがよい。
このままこの四匹といたしてもいいのだが……。
海から見たとき、島の上空を飛んでいたハーピーの数は、この何倍かはあった。
どうせなら、それら全部と――。
「里……っていっても、わからないんだっけな。みんながいるところに連れていってくれ。みんなでキモチよくなろう!」
「イイヨー」
「巣のコトだネー」
「みんナで、イコー!」
ハーピーたちは、ばっさばっさと羽ばたいて宙に上がった。
大きなかぎ爪で、俺の左右の腕を掴んでくる。ちょっと爪が食いこんで痛いが、そこは我慢。
俺の足が浮かんだ。
二匹もいれば俺の重量を持ちあげられるようだ。細身で軽量なのに意外とパワフルだった。
「ちょっとちょっと! オリオン! ――本気ぃ!?」
「おう。本気も本気。じゃあちょっくら、いってくらー」
「ちょっとちょっとーっ!!」
駄犬がうるさい。地べたを走って追いかけてくる。
モーリン含めてほかの皆は、落ちついて見送っているというのに。
「心配すんなー!」
「心配なんかしてないし! 呆れているだけだし!」
高度があがる。アレイダの姿がどんどん小さくなる。
まあ、モーリンが説明しておいてくれるだろう。
ハーピーには〝雌〟しかいない。そして人間や亜人系の種族と交わって子孫を残す。
よって、人間や亜人の種族はハーピーからは歓待を受けることになる。
大陸に住むハーピーは、人間にひどい目に遭わされていることが多いので、人間を歓待して連れてくるかわりに、さらってきたりするのだが――。
ここのハーピーたちは無垢なようだ。
◇
俺はハーピーたちから歓待を受けた。
群れの数、都合、十数匹ほど――。
入れ替わり立ち替わり、三日三晩――。
たっぷりと俺は堪能したし、ハーピーたちも愉しんだ。
雛鳥のようにハーピーたちから口移しで食事を貰った。繋がりながら食事して寝て常にどれかのハーピーの体内にいたままで、時を過ごした。
年長のハーピーたちが巣にうずくまってタマゴを産みはじめたあたりで、微乳のまだタマゴを産めないハーピーが、元の浜辺まで送ってもらった。
「またキテねー!」
「バイバーイ! ニンゲンさーん!」
「おう!」
てかてかと輝く顔で、俺は手を振った。
「もー! 心配してたんだから帰ってこなかったらどうしようかって! ――心配したんだから! あーもー!! 心配して損したーっ!!」
駄犬が、ひゃんひゃん鳴いていた。