島に立ち寄る 「ねえこれって宝の地図かなっ?」
大海原を、どこまでも進む。
無限に続く水平線に向かって、船は航海を続けていた。
俺は舵輪を握って鼻歌を歌っていた。
この船は、魔法船である。
よって舵輪はあっても、操舵手はかならずしも必要としない。
――が、それだとつまらないので、俺は暇な時には舵輪を握ることにしていた。
自分で船を動かしていると、船旅気分を満喫できる。
俺がいないときには、コモーリンがちょこんと座って、一ミリも動かず番をしていることもある。
それをどかして、自分の膝の上に移動させ、俺は舵を握っていた。
魔法動力で動く自動船は、マストはあっても帆は弛んだまま。
風を受けて進むこともできるが、それは非常時のときの補助動力である。
水夫の一人も乗せずに外洋を航海できるのは、失われた古代の高度な魔法技術のおかげである。
五〇年前の勇者行でも、便利に使わせてもらった。
この船は、前の船とまったく同じではなくて、同型の別の船のようだが……。
こんなものが、まだ現存していたとは驚きだ。
しかし、あの大会の主催者。こんな船を賞品にするとは、豪毅なもんだな。
実際には、大会は優勝者の決まった出来レースであったようだから、本当に手放すつもりではなかったようだが――。
しかし俺は優勝してしまったので、この船は、いま俺のモノとなっている。
この船で、あちこち行ったなぁ。舵を握っていると懐かしく感じる。
終盤戦では、空飛ぶ乗り物だの、神鳥だの、もっと他の遙かに便利な乗り物があったので、ほとんど使わなくなっていったが……。
「……ん」
俺の脚の合間で、モーリンが身じろぎをする。
小さなお尻が、もぞっと動く。
こちら側に意識が入った印だ。
舵を握ってサスペンドしていたコモーリンを、いつもの定位置から、自分の膝の上へと移動させていた。
モーリンと二人で同時に動くのは、やはり負担が大きいようで、どちらかがサスペンドになっていることが多い。
コモーリンは俺の膝の上にちょこんと乗せられたまま、おとなしくしていた。一ミリも動くことなく。
ローティーンの少女の、すこしだけ柔らかいお尻の丸みが、俺の脚の合間にすっぽりとはまりこんでいる。
う~ん……。
あと三年。いいや二年。
「……マスター?」
首をぐりんと真上に向けて、膝の中から、コモーリンが覗いてくる。
「うん。いや。なんでもない。なんでもないぞ。だいじょうぶだぞ」
「マスター。起きてますか?」
なんちゅーことを聞いてくるのか。このロリっ娘は。
「ああうん。いや。起きてないな。寝てるな。寝てるぞ。しっかりと」
「起きてますよね」
お尻を押しつけぎみに、コモーリンは言う。確信的にそう言う。
「こちらも愛していただけると、嬉しいのですけど」
「いやいやいや。なにを言っているのかな。モーリンさん?」
「こちらはコモーリンですけど」
モーリンとコモーリンは一心同体。一つの心が二つの体に入っている。
片方は二十代のアダルトボディ。もう片方はぎりぎりティーンエイジャーって感じのロリータボディ。
「わたくしからすると、〝不平等〟に感じます。右手は愛して頂けるのに、左手のほうには触れても頂けず。……この不足感。わかっていただけます?」
「いやー。ちょっとー。わっかんないなー」
「でも起きていますよね。これ」
小さなお尻が動く。わざと押しあててくるように動く。
「イエス、ロリータ、ノータッチ」
「はい?」
「呪文だ」
「それはなんのためのものですか?」
俺はコモーリンを、両脇に手を入れて、ひょいと持ちあげた。
俺は自重しないとは決めたが、自制はする主義なのだ。
「不本意です」
お人形みたいに運ばれて、脇に立たされたモーリンは、そう言った。その唇がほんの一ミリばかり尖っている。モーリン学の第一人者の俺でなければ気づかないほどの、ささいな感情表現だ。
「おまえ。なにか用があったんじゃないのか?」
「そうでした」
モーリンは思い出したように言う。
「マスター。進路を変更してもよろしいでしょうか」
「ん?」
「二時の方向に群島があります。あそこの野菜とフルーツは絶品です」
「おう」
俺はうなずくなり、カラカラカラ――と、舵輪を回した。
面舵、いっぱーい。
◇
「あー! 地面っ! ひっさしぶりー!」
アレイダのはしゃぐ声が響く。なにが嬉しいのか、ぴょんぴょんと跳ね回っている。
港に船を係留して、俺たちは島の大地を踏みしめた。
いちばん最初に飛び出していったアレイダの後ろを、スケルティアが、とことことついてゆく。その後、モーリン、コモーリン、俺、バニー師匠、クザクにエイティ、ミーティアという順で、全員で上陸していった。
総勢九人か。
うちもけっこう大所帯になってきたな。はじめはモーリンと二人きりだったのだが。
全員、俺の女である。
――と、ドヤ顔になりたいところであるが、一人、不純物が紛れこんでいる。
エイティのやつ。あいつなー。ほんとになー。女に生まれていたらなー。
この島には、モーリンの提案で、寄港することにした。
じつのところ、島に立ち寄る必要性はなかったわけだが、それでは旅をしているという実感もない。
