人魚 「このあたりの海域は人魚の支配海域です」
投稿先間違えて、Cマートのほうに投稿しちゃってました。
ステマじゃないよ! ポカミスだよ!
どこまでも続く青い空。そして「青」というよりは「蒼」というべき大海原。
コモーリンが舵輪を握っている。
ロボットのように身じろぎもしないその身を、膝の上に乗せて、俺はローティーンの少女のお尻の丸みを愉しんでいた。
いいや。愉しんではいない。
これはただ単に、一人寂しく舵輪を握るコモーリンを、不憫だなあと思って、構いにきてやっているだけなのだ。
その際、子供のコモーリンを膝の上に乗せてやるのは、子供の取り扱いとしては、ごく普通のことだろう。
特別におかしいことはないはずだ。
俺はノータッチをポリシーとしているわけではあるものの……。まあしかし、このくらいは構わないところだろう。
……しかし、微妙に柔っこいな。少女のお尻は。
「もうすこしであると、ほくそ笑んでいます」
コモーリンが前を見つめたままで、そう言った。
「なにが?」
俺は静かに問い返した。
「ぶっちゃけますと、誘惑です」
「どこが?」
俺は平静極まりない声で、そう問い返した。
「下関係に対して、大変に緩く、節制という概念と縁遠いマスターが、いつ、うっかり手を出してしまうのか、大変な期待を持って待ち構えております」
「ふ、ふふふ……。俺がそんな男だと思っていたのか。心外だな」
「はい。マスターのことなら、なんでも存じ上げておりますので」
だから、微妙にやっこい少女の尻を、ぐいぐい押しつけてくるの、やめれっつーの。
「ふ、ふふふ……。まだまだぜんぜんだな。そうだな。あと三年は……、いや二年……、せ、せめて一年は……」
「そこまで負かるのでしたら、もういっそ、いますぐ手を出してしまわれてはどうでしょう」
他人事みたいに、コモーリンは言う。
向こうのモーリンとこっちのコモーリンとで、なんか性格が微妙に違っている気もするのだが、たぶん、気のせいというものだろう。
モーリンの小っこくて柔っこい尻を膝に収めて愉しみつつ、俺が操舵手席に座っていると――。
「おや?」
ログが流れた。
――もとい。
〝ログ〟というのは、俺が勝手にそう呼んでいるだけのことで、いまなにか、レジストに成功したような感覚があった。
誰かが俺に対して、スキルか魔法かを用いて、それに対して、俺が自動的に抵抗したということだ。
自動的、受動的に、ほぼ識閾下で片付いた物事の記憶に対して、俺は「ログ」という、前世で馴染みのある概念を割り当てていた。
「ええと……、なんか精神魔法? スキル? ……あたりに、抵抗したようだな」
俺はそう言った。おかっぱに切り揃えた少女の髪の、うなじと耳たぶに、それぞれ息を吹きかける。
「ああ。ええ。はい。このあたりには……、あれが……、いますので」
くすぐったそうに身じろぎをして、コモーリンは言う。
うん。これは単なるスキンシップ。
べつにぜんぜん怪しくもないし、アブナクもないヨ?
しかし……。
耳たぶ真っ赤にしちゃって。
うん。かーいー。かーいー。
「なにが、いるって?」
俺は髪の毛に指を差し入れ、柔らかな髪の下の頭皮に触れた。
地肌マッサージ。地肌マッサージ。べつに性感帯でもなんでもないところを触っているのだから、これはいいよな。
「ふわっ……」
「ふわ?」
「い、いえ……」
コモーリンは顔を赤くさせて、口許を引き締めたあと、言い直した。
「に……、人魚、です」
「ほほう」
俺は目を見開いた。
人魚か。やはりいるのか。
前々世では見たこともなかったし、聞いたこともなかったが、それは俺がブラックすぎる勇者人生を送っていたからで――。
やはり、いたのか。
ここはファンタジー世界。
いてもおかしくないというより、いないと、おかしい。
「このあたりの人魚は、人間が近づくと、魔法のこもった歌を歌うことで、人を遠ざけているようです。特定水域を忌避する以外に、特に害のあるものではありませんが、マスターがレジストした感触は、精神魔法に近い作用を持つ、人魚のスキルだったと思われます」
コモーリンが異様に長文しゃべりになっているのは、俺が性感帯でもないはずの頭を撫で回しているからだ。
「俺がいまなにを気にしているか、わかるか?」
俺は膝の上に収まった最愛の女――その幼生体に聞いてみた。
「はい。――人魚という種族は、下半身と下半身とで、魚と人の姿を持つ海棲生物です。分類上は魔獣に属していますが、凶暴性は低く、ある程度の文化水準を持つ独自の生態を取っております。海底都市を作り、閉鎖的な社会を営んでいるため、その生態、文化について、詳しくは知られておりません。――『失われた海底大陸を求めて』アラクシャ・フォン・D・ローエングラム著」
おう。原典まで出てきた。
「んで? 俺の気にしていることについては?」
「人魚の女性は、例外なく美女です。男性は上半身が魚で、下半身が人魚ですが」
「それ、人魚じゃないじゃん。魚人じゃん。半魚人とかいうだろ。それ」
「ええ。ですから、世間一般的には、女性のみを人魚と呼んでいます。人魚は女性ばかりという誤った認識は、ここから来ているわけですけど」
「ほうほう」
ま。人魚の雌だか女性だかが、美女であることを確認したら、あとの情報は、べつにどーでもいい。男あるいは雄のほうが、ブサイクでもモンスターでも、どうだってかまわない。用はない。
