海っ! 「日光浴の作法って、なんなのよ?」
うーみーはー、ひろくーてー、おおきいぞー♪
おまえのー、うーみーは、おれのー、うーみー♪
おれのー、うーみーもー、おれのー、うーみー♪
海で、船の上で、航海中だった。
作詞作曲=俺様。題名=「お前の海は俺の海」。
いまでっちあげた自前の歌を、デッキチェアに寝そべりながら、陽気な声で歌っていると――。
「音痴」
――と、隣から声がした。
バスタオルを広げて甲板の上に寝そっているのは、アレイダだ。
うつぶせになって寝そべり、太陽の光を背中で浴びて堪能している。
赤い髪が体の左右に広がって、肌は陽光を跳ね返してキラキラと輝いている。
……が。
「おまえ、日光浴の作法というものをわかっとらん。まーったく、わかっとらん」
「なによ?」
むくりと身を起こしたアレイダは、俺をじろりと見つめる。
「日光浴の作法って、なんなのよ?」
「うつぶせに寝そべるときには、ブラの紐を外せ。紐の形に日焼け跡がつくだろう。上は外しておくのが、正式な作法というものだ」
うつぶせになることで押し潰されたバスト。体を持ちあげさえすれば見えてしまうのに、伏せているかぎりは決して見えない。日光浴におけるその極上のエロスを、最上のギリギリズムを、この駄犬は、トップを付けたままでいることで台無しにしている。
「……エッチ」
駄犬が言った。細めた目の端で俺のことを捉えて、そう言いやがった。
「はあァ? エッチだぁ?」
俺は牙を剥いてみせた。
「おま? どのクチ開いて言いやがる? 胸も尻もアソコも、ケツの穴まで、ぜーんぶ俺に見せておいて、いまさらどのクチで恥ずかしいとか言いやがる?」
「は、恥ずかしいだなんて……、言ってない! エッチって言ったの!」
「同じ意味だろうが。おまえ。奥までくぱぁと自分で広げて見せてきたことだってあるし、尻のほうだって、ケツの穴の皺の数まで――」
「わー! わー! わー! わー!」
「うるせえぞ。――だから上を外せと言ってる。そしたらおまえ、いまの〝わーわー〟のときにだって、俺の目の保養が出来たわけで――」
「あー! もー! だからもー! エッチ! どエッチ!!」
アレイダのやつは、水着の上から胸元を手で隠す仕草をした。
これまで何度も、いや何十度も体を重ねてきたというのに、なに恥じらってんのおまえ?
まあ、こいつのそういうところが、新鮮で面白いわけだが。
「おりおん。……うえ。はずす?」
スケルティアが水着の肩紐を片方外して、俺を見つめる。
「あー。うん。おまえは、まあ、どっちでも」
スケルティアの水着はワンピース。そもそも上も下もあったもんじゃない。
そして、うつぶせのときでも、仰向けのときにも、ほぼ変化がない。
ちっぱいとは、そういうものである。重力にも重量にも影響されないのが、ちっぱいというものである。
ちっぱいがよくないと言っているんじゃないからな。うん。
おっぱいに貴賎なしだ。
ただ、この海の日光浴の、背中および脇乳を堪能するという、限定されたシチュエーションにおいては、見映えがしないというだけであってだな。
「オリオン様のためでしたら……、ここは……、わたくしが……」
日陰にいたミーティアが、上に着ていた一枚に手を掛ける。諸肌脱ごうとする彼女を、しかし、俺は止めた。
「おまえもモーリンも、色白なんだから、無理に太陽の下に出てこなくていい」
ミーティアとモーリン、そしてコモーリンの三人は、俺が前にいた世界でいうならコーカソイド系。
騎馬民族出身のアレイダは、二人よりも肌の色が濃い。
肌を焼く、という行為がレクリエーションになるのは、そのアレイダと、もう一人――。
「アレイダよ。おまえがどうしても嫌だというなら、仕方ない」
「い、いやだなんて言ってないけど……」
俺はため息のひとつで、アレイダとは反対側に寝そべる女に顔を向けた。
「オリオンさん、はい、こーですねー」
