しっぽ 「そこ挿すとこちがあああぅぅぅ~~っ!!」
「優しくして。優しくして。優しくして」
人魚を釣って以降、なんかこいつ、つきまとってきては、おんなじことばかりを繰り返すようになった。
俺はいま、宝物庫の整理をしていた。
ダンジョンで見つけてきたガラクタ――もとい、マジックアイテムの数々を、分類、整理している。
アレイダとスケルティア、そして最近はミーティアやらエイティやら、バニー師匠まで連れ立って、パーティを組んでダンジョンに出かけている。
船で大洋を航海している間も、娘たちは自由にダンジョンに出入りできていた。
今日、午後からちょっとダンジョンいくー? いいわねー、いこいこー。
――ぐらいのカンジで、女学生が午後のスイーツでも食べに行くぐらいのノリで、きゃいのきゃいの楽しそうに連れだって出かけていって、夕飯前には戻ってきている。
「はじまりの街」と呼ばれるあの街の冒険者ギルドには、一部屋をもらって、転移陣を設置してあった。モーリンあるいはコモーリンに頼んで、わざわざ転移魔法を使わなくても、娘たちだけで行き帰りができる。
リムルアース迷宮は、初心者向けダンジョンではあるものの、最下層であれば、意外と強いモンスターと、意外と良いアイテムが出たりする。
途中の回で大虐殺をすると、あそこで稼いでいる初心者と初級者の冒険者たちに迷惑なので、途中の回のモンスターはスルーしろと言いつけてある。
最近はアレイダが〈威嚇〉を覚えたので、「ぎぬろ」と一睨みするだけで、けっこう高レベルの階層主なんかが、すごすごと尻尾を巻いて退散している。
俺はもうすっかり引率はしなくなっていた。
バニー師匠がついているときには、後ろをこっそりとつけて、保護者として護衛するのもなしだ。
ほかのダンジョンにも連れていったことがあるが、ラストダンジョンだとか、さすがに娘たちだけで気軽に行かせるわけにはいかない。
俺が経験値稼ぎに使うような場所だから、俺とモーリンの二名の引率が必要だ。二人いないと、園児たちに目が届かない。
よって、ここに集められているアイテムは、初心者迷宮――リムルアース迷宮産ばかりとなっている。
エイティの異様なリアルラックの高さのおかげか、それともバニー師匠の「あそびにん」のスキルのせいか、本来、あのクラスの迷宮で出るはずのないレアアイテムが、ごろごろと出ている。
あそびにんのユニークスキルの〈スーパールーレット〉って、いったい、どういう仕組みなんだ?
ひょっとして、あそびにんって、ぜひパーティに一人欲しい職なんじゃないか? ……いるけど。
戦利品として、魔法のアイテムがたくさん出てくる。
呪いのアイテムも混じっていたりするから、俺かモーリンが鑑定して、効能を明らかにするまでは、決して使うな、と厳命してある。
ほうっておくと、すぐに溜まってしまう。
おまえらどんだけ稼いできてんの? どんだけ優秀なの? うちの子たち。
「優しくしてくんない。優しくしてくんない。エイティには優しいのに。やっぱ美少女? 美少女がいいの?」
「くだらねーこと、ぶつぶつ言ってねーで、暇なら手伝え。見てるだけかよ。この駄犬」
「アイテムのことなんて、わかんないもん」
「これとこれは+1の棚な。そいつは+2」
分別済みの剣を、ぽいぽいと投げる。
「んで、こいつは+5」
「+5! ええっそんな凄い! +5っていったら神だって殺せる――」
「――ただし呪われてる」
「なーんだ」
「あとこんな程度じゃ、神なんて殺せねえぞ」
神にもいろいろある。いちおう神族と呼んでもいい不滅の存在の、下っ端の下っ端の、さらに下っ端の、なおかつ使い魔――ぐらいのやつは、まあぶっ殺そうと思えば、滅することもできなくはないのだが――。
あんな初級者ダンジョンの単なる最下層あたりで、まぐれ程度でドロップするような、ごく普通の〝超レア級〟アイテムじゃ、まーちょっと無理だろうなー。
「なんかそれ、殺したことがあるような言いかたよね?」
ジト目を向けられる。
こいつは昔は、俺のことを、ふんぞり返っているだけのヒモ野郎とか思っていたっぽい。
じつは俺が
俺は答えず、アイテムの鑑定に勤しんだ。
今回の人生では、どうだかなー。レベルアップはゆったり暮らすのに必要分しか、やってねえし。〝モーリン式〟も受けてねえし。スキル構成だって、効率厨の最適化をしてないし、その時々で、シャレと思いつきでスキルを取得しているし。ポイントなんか、余りまくりで放置してるし。
ちなみに下っ端の下っ端――ではなくて、〝最高神〟をぶっ殺すには、エルフに生まれて三百年ほど〝モーリン式〟の過酷な育成を受けていないとだめっぽい。ちなみに、俺が前々世で受けた地獄のしごきが、およそ二〇年分ほど……。
あれの一五倍って……。
最高神……、どんだけだ?