「よし! じゃあ――やるか!」
俺は声を張りあげた。
――が。
コモーリンは、いまひとつ、俺の意図がわからなかったようで――。
「……なにをでしょう?」
小首を傾げつつ、そう聞いてきた。
俺は船の前進を止めた。碇を下ろすスイッチを押した。
そしてコモーリンに振り返った。
「釣りだ!」
◇
「これって、エサって、なに付ければいいんだ?」
「人魚の主食は、主にシーフードですね」
釣り竿の準備をしつつ、モーリンに聞くと、すぐに答えが返ってきた。
「肉食か。魚とかタコとかイカとかか。このあいだ釣ったイカが冷蔵庫にあったろ。――スケ。あれ持ってきてくれ。途中で囓っちゃだめだぞ」
「ん。わかた。」
スケルティアが、とてててーっと、懸命に走って消えてゆく。
船に積んだ馬車の幌のなかの、亜空間にある屋敷のなか、さらに厨房にある〝冷蔵庫〟に行った。ハイレベルの錬金術士でもあるモーリンの、最近の発明品である、雷の魔力で動くヒートポンプ式〝冷蔵庫〟は――食材の保存に、たいへん役に立っている。
「ねえ? なにやるの? ――狩り? 狩りっ?」
「ちげーよ。狩りじゃねーよ。釣りだよ。――知らんのか? 釣り?」
甲板の上で準備をしていると、駄犬が寄ってきた。
しっしっ、と、手で追い払う。
「しらないわよ。そんな魚がいるような大きな川なんて、なかったもの」
「おま。ほんとにド田舎育ちだな」
「田舎ゆったーっ!!」
「言ってねえよ。ド田舎って言ったんだ。〝ド〟だ。〝ド〟」
「またゆったーっ!!」
ほんと。うるさい。
「カークツルス族を侮辱した? ねえ侮辱した? 族長として決闘に応じる用意があるわよ?」
「おまえ。いつ族長になったんだよ?」
「わたし一人しか残ってないんだから。わたしが族長になるでしょ」
「おまえ。たくましくなったよな」
「ね? 褒めてる? それ褒めてる? ――もっと褒めて!」
イカの切れっ端を投げてやる。
ワンコにご褒美だ。
俺は釣り竿に糸を結び、糸の先には針をつけ、スケルティアが持ってきてくれたイカをくくりつけた。
「よし! できた!」
「そんな大きな針と竿で、いったい、どんな大きさの魚を釣るのよ?」
アレイダが釣り竿を見て言う。
たしかにでっかい。釣り針は手のひらぐらいある。なにしろエサがイカ丸ごと一匹だ。
「んー、そうだなー、人間ぐらい?」
「まさか。そんな大きな魚なんて、いるわけが――」
アレイダがなんか言ってるが、俺は構わず、竿を振って、仕掛けを海に投げこんだ。
「落ち。ちゃった。よ?」
スケルティアが、船の縁から身を乗り出して、針とエサの沈んだ水面を見ている。
うん。こいつは釣りがなんだか、わかっていないな。
話を聞いていたのに、ついてこれていないな。
うん。かーいー。かーいー。
「師匠。ボクも一緒に釣りをしていいでしょうか?」
「おう。いいぞ。竿も仕掛けも、まだあるだろ。やれやれ」
俺がそう言ってやると――。
エイティのやつは、立ち尽くしたまま、目を見開いて、驚いたように――。
そして、その表情のまま、だくだくと涙を流していた。
……なぜ泣く?
「い、いえ……、てっきり、おまえは甲板掃除でもしていろ、と、申し渡されるものとばかり……」
「俺はそんなことは言わないぞ?」
「言ってた! やってた!! ――オリオン! あなたハチ――じゃなくて、エイティのこと、ケツ蹴っ飛ばしたりして、甲板掃除させてたじゃないの! トイレを舐めて綺麗にしろとか酷いこと言うし!」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったでしょ!」
「やりましたあぁ……」
美少女が泣いている。誰だ。泣かしたやつは?
「覚えてねえし。どうでもいいし。あいつは死んだ。……ここにいるのは、美少女でドジっ子のエイティだろう?」
「ったく! もう! 女の子には、優しいんだから!」
「ちがう。ヤレる相手に優しいだけだ」
「ばか! もう! ばかっ! えっち! ヘンタイ! 下半身生物!」
「はっはっは。そんなに褒めるな」
「褒めてない!」
「隣……、失礼します」
長いストレートヘアの美少女が――、エイティが、俺の隣にしずしずと腰を下ろしてくる。お尻が俺の腰とくっつきあう。
押し倒――すのは、やめにして、二人で並んで釣り糸を垂れる。
やがてエイティの釣り竿に、がくんと、大きな引きがあった。
「きたぞ!」
「わっ! わっ、わわっ! こ、これ! 引いてます引いてます引いてます! あううううーっ!! わっ! なんでこんな強く! こ――これどうしたらいいんですかあぁぁ!?」
「落ちつけ」
俺はエイティの手に、自分の手を重ねて――。
――わ。指細っ! 手。柔っこ!
二人で一緒に、引きあげた。
釣り上げられた物体は、甲板の上で、びちびちと跳ねていた。
すごい。でかい。人間ぐらいある。
「これが人魚?」
びったんびったん跳ね回るそれが、足許に近づいてくると距離を取って、アレイダが言う。
「いやー、それは……」
「今夜の夕食は、マグロづくしです。盛り合わせを作りましょう」
モーリンが言う。今夜の夕飯が決定した。
人魚のかわりに、マグロが釣れてしまった。
夕飯はうまかった。
長くなったので、分割します。つづきは夜あたりに投稿予約しかけておきます。