第四回戦 準決勝 「クラスチェンジ? してもいいですか?」
「いよいよ準決勝まできたか」
「ねえ、あといくつ勝てば優勝なの? これ終わるの?」
「はっはっは。馬鹿だなぁ。この馬鹿駄犬」
俺はアレイダを愛でた。ほんと、うちのワンコは、バカだなぁ。
「準決勝っていってんだから、これを含めて、あと二つに決まってんだろ」
「しらないわよ。こんな試合? ――とかゆーの、やったことないもん。しらないもん」
そういや、こいつの育成は、いきなりダンジョン連れてって、モンスターの中に蹴り出してやったっけな。
実戦しかやらせてきていなかった。試合とかいう〝遊び〟は、させたことがなかった。
そりゃ、知らなくて当然か。
『あのー、オリオン・チーム? ……もう試合開始の合図は、出てるんですけどー? おしゃべりはやめて、じゃんけん、してくださーい』
バニー師匠に言われた。
「いや。必要ない。あともう残ってんのは、俺とモーリンと、あとは――」
俺はミーティアを見た。
うちの娘たちのうちで、一番控えめな彼女は、「はい」と微笑むと、一人で前に歩いて行った。
俺たちはぞろぞろと石舞台を下りる。
「あれ? でも相手、ちょっと強そうよ? ミーティア一人で……だいじょうぶ?」
アレイダが赤毛を回して、石舞台を振り返る。
さすがに準決勝ともなると、2回はクラスチェンジしたような連中が、ずらりと並んでいる。
アレイダの心配もわかる。
ミーティアが、いかに〝オリオン式パワーレベリング〟で鍛えられていようと、魔法系の後衛職であることには違いがない。
そして相手は、前衛もタンクもアタッカーも完備された、フルスペックの中級冒険者。
ちなみにこの〝中級〟というのは、勇者業界基準での話。世間一般では、超上級とされているんじゃないだろうか? あるいは〝英雄〟とか呼ばれていたりして? ぷーくすくす。
「ま。なんとかなるだろ。ならなかったら。それまでだ」
もう全員、石舞台を下りちゃったしな。全員、失格だしな。
ミーティアに頑張ってもらうしかない。
「ミーティア。頑張れ」
「はい」
俺が言うと、ミーティアは殊勝にうなずいた。
「わたしのときには、そんなこと言わなかったくせに」
横で駄犬がうるさいので、もう一言、付け加える。
「頑張ったら――、今晩、抱いてやる」
「はい」
ミーティアは頬を染めて、こくんとうなずいた。
「………。」
駄犬も赤い顔になって黙りこくった。
『さあ試合開始となります!』
バニー師匠がそう叫ぶ。
試合開始の合図は――とっくに出ていたので、向こうの六人が武器を構えて展開する。
ミーティア一人を取り囲み、
一体複数の戦法としては、正しい戦術だ。
これまでの相手チームは、取り囲むことさえ許されなかったわけだが。
そして取り囲んだ彼らは、うちの聖女を――。
ボコる、ボコる、ボコりまくる。
「あっ! あーっ! ちょ――!? やられてる! やられてるっ! ミーティア、殴られてるっ!」
「効いちゃいないさ」
たしかにミーティアはフルボッコにされていた。
――がしかし。
ミーティアの防御力は、素でフルプレートくらいある。
ただの鉄のフルプレートでなくて、強化魔法が三段階くらいかかった、魔法のフルプレート相当だ。
さらに聖女の発するオーラにより、〝味方〟のあらゆる能力は底上げされている。この場合、〝味方〟というのは、ミーティア一人だけを指すことになるが……。
「あー、やっぱ無理かもなー」
「無理かも、じゃないわよ! 無責任ね! 頑張れっていったの、オリオンでしょ!? ――ミーティア頑張ってるんだから! ほら応援してあげなきゃ! ほらミーティアーっ! がんばれーっ!! ぶっとばせーっ!!」
「いやー、無理だろー」
ぶっ飛ばす――のは、すこしばかり無理がある。
フルボッコにされているミーティアだが、実際には、ほとんどダメージがきていない。
ステータスオープンしてずっと見ているが、HPはほとんど減っていない。たまにクリティカルぎみの攻撃が入ったときだけ、1、減るぐらいだ。ほとんどの攻撃は0ダメージ。張り手で頬を叩かれた程度。痛いだけでダメージにならない程度。
巨大な斬馬刀に斬りつけられても、スピアの先端を突き立てられても、ファイアボールの上級魔法であるメガフレアを食らっても、「きゃ」とか「痛い」とか「やめて」とかで済んでしまっている。
少々、鍛えすぎてしまった。