「これは+1。これは+2。これは回復薬上級。これはエリクサー。これはフェニックスの尾」
つぎつぎと渡すアイテムを、アレイダが棚にしまってゆく。
武器はラックに立てかける。防具は人型のマネキンに装着させておく。ポーションは薬瓶の棚に。幻獣の蘇生尾羽は、消費アイテムの引き出しに。
「お?」
あるアイテムを鑑定したところで、俺は、思わず目を留めた。
「自在鞭」――と、鑑定結果が出ている。
鞭とあるが、手で持って使う以外にも、腕だの肩だのに取り付けて、意思のままに動く第三の腕として使うことも多い。てゆうか、むしろそっちのほうが主流だ。
これを使いこなしてくる相手は、面倒な敵となる。手が一本増えるようなものだからだ。二本の手で戦う人間が、三本の手で戦う相手と対峙したら、相当厄介な難敵となるだろう。
まあ、勇者業界の上級者同士の戦いともなれば、そもそも戦う相手が、腕の四本ある魔神だったりするわけで、腕の数なんて戦力の差にカウントされなくなってくるのだが……。
「おまえ? 使う?」
「なにこれ?」
「自在鞭、という」
「鞭? ……にしては、短くない? これ?」
アレイダは言った。
たしかに中途半端ではある。鞭といえば、何メートルもあるのが普通だが、これはせいぜいショートソードぐらいの長さしかない。それが握りの先に、ぴょろっと伸びている。
「欠陥品かな。+もついてねーし」
「わ。動く。……これ、動くわよ?」
「ああ。だから自在鞭と……」
アレイダの手のなかで、鞭が、ぴこぴこ動いている。
そのくねくね、持ち手の感情によって動く様子を見ていると、ふと、しっぽみたいだと思った。
しっぽか。ふむ。
本来の自在鞭の使いみちとは違うが、そういうのも〝アリ〟かもしれない。どうせ寸足らずの欠陥品で、出来損ないであるわけだし――。
「おい。ちょっとこっちこい」
俺は脇にいるアレイダに言った。
「えっ? なに? ――きゃっ」
その手を掴んで、ぐいと引く。膝の上に引っぱり倒す。
「やっ――ちょっ! またこんなとこで! やっ! ――やだからね!!」
なにか勘違いしているアレイダが騒いでいるが、無視して、スカートをまくりあげてケツを出させて、ぱんつも半分ほど引きずり下ろす。
「やだっ!! もうまたっ!! また無理矢理ぃィ――!!」
だからなにを勘違いしているんだ。この駄犬は。
そんなに無理矢理襲って欲しいのか。そういう願望でもあるのか。――ありそうだな。
俺の膝のうえに上体をホールドされて、ギャーギャー騒いでいるアレイダの、尾てい骨のあたりにをむきだしにする。
欠陥品であるとはいえ、自在鞭であるなら、持ち手の柄の端のところに吸着する仕組みが――あった。
ぴとっ――と押しあてる。
「ひゃん!」
可愛い声で鳴く。駄犬のくせに。
尾てい骨のところ。ワンコでいえばしっぽが生える位置に、自在弁は貼りついていた。さっそく動きはじめる。
アレイダは訓練をしていないから、自在に動くというよりは、自分でも止められない感じに、勝手に感情を反映して動いているようである。
思った通りだった。
