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屋敷を掃除する 「ちょ……!? デッキブラシで女の子、洗わないわよ……ねっ?」

「ここが、俺たちの家か」


 地図を見ながら歩いてきた俺たちは、屋敷の門の前で立ち止まっていた。


 ふむ。

 ここが俺たちの家か。悪くないな。


 すこし古いが、立派な面構えの邸宅だった。2階建てで、窓が無数に並んでいる。

 図面を見た限りでは、大きな広間があり、個室の数も充実している。地下室なんかも、たしかあったはずだ。

 大きな厨房もあり、客を迎えて豪華すぎるほどのパーティを催すこともできる。

 まあ。やらんが。


 きっと貴族か大商人でも住んでいた屋敷なのだろう。


 大きな庭まで備えるその屋敷は、個人で所有するには、少々、大きすぎるほどだった。


「大きな……、お城……」


 娘が、ぽかんと口を半開きにして、つぶやいている。


 俺は、くっくっく――と、つい笑い声を洩らしてしまった。

 娘には、〝城〟に見えたらしい。


「いつまで眺めているんだ? ――入るぞ」


 ぼんやりとしている娘に声を投げて、俺とは屋敷の敷地へと足を踏み入れた。


    ◇


 ぎいい、と、扉を押し開いて行く。


 長いこと使われていなかったのだろう。埃っぽい空気が充満していた。

 床にも、うっすらと埃が積もっている。


 モーリンが屋敷の奥へと進んでゆく。指先をあげ、ぽっ、ぽっ、と、魔法の小球を生み出して、壁の燭台に光を灯してゆく。

 蝋燭の灯りじゃない。魔法の灯りだ。


「ま……ほう、だ……」


 娘がまたぽかんと口をあけている。

 今日は驚きっぱなしだな。


「さて。働いて貰おうか。俺は、さっき言ったな?」

「え……、ええ……、はい、わかってます」


 娘は俺に顔を向けた。


「なにを……、すれば、いいんでしょう?」

「掃除だな」


「は、はは……、一人で?」


 娘は引きつった笑いを浮かべた。


「だいじょうぶだ。モーリンがいる。あれの労働力は、ざっと数えて普通のメイド300人分はある」


 モーリンは、いわゆるひとつの完璧超人というやつだ。


「じゃ、じゃあ……、私、いてもいなくても、一緒じゃあ……?」


「飯の分を返さずに食い逃げしたいなら、どうぞご自由に。俺は解放してやるって言ったのに、恩を返してないとか言って、勝手に残っているのはおまえだろう」

「恩じゃなくて、お金の話です。私が逃げたら、貴方、大損じゃないですか」

「だから逃げるんじゃなくて、解放したんだって言ってるだろうに……」


 俺は後ろ頭をぽりぽりとかいた。

 この言いあいを、また繰り返すつもりはないんだが……。


「……仕事をはじめます。掃除すればいいんですよね?」

「ああ……。そうだが……。待て」


 掃除道具を探しに行こうとする娘を、俺は呼び止めた。


 娘の歩いていった床に、足跡が残っている。

 足跡は本当に裸足で歩いていたからだ。


 娘の格好は、昨夜のまま。

 俺のくれてやったマントに身をくるんではいるが、その下は、奴隷の木檻に入っていたときのままで――。半分、裸みたいな格好だ。


 長かった奴隷生活のせいで、娘の体は、ひどく汚れていて――。


「ちょっと来い」

「え? ちょっと――なに? なんですか!? 離して!」

「いいから来い」


 俺は娘の手を引くと、屋敷の中を歩いた。


 たぶんこのあたりだろう、というところに、目的の場所――〝厨房〟はあった。


 水瓶がある。

 雨水が溜まる仕組みなのか。澄んだ水が、なみなみと湛えられている。


「あとは……、ああ……。あった――、あった――」


 俺が見つけ出してきたのは、床用のブラシ。

 長い柄がついていて、両手で構えて、ごしごしと力を入れて洗うためのブラシだった。


 向こうの世界だと〝デッキブラシ〟という名前がついている、その先端のブラシの剛毛を、ずいっと――娘に向けた。


「屋敷の掃除をさせるまえに、まず、おまえの体を〝掃除〟しないとな。――そうでないと、綺麗にしているのか、汚しているのか、わからん」


「えっ? いえあのっ……、そ、その凶悪な感じの、ブラシはっ……?」