物理無双の魔法職に育ってしまった。
だが防御力のほうは無双でも、ミーティアには攻撃手段がないのだ。
神聖魔法にも攻撃魔法はないこともないのだが……。相手も一応は中級冒険者(勇者業界基準)。ちょっとダメージが通るような感じではないし。そもそも悠長に詠唱なんてさせてもらえないだろう。
つまり、詰んでしまった。
「行ける! ――行けるぞおおぉ! この怪物! 倒せるぞおおぉ!」
中級冒険者たち(勇者業界基準)は、そんなことを叫びながら、うちの娘を滅多打ち。調子づいている。
怪物ゆーな。そんな淑やかな娘をつかまえて。
たまに入る1ずつのダメージであっても、累積すれば、結構な量となる。
全身に擦り傷を作ったミーティアは――、口許からも、すこし血を流して――。
そしてついに、がくりと膝をついた。
連続攻撃を続けていた相手チームは、警戒して、一旦、距離を取る。
『おおーっとぉ! ミーティア選手! 相手チームの猛攻に、ついに膝をついたーっ! ここが限界か――っ!」
バニー師匠が叫ぶ。
だがじつは限界ではなく、HP的には、まだ3分の1ほど残ってはいるのだが――。
『どうするのでしょう? ミーティア選手! まだ戦うのか――!? それとも――っ!?』
バニー師匠が、ちら――と、俺に流し目をする。
その流し目だけで、勃ってしまいそうだ――ではなくて。
俺に「どうするの?」と問いかける目だった。
ここまでかな。
船はちょっと欲しかったんだが……。また別の方法で手に入れるとしよう。
俺が〝降参〟の意を示すために、手をあげようとしたとき――。
会場のどこからか声が上がりはじめた。
「……ンジ、……、――……チェーンジ」
それは、はじめは小さなざわめきだった。
それが次第にだんだんと、まとまった声になってゆき――。
「クラスチェーンジ――、クラスチェーンジ――」
やがてその声は――。
「――クラスチェーンジ! ――クラスチェーンジ!」
会場中を賑わす大絶唱となった。
あー……。
俺は理解した。
ピンチの演出だと、思われたわけねー。
ここから〝クラスチェンジ〟して、逆転すると。
いやー……。しかしなー……。
ミーティアのクラスチェンジは、この前やってしまった。それで〝聖女〟になったわけだ。
なにしろ聖女の転職条件は不明なうえ、スキルツリーに一定周期で現れたり消えたりしていたのだ。
現れているタイミングで、やっておくべきだと思った。
だからミーティアは、もうしばらく転職はできないわけで……。
「あの……、オリオン様?」
石舞台の上でうずくまったミーティアは、俺に顔を向けている。
「心配するな。観客の騒ぎなんてどうでもいい。おまえが気にする必要はなにもない」
俺はミーティアにそう言ってやった。
俺のミスだった。後衛職を一人で出すもんじゃなかった。ちょっと舐めプーしすぎだった。この敗北は、授業料として受け取ることに――。
問題は、ミーティアのフォローであるが……。
この娘のことだから、自分が至らなかったとかで、自分を責めたりしないだろうか。どう言えば俺のミスであることを伝わるだろうか。
そうだ! 言葉じゃなくて、体で伝えればいいんだ! 俺。あったまいー!
よし今夜はたっぷりと傷心のミーティアを可愛がってやろう。
「あの……、オリオン様?」
試合のことなど、もう忘れきって、今夜のエッチなことばかり考えていた俺の思考を、ミーティアの声が現実に引き戻した。
「なんだ?」
「あの……、転職、しちゃってもいいでしょうか?」
「は?」
俺は、口をぽかんと開けていた。
「できるみたいなんです。……クラスチェンジ」
「は? なんで?」
俺は、まだ口をぽかんと開けたままだった。
いや。できるわけがない。だってこの前、したばっかだし。
なんで……? できるの?
「なんか……、さっき、皆さんに、ぼこぼこ、ぼこぼこぼこ、って、ぶたれていたときに……、なんだか、ふつふつと……、これまで感じたことのない気持ちがわいてきまして――」
「ねえミーティア。それたぶん、〝怒り〟っていうんだと思うわよ?」
アレイダが言う。
「その……、怒り? とかいう感情を感じましたら……、そしたら――、新しい職に、転職できるような気がしまして……」
なるほど。ミーティアの話は理解できた。
いまこの試合のなかで、なにかの転職条件を満たしたのだろう。
しかし……、これまで怒ったことがないだとか……。どんだけ?