犬には〝しっぽ〟が必要だな。これまでなんか欠けてると思っていたところだ。
「ちょっともうなに? わたし、なにか、遊ばれているんですけどー」
口では文句を言っているが、〝しっぽ〟は、ぱたぱたと動いている。
おおう。いかんぞ。
駄犬がなんだかすこしかわいく見えてきてしまった。そんな馬鹿な。
「もう、なに。――済んだんなら放してほしいんですけど」
ぱたぱた。
そうか。俺の膝に抱えられているのは、そんなに嬉しいか。
「もう放しなさいよね」
ぱたぱた。
「ふ……、ふふふっ……」
思わず笑いが洩れた。
「嫌な笑い。お尻になにくっつけたの? 人で遊ぶの、やめてくれる?」
ぱたぱた。
「そうか、そんなに不本意か……。わははは。ならば、〝くっ、殺せ〟って、言ってみろ」
「なによそれ?」
駄犬には、この高尚な趣味はわからなかったようだ。
そういや、こいつ、ナイト系の上級職だったっけな。こんど「女騎士とオーク」のプレイでもしてみるか。
「ねえもう、いつまで抱きしめてるの? そんなにわたしと……、その、シたいの?」
ぱたぱた。ぱたぱた。いまものすんげー、ぱたぱたしてる。
くははははは……、駄犬めっ。
なんか、こいつが気分出してきているみたいなんで、要望通りに、この場で〝無理矢理〟に、ドッグスタイルで押し倒してやろうかと思った俺だが――。
「あっ」
ふと、思いついてしまった。
しっぽをつける場所、俺、間違えていたわー。
尾てい骨に付けていたしっぽを取り外すと、そこから数センチ下がった場所へと――。
「――!! ちょっとちょっとちょおおっとおぉ――っ!! ちがう!! そこちがう!! 間違ってる間違ってる間違えてるってば――っ!!」
いや。間違えていない。
「んぎゃぁーっ!!」
アレイダの正しい位置にしっぽを挿した。
取り外したときには動かなくなっていた自在鞭だが、取り付け直した途端、また動くようになった。
ぱたぱたと打ち振るう喜びの表現のかわりに、ぴーんと一直線に立ち上がっていたが、これは犬的にいうと、どのような感情表現になるのだろう。
「ひどい……、ひどすぎる……」
アレイダのやつは、しくしく、さめざめと泣いている。
あんまり長いこと当てつけがましく、アイテム整理の手伝いもしないで、へたくそな泣き真似をしているものだから――。
「そのひどいのが好きなんだろ?」
「そんなわけないでしょ!!」
大きな声で、アレイダは返してくる。
だが俺は言葉面など信じない。
なぜなら、しっぽのほうは正直だったからだ。
てゆうか。ほんとに嫌なら、外すよね?
◇
その後、アレイダがよくしっぽを生やしているのを見かけるようになった。
取り付け位置は〝あっち〟のほうではなく、尾てい骨のほうだったが。
尻尾も含めた〝三本足〟の運足法を編み出してみたり、高速で飛び回るときのバランス取りに使ってみたり、自在鞭の新しい使い道を見い出しているようである。
もちろん、感情表現にも大いに活用されている。
駄犬が、ほんのちょっと可愛く見えてきてしまって、ちょっとヤバい。
ほんのちょっとだけだぞ? ほんのすこーしだけなんだからな?