魔法の武具 「なんで強力なマジックアイテムって変な形なの?」
「ねえ、つまんにゃー」
「うるせえぞ。駄犬」
「ねえ、退屈ー」
「やかましい。駄犬」
「こんな薄暗いところで、背中丸めてこそこそやって、カビだのキノコだのが生えちゃうんだから」
「言ってろ。駄犬」
なんか最後のはちょっと頭きたぞ。
俺はいつものように倉庫のアイテムの分類をやっているわけだが、いったい誰のためにやっていると思っていやがる。
おまえらがダンジョンに行くたびに、未鑑定アイテムの山を作りあげるものだから、俺がこうしてせっせと分別していなければならんのだろうが。
どんだけ優秀なの? うちの子たち?
その優秀なうちの子らが、せっせと山積みする戦利品を、未鑑定のまま放置しておいたりしたら、誰かが呪いのアイテムを使いかねない。誰かが呪われでもしたら、寝覚めが悪いったりゃありゃしない。
ちなみにその〝誰か〟というのは、いちばんポンコツな駄犬のやつに決まっている。このあいだも「剣がだめになった」とかいって、武器庫から勝手に剣を持ち出していた。
+1も+3も見分けのつかないやつが、適当に持ってゆくから、危なっかしいこと、この上ない。
なにせアレイダはいま聖戦士だ。狂戦士化の呪いがかけられた剣なんかを手にして、呪われて暴れたりしたら、俺でも取り押さえるのに一ミリくらいは苦労する。使用するとジョブチェンジしてしまうようなものもある。例の狂戦士化のヤッバイ剣などがそれだ。他にもニンジャにジョブチェンジ可能な短剣なんかもあったりする。
と、いうわけで、俺はせっせと分別を進めているわけなのだが……。
「甲板で、ひなたぼっこ、しよー。今日はいい天気よー」
バカワンコは気楽に言ってくれる。
今日は、ではなくて、今日も、の間違いだろう。この時期のこのあたりの海域は、始終、晴れ間が続く。嵐の季節とは、ほど遠い。
「そんなに船の上で青姦してほしいのか?」
「もー! なんですぐにそっちとくっつけちゃうかなーっ!?」
「女の子はね! べつにセ――ごにょごにょ……、しなくたって! ただ一緒にいるだけで嬉しいものなの!」
赤くなりながら、アレイダは叫んだ。なぜ赤くなる?
あと、「セックス」のところをきちんと言えずに、言葉を濁しているのは、こいつらしいというか。駄犬らしいっつーか……。
うちの娘たちで、そのへんをはっきり口にできないのは……。こいつぐらいなものか?
ミーティアあたりが上品だから口にするのを躊躇いそうだと思いきや、姫様っていうのは純粋培養なものだから、余計な知識など持っていなくて、アレイダなら真っ赤になるようなことを真顔で口にしたりする。おねだりもちゃんとできる。
アレイダのやつには、こんど、「なにをして欲しいのか行ってみろおぉ。言わないとくれてやらないぜ?」――プレイをしてみるか。
何十回も言わせてやったら、慣れるだろうか?
「も。そのカオ。なに考えているのか。……わかる。それしかアタマにないわけ?」
悪いな。その通りだ。
肉体年齢、一七歳なもんでな。ヤリたい盛りってやつだな。
「一緒にいるだけでいいのか?」
「そう言ったよ?」
「ならべつに甲板でなくてもいいんじゃないのか?」
「えっ?」
アレイダは、きょとんとしている。
「俺はいま、マジックアイテムの鑑定と分類とで忙しい。おまえが同じ部屋にいたいというなら、べつにいたってかまわないぞ」
「あっ……、うん……、はい」
アレイダのやつは、急におとなしくなった。
部屋の端にしゃがみ込んでいたアレイダは、三回くらいに分けて、一メートルずつ近づいてきた。
だからヘルムをケツに敷くな。椅子がわりにするな。
おまえが無駄にデカイそのケツに敷いてるヘルム。+4の基本能力のうえに、〈迫撃〉と〈鼓舞〉と〈声拡大〉のスキルのついた逸品だぞ。
小国なら余裕で国宝級の代物だが。
最後の一メートルを寄せて、アレイダが俺の隣にきた。
「隣でみてて、いい?」
えへへ、と笑ってアレイダが言う。しっぽは今日はつけていないが、つけていたら、ぱたぱた振られているところだろうか。
太腿が俺の足にくっついている。なにこれ? 誘ってんの? 押し倒せって意味なの?