これまで食料その他の必需品は、モーリンもしくはコモーリンが、転移魔法で〝おつかい〟に出て仕入れてきていた。
今後は、現地調達を増やすようにしよう。
街、というには、ちょっと小さな集落の市場で、野菜を買い、フルーツを買い、穀物と、鳥肉と獣肉と魚とを仕入れていった。
久々に馬の姿となっているミーティアが、馬具のかわりにカゴを背にくくりつけている。買った品物はつぎつぎとカゴに入れられてゆく。
一人だけ荷物持ちをさせられていて、どうかと思うのだが、尻尾の動きを見るかぎりでは、ご機嫌のようだ。
働き者の、いい娘であった。
市場には食料品のほか、工芸品を扱う店なども出ていた。
貿易商人なら用もあるのだろうが、俺たちには、特に用事はない。
と、思ったら――。
アレイダのやつが、引っかかっていた。
「えへへ……、似合う?」
綺麗な石のついた髪留めだかなんだかを、自分の髪にあてて、誰かに向けて聞いている。
誰に向かって聞いてんだ? ああ、俺か。
「似合わねーよ、ブース」
「ひどい!」
着飾ったりおしゃれをしたり、そんなところに、こいつの魅力は存在していない。
野生の獣みたいな、誰のものにもならないという気迫のこもった目。
それがこいつの魅力である。言い換えると、頭おかしいところである。
「キラキラ。……きれい」
スケルティアが、別のアクセサリーを手に、日にかざしてそう言った。
これは装飾品として綺麗と言っているのではなくて、使われている石が綺麗という意味のほうだ。
「買ってやるぞ」
俺はそう言った。
なに。かわいい娘のためだ。アクセサリーの一個や二個――。
「ちょっと! その扱いの違い! なに!? なんでわたしがおねだりすると〝ブス〟で、スケさんが言うと〝買ってやる〟になるのよ! 不公平よ!」
「おまえ。おねだりとか。いつしたよ?」
さっきのが〝おねだり〟だったのか? だとしたら、なんつー、残念なやつだ。
「一人、一個までなー」
生徒の引率でもしている気分で、俺はそう言った。
「きゃー」
アレイダが真っ先に品物に飛びつく。
店には色々な品があった。アレイダあたりが目の色を変えているアクセサリーのほか、素朴な木細工や、民族的な手芸品などもある。
また古びたガラクタのようなものまで、なんでも置いてあった。
アレイダとスケルティアは、あれこれと目移りをしている。
ミーティアは控えめに、鼻面で品定め。
クザクのほうは、皆の一番最後に、ちらっと、こちらに目をやってきて、俺がうなずいてやると、ようやく品物に向かった。
なんでこいつ、遠慮するかなー。いっつも屋根裏だし。食事も皆と一緒でなくて一人だし。ベッドの順番でも、自分からは言い出してこないし。
おや?
モーリンとコモーリンまで、アクセサリーを選びにかかっている。
うちの娘たちに買ってやるつもりだったのだが……。ま。いっか。モーリンも俺の女であるわけだしな。うちの一家でいえば母親ポジションあたりか。
てゆうか。モーリンさん? コモーリンとお二人で二個選ぶつもりですか? 一人一個って言ってあるのだが……。ま。いいのであるが。
「おい」
俺はエイティのやつに声を掛けた。
「はい。なんでしょう」
「なんでおまえまで品物に手を出してんの? なんでおまえ、買ってもらえるつもりでいるの?」
エイティの手にしているのは、古ぼけた人形だ。ガラクタの一つだ。
なぜ俺が男におごってやらねばならんのだ?
「え~? ボクもなにか欲しいですぅ~。師匠~」
「師匠はやめろ。おまえを弟子に取ったつもりはない」
「そんなぁ」
「弟子になりたくば、美少女になって生まれ直してこいと、そう言った」
「そんなの無理ですよぅ」
「しなをつくるな」
俺は問答無用で、エイティの頭を小突いた。小突くといっても、勇者の一撃だ。エイティのHPは、ごそっと半分ぐらい減った。
「はうっ」
エイティが、手にしていた人形を落っことす。
地面に落ちた人形の首は、ぽろりと取れてしまった。
「あー……」
しかたなく、買いあげることになった。
◇
ぽっくぽっくとミーティアを引いて、船への道を戻る。
「お師匠様に買ってもらったこれ! 家宝にします!」
とか言ってるエイティの手から、壊れた人形を取りあげた。
「なぜおまえにやらねばならん?」
「あー! くれないんですかー! くれないんですかー! ひどいですぅ!」
だからなぜ、男なんかに、優しくしてやらねばならん?
「……おや?」
首の取れた人形は、胴体のほうも割れていた。
内側は中空になっていたようで、その中から、紙片が一枚――出てきた。
広げてみると、どこかの島の地図のようだ。地図の一点に「×」が記されている。
「なにこれ? なにこれっ!? 宝の地図かなっ!?」
アレイダがぴょんぴょん飛びついてくる。
「島の形からいって、群島のなかの一つですね。無人島です」
地図を一瞥して、モーリンが言う。
「ふむ……」
この島における補給は済んだ。みやげも買った。予期しない〝おみやげ〟までついてきてしまったようだが……。
はてさて。どうしたものかな。