上を外して、バニー師匠がうつぶせにその身を横たえる。
形のよい膨らみが、むぎゅっと押し潰される。
「そうそう、わかっているじゃないかぁ~」
「あそびにん、ですからー」
彼女の着ているのは、バニー水着である。頭にはウサギ耳のカチューシャ。そしてビキニのボトムには白くて丸い〝しっぽ〟がついている。
彼女は前の大陸を離れるときに乗せた客だ。
俺は個人的に、彼女のことを〝バニー師匠〟と呼んでいる。
なぜ師匠なのかというと、俺が敗北を喫した相手だからだ。どの方面で敗北を喫したのかというと、あっちの方面である。
尻がいいなぁ、とか、つまみ食いするつもりで手を出したら、彼女はとんだ猛獣だった。俺のほうが取って食われてしまった。
ことセックスにおいて、パワーの違いが、戦力の決定的差ではないということを、教えられてしまった。
毎回、挑むたびに教えられている。自分がこれまでいかにパワー頼みだったのか。毎回、からっからになるまで搾られて、教えてもらっている。
彼女はあっちの方面における、俺の〝師匠〟なのだった。
俺がバニー師匠のバストを横目で鑑賞していると――。
「ど、ど、ど……、どうしても、っていうなら、上、外してあげてもいいけど……?」
駄犬がなにか言っている。
「ほ、ほらっ……、上、脱いだわよ。そんで、横たわるんでしょ……? こうでしょ……? ほらっ、むぎゅーっ」
駄犬がまたなにか言ってやがる。
「ほ、ほらっ……。やったんだから……。み、見なさいよ……」
無視だ無視。
「見てよーっ……」
ほんと。うるさい。
どうせやるんだったら、最初から素直にやればいいのだ。こんな手遅れのタイミングでやったって、見てやんねー。
ぜってー、見てやんねー。
俺はバニー師匠の寝姿にだけ、顔を向けていた。
その彼女の向こう――。デッキブラシでゴシゴシと甲板を擦っている人影がある。
「おい。新入り。サボるなよ」
俺はそいつに言ってやった。
「サボってないですぅ~」
ゴシゴシと甲板掃除を続けながら、やつは言う。
「あと、俺の女のチチ、見てんじゃねーぞ。海に叩き落とすぞ」
「み、見てないですぅ~」
だがチラ見していることは明らかだ。顔を赤らめているのが、その証拠だ。
こいつは密航者だった。
前の大陸を離れて出航したとき、こっそりと乗りこんで密航していたのだ。
前の大陸でやった大会で、優勝候補とかいわれていたエイティ君である。
本来ならば、密航者は海に流しているところだ。
べつに俺がひどいわけではなく、どんな船でも、それが普通の扱いだ。
美少女であればまだしも、男なんて、しかもイケメンなんて、当然、海に流してやるところであったが――
アレイダ含め、二、三人が、「かわいそう」と言うので、サメの泳ぐ海に叩き落とすのは勘弁してやって、下働きとしてコキ使ってやっている。船は大きく、モーリンやコモーリンにやらせるには忍びない肉体労働がたくさんあるので、ちょうどよい。
密航には気づいていたが、気づかないフリをしてやっていた理由は――半分はこれである。
しかし、この美少年……。助けてやったら、弟子にしてくださいと、うるせぇのなんの。
甲板で土下座して頼んでくるのを、三日三晩ぐらい放置してやったら、その姿勢のままで干物になりかけていて、俺はそれでもまったく構わなかったのだが、女たちが例によって「かわいそう」だとか同情をしやがって……。誰か「もったいない」なんて言ってやがったやつもいたな……。
しぶしぶ、干物は勘弁してやった。
しかたなく「修行」と称して、コキ使ってやっている。
しかしこいつ。ワガママ放題に育った、お金持ちのお坊ちゃんのはずなのに、どんな仕事でも厭わずにやっている。
便所を舐めて綺麗にしろと冗談で言ったら、本当にやりやがるし……。俺の靴は懐に入れて温めているし……。
俺に対する忠誠心は――、まあ、どこかの駄犬に比べれば、かなり、立派なほうだといえよう。
俺? こいつに? なにかしたっけ?