まあ……、違うんだろうから、放置しておく。
俺はくっついてくるアレイダを無視して、作業を進めた。
「うわぁ。なにそれ。……やらしい」
「単なるビキニアーマーだろうが」
鑑定した結果では、おっと――『アダマンティンの胸鎧』と出た。さらに付与魔法が、+5相当か。
駄犬の言い分では、+5は「神をも倒せる」クラスとなるらしい。――ぷっ。くすくす。
まあ、神はともかく、上級デーモンと連戦をするなら、このクラスの防具が必要となるわな。最低限。
「なんでこんな露出しなけりゃならないのよ……」
「+5相当だから、こんなんでも、防御力は高いぞ」
「うそっ。――これほとんど裸じゃないの」
「裸に見えるが、身につけると魔力力場が展開するからな。永久エンチャントだけでなく、HPを常時消費して、かなり強力な対物理、対魔法の障壁を張るタイプだから。ふむ……、強力なわけか」
「へー」
「このビキニアーマー。上下セットで装備したら、だいたい戦車ぐらいの固さになるな。……っと、下はないのか。上だけか」
「センシャ、って、なによ? ……下は、こんどドロップしたら、持ってくるわよ」
「なに? 着たいの? おまえ?」
「どーせ、どこかの誰かさんが、えっちな防具しか装備させてくれませんからねーっ、だ」
わかってるじゃないか。
ガチで魔王倒しに行くとかじゃないんだ。
ダンジョン攻略だって、シャレと小金稼ぎででやらせているだけだし。趣味に走って、なにがわるい?
だいたいおまえいま、すっぱだかで「ひのきのぼう」だけ装備して、竜王くらい倒せるぞ。
色気は大事だろ。パーティの仲間の女がムラっとくるエロい格好をしていなかったら、人生の半分を損してしまうぞ?
そういえば、五〇年前のパーティは、色気がなかったなー。
ガチで真面目に魔王倒しに行ってたもんだから、性能重視で、色気のない格好だったなぁ。女性メンバーもけっこういたのだけど。
「これ。こっち。このマント。なんでこんな、ごっつい肩当てついてんの? しかもトゲトゲついてんの?」
「さあ? カッコいいからじゃねーの?」
「でもこれ、邪魔だよね? 戦う時にだって邪魔だし、ドアを通るときにだって、つっかえたりするんじゃないの?」
「さあ? 我慢するんじゃねーの?」
「でもこれ、+4とか+6とか、どうせ凄い魔力がこもってるんでしょ?」
「ああ。『漆黒の牙角』だとか、厨二くさい銘がついてんな。……おお。+6だ」
アレイダがビキニアーマーのつぎにディスっているのは、いわゆる「悪の帝王マント」といわれる防具である。ごっつい角みたいなトゲが生えてる肩当てのついたマントは、悪の四天王とかが好んで着用している。
実際にいたいた。あったあった。魔王の四天王とか名乗ってた連中が、現実に実際に着用していた。
「ちゅうに? ……まあそれはいいけど。わたし。前から思っていたんだけど。なんか、こういうふうに、役に立たなさそうなものばかり、強い魔力を帯びていたりするわよね。さっきのアーマーも、このゴツイだけの肩当ても……。あと、このあいだ持っていった剣。+3持ってったとかいって、オリオンが怒ってたやつ」
「べつに怒ってはいないが」
「怒ったでしょ。勝手に持ってくな! って、怒鳴ったでしょ。怒鳴ったわよね?」
「+3のラックには、呪いの剣も入れといたんだよ」
「わけといてよ! あっぶないわねー! もうっ!」
だから勝手に持ってゆくなと言っているわけだが……。この駄犬めが。
まあ今度からは、呪いのアイテムは厳重に封印しておくか。
駄犬に気をつけろと言ってみたところで、無意味だろうからな。駄犬だしな。