「マントを脱げ。そうしたら、そこの水瓶から、水を汲んで、自分で体に浴びろ」


 俺はそう命じた。


「ちょ……、ま、まさか……、そ、そんな凶悪なブラシで……、女の子――洗わないわよね?」

「敬語を忘れてるぞ」

「あ、洗いません……よねっ?」


「いいから裸になれ。それとも、俺に裸にひん剥かれたいのか?」

「ひ、ひん剥くって……」

「面倒くさいやつだな」


 俺は手を伸ばしかけた。ひん剥いてやろうと伸ばした手から、娘は逃れて――。


「ぬぎます! ぬぎますっ! ぬぎますからっ! さ――さわらないで!」


 触りたくないから、ブラシを探してきたんだが……。


 娘はしぶしぶ、マントを脱いだ。

 わずかにまとっていた、ボロ切れ状態の服も、すっかり脱いで、完全な全裸となる。

 胸と股間を手で隠して、顔を赤らめて、厨房のタイルの床に立つ。


「あ……、洗うからっ……、自分で、やるからっ……」

「敬語を忘れているぞ」

「あ、洗いますから……、あっちへ行っててくださればぁ……、自分でしますからっ」


 ええい。もう面倒くさい。


 俺は水瓶から汲んだ水を、娘の裸に、ぶつけるようにして――ぶっかけた。


「つめたい!」

「水が冷たいのはあたりまえだ」


 娘は、いちいちと、うるさかった。俺はさっさと〝作業〟を終わらせることにした。


「まずは背中からだ」


 デッキブラシを、娘の背中に――ごしごしとかける。


「いたい! いたい! ――いたいっ!」


「これでも加減してやっている。このくらいの力を入れないと、おまえの垢が落ちんだろう」


 娘が暴れて洗いにくいので――。

 背中を蹴ってうつ伏せにさせる。足で踏みつけて、逃げないようにする。


「逃げる! 逃げます! もう逃げてやるうぅ!」

「だから最初から逃げろと言っている」

「――やめて! 残るなんて言わないからぁ! もう逃げ出させてええぇ!」


 俺は一切耳を貸さず――。娘の体を、ごしごしと洗った。


    ◇


「うっ……、うっうっ……」

「ほら。綺麗になったじゃないか」


 べそをかいている娘の髪を、タオルで拭いてやりながら、俺は言った。

 ちょっと埃っぽいタオルだが、ほかに見あたらなかったので、しかたがない。


 洗う前の娘は、ちょっとばっちい感じで、触るのは、はばかられたものだが――。

 洗ったあとの娘になら触れられる。

 てゆうか。むしろ触れたい。

 髪と体を拭ってやるついでに、あちこちタッチしてしまおうかとも思ったが……。


 そこは、自粛しておく。

 この世界に転生して、自重はしないことに決めている。

 だが自粛はする。

 洗うだけ、と、自分で言っていたのに、他のことをはじめてしまったら、カッコが悪い。


 さっきまで「死ぬ」だの「いっそ殺して」だの口走っていた娘は、観念したのか、すっかりおとなしくなって、俺の手に髪を任せている。


 はじめ見たときには、目の光以外は、ただの小汚い奴隷娘としか思っていなかった。

 綺麗に洗ってやって、第二の皮膚となってしまっている垢を、削り落としてやりさえすれば――。

 ずいぶんと、美しい娘だった。


 やべえ。ちょっと欲情した。

 ちょっとしか、欲情していないが……。

 具体的には35度くらいだ。


「彼女の服が入り用ですね」


 声がかかる。


「ああ。……そうだな」


 俺は余裕を持って、背後を振り返った。

 モーリンが立っていた。


「あんまり汚かったからな。洗ってやった」


 俺はそう言った。

 単なる事実をモーリンに説明する。


 ちょっと、どっきりしていた。

 ちょっとしか、どっきりしていないが……。

 あー。びっくりしたー。びっくりしたー。


「それは? おまえとお揃いだな」


 モーリンの持っている服に、俺は目を留めた。


「いま予備はこれだけでして」


 モーリンの持っているのは、メイド服だ。

 彼女の手から、その服を受け取り――。

 俺はそれを、しゃがみこんだままの娘の背中に、ばさっと、投げ落とした。


「ほら。着ろ」

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