……ああ。邪神細胞に取りこまれかけていたところを、助けてやったんだっけな。
べつに助けたわけじゃないがな。邪神細胞を吹き飛ばし、周囲への被害が出ない出力に、ぴったりと調整したら、たまたまあいつの肉体一個分が残っていただけだがな。
そして結果的に助けてしまったというだけだがな。
しかし、うちの女どもは……。
絶対。イケメンの魔力に惑わされているよな。
もしこいつが超絶美形でなく、ブサメンあるいはキモメンだったら、同じ反応をしただろうか?
いいや。ないね。誓ってもいいね。サメのエサで、異議を唱える者など、いるわけがないね。
ちなみに「イケメンはサメのエサ」に反対したのは、アレイダ、クザク、ミーティアの三名であった。この三名には厳罰を科した。白目を剥くまで俺に犯され抜くという刑である。あまり刑になっていない気もする。
擁護した女たちには罰を与えたが、しかし――。
もし仮に、逆の立場だった場合、俺がどうしていたかといえば――。
当然、ウエルカムである。
美女ないしは美少女が、弟子にしてくれと言って来たならば――。
うん。するよね。弟子にね。
もちろん授業料はカラダで払ってもらうがなあぁぁ!!
「師匠~。ちゃんと言いつけ通りに掃除してますから~。だから剣を教えてください~。師匠~」
「バカめ。それが稽古だ。おまえは基礎がなってない。甲板掃除は足腰を鍛える最高の修行なのだ」
「そ! そうだったんですね! 師匠!」
エイティは、これまでの三倍の速度でブラシをかけはじめる。
あはははは。バカだなぁー。こいつー。
「あとな。その〝師匠〟っての……。やめ、な」
「はい! 師匠!」
「わかってねえ……」
「照れてる」
ぼそっと言ったアレイダを、俺は、じろりとにらみつけた。
アレイダはブラの紐を外して、うつぶせになっている。
ぎゅむっ、と、床との間で、その膨らみが形を変える。
うむ。良き哉。良き哉。
「おい、ハチ。飲み物もってこい」
「エイティです~」
「うるせえぞ。ハチ。――カク、スケ、ときてるんだから、おまえはハチに決まってんだろーが」
「だからハチじゃないです~、エイティですぅ~」
「やかましい。犯すぞ」
エイティのやつは、ぽっ、と、顔を赤らめた。なぜそこで赤くなる?
あと、女たちも、へんな期待するような目を、なぜ俺に向ける?
俺はその気はないぞ。断じてないからな。
ほんとにこいつ。女だったらなー、と、残念に思うほどの美形なんだが……。
整った顔立ち。長い金髪。男のくせにさらさらロング。体つきは均整が取れていて、「村の勇者」という職に恥じない、引き締まった、いい体つきをしている。
惜しいなー。ほんとにー。女に生まれていればなー。
もし女に生まれていれば、完璧なプロポーションと、完璧な美貌を持っていたのではあるまいか?
美女ないしは美少女だ。どちらになるのかは、年齢による。
「おい。ハチ。おまえって。いくつ?」
ドリンクを持って駆け戻ってきたエイティに、俺は聞いた。
「17ですが」
うん。美少女のほうだな。美女ではなくて。
エイティの作ってきたカクテルを、デッキチェアの上でぐびぐびと飲む。
青い空を入道雲が流れている。
空と海との境目は、あまりはっきりとはしていない。
青と碧との違いは、微妙すぎる。
馬車の旅も良かったが……。
船の旅も、まあ、良いもんだ……。
連載、再開であります。
例によって書籍4巻相当分。8万字~10万字ほど。20話ぐらいを予定しています。
今回は海編です。