「……で、その剣が、やたらと変なカタチをしていたわけよ。――こうね、先端が二股だったり。途中が膨らんでいたり。剣なんて、普通にまっすぐになってくれていたほうが、斬りつけやすいのに。強力な武器防具って、なんでみんな、変なカタチしているの? なんでなの?」
「いいところに気がついたな……」
俺はうなずいてやった。そして聞く。
「……なぜだと思う?」
「へっ?」
アレイダは、いいところに気がついた。
だが気づいただけでは、まだ足りない。
「気づいただけで思考を終わらせるな。なぜそうなるのか、もう一段、考えてみろ」
「な、なんかオリオンが……、まともなこと言ってる……。えーと、えーと……」
アレイダはしきりに考えている。
だが答えは出ないようだ。
「……降参です」
俺は種明かしをしてやることにした。
「とある人里離れた山奥で世捨て人やってる、凄腕の武器職人がいたとする。それこそ、伝説に残るような武器防具を作るようなやつだ」
「うんうん」
「だがそいつは、とんだ、ビキニアーマー・スキー星人だったりする」
「は? スキー……せいじん?」
「そこはどうでもいい。――つまり、ビキニアーマーをこよなく愛するということだ」
「変態ね」
「だがビキニアーマーは、表面積が少ないゆえに、本質的に、高い防御力は見込めない」
「あったりまえじゃない」
「希少な魔法金属を使って素材で強化するにも、限度がある。――そこで、どうするのか?」
「魔力付与?
「そうだ。強力な魔法を付与するわけだ。単なる魔力付与じゃないぞ。それこそ、+5以上の、神をも殺せるような……。ぷー、くすくすっ!」
「もうっ! また笑う! +5なんて一度も見たことなかったんだから! 仕方ないでしょ!」
「まあそうやって……。神は殺せないかもしれないが伝説級にはなるくらいの魔力付与を行って、使えないはずのアイテムを、使えるようにするわけだ」
「……ねえ? その人、まともな武器防具を作ったほうがいいんじゃないの? ビキニじゃなくて、フルプレートとかで、その物凄い魔力をこめたら、本当に物凄い防具になったりするんじゃないの?」
「たまには、そういう物も作ったりはするな」
あったなー。
魔王倒しに行くから、フルプレートの『勇者の鎧』を作れって、口説いたこともあったっけなー。
「わしはビキニアーマーしか作らん!」と唾を飛ばして騒ぐガンコジジイに、言うこと聞かせるのに、ずいぶんと手間がかかったなー。
魔王倒さなきゃ世界滅びるっつーのに、どうでもいいって顔してやがんだよ。ほんと職人って人種は、わけわかんないよな。
結局、ジジイが鎧を打ちたくなるようなモノスゴイ〝素材〟を目の前に積み上げてやることで、ようやく働かせたわけだが……。
やればできるとゆーのに、なぜ、ビキニアーマーしか作ろうとしない?
アレイダではないが、ほんと、わけわかんねえ。
そして鎧のほか、兜に脚に小手に、あれやこれや、最後に剣と盾。
勇者シリーズ一式を揃えるために、頑固職人×8回ほどを、繰り返す……。
あー! もう世界なんて、二度と救いたくねーっ!
「ねえ……。あのさ……? に、似合う?」
昔の思い出に浸っていると、駄犬が、なにか甘えたような声を出してくるので、見てみれば……。
アレイダのやつは、ビキニアーマー+5を自分の胸に当てていた。うつむき加減になって、俺のほうをちらちらと見上げてくる。
「似合わねーよ。ブス」
「ばか! きらい!」
ビキニアーマーが飛んできた。
顔にかかったブラを外すと――。
製作者の〝銘〟が目に入ってきた。
おや。
……懐かしい名を見たな。