「クラスチェンジしても……、いいですか?」
「ああ。いいぞ」
俺は許可を与えた。どんな職なのか、まったくわからないが――。
彼女がどんな職になろうと、俺のミーティアに対する〝愛〟は変わることはない。
馬の時から愛していた。種族さえ問題にならないのだ。職なんて誤差に過ぎない。
クラスチェンジが始まる。
すっかりお馴染みとなった重積魔法陣の内側で、ミーティアの肉体と精神が作り替えられてゆく。
純白のドレスも分解して――。
お? 服までチェンジするのか?
神に愛でられし職のクラスチェンジは、衣装交換のサービスまで付いてくるらしい。
「――クーラスチェンジ! ――クーラスチェーンジ!」
観客たちが脚を踏み鳴らす。
大合唱が響き渡る。
服が分解――再構成される合間に、ちらりと見えたか見えないかという聖女の清らかな裸身が、さらに観衆を盛り上げる。
あー、うん、わかる。わかるぞー。
魔法少女の変身バンクのとき、一瞬、全裸になったような瞬間があって、大いに燃える――あるいは萌える心境だなっ。
俺は観客たちと同じように、心をときめかせながら、変身バンク――じゃなかった。クラスチェンジの光景に見入った。
やがて光が消え、魔法陣が消え、変身――じゃなくて、クラスチェンジが完了したとき、そこに立つのは、純白のバトルドレスを身につけた、黒髪の少女だった。
『さあ変身が完了しました!』
バニー師匠も、変身、ゆーてるし。
『これでいままでのピンチを跳ね返すことができるのかーっ! ミーティア・ホワイト!』
なんか名前の後ろに「ホワイト」とかついてるし。
『なお、ただいま入った情報によりますと! ミーティア選手がクラスチェンジした職はァ――って、えっ?』
プロの彼女としては、珍しく、一瞬――言葉が詰まった。
だがすぐに彼女はマイクを振りあげ――そして叫ぶ。
『お聞きください! ミーティア選手の新しい職は――なんとッ! 〝撲殺聖女〟――でありますッ!!』
なんだって?
『そう――!! なんと! これまでに知られていない新しい職です! 新発見の職です! ミーティア選手は、この世の誰も知らない、新しい職に到達しました!』
観客が沸いた。
意味はわかっていないのだろうが、どんどんぱふぱふと、太鼓と笛を吹き鳴らす。
たぶん、この意味がわかっているのは、この会場の一握りの人間だけだろう。
俺は隣に並ぶモーリンに顔を向けた。彼女も眉毛を上げて驚きを表現してくる。
世界の精霊にして大賢者――モーリンの驚きの顔なんて、そうそう拝めるものじゃない。
世の中は広い。大賢者様の知らないことだって、まだまだ世の中にはあるのだ。
『さあ〝撲殺聖女〟はどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!? それは果たして――穏やかな慈愛を持ちながらも、怒りによって目覚めた伝説の超戦士なのかーっ!?』
「私……。さっき……。ぼこぼこ、ぼこぼこぼこ、ぶたれていて……。痛かったんです。だからこんどは――私がぶちます!」
ミーティアは拳を構える。
右の拳と、左の拳とに、魔法の力が集約してゆく。
右に生まれたのは、超々高密度の――癒やしの魔力。
左に生まれたのは、超々高密度の――祝福の奇跡。
それでなにをするのかと思いきや――。
殴った。殴った。そして殴った。
「貴方たちがぶつのをやめてくれるまで! ――私もぶつのをやめません! 痛かったんです! 痛かったんですよーっ!」
『おーっと!! 撲殺聖女の平和主義者クラッシュが炸裂だーっ!!』
バニー師匠はもうノリノリ。意味不明なことを叫んでいる。
なんだよ平和主義者クラッシュって? それ言葉的に矛盾していないか?
相手チームは、ぼっこぼこにされていた。
ミーティアが癒やしの魔力を込めた右拳で殴りつけると、相手の防御結界は紙みたいに粉砕され、生身にその攻撃が命中する。
超強力な癒やしの魔力が、生身に炸裂する。
その部分の肉が、ごそっと灰に変わってゆく。
癒やしの魔法を、超強力にかけると、いったいどういうことが起きるのか?
あらゆる生体組織が、耐えきれずに崩壊していってしまうのだ。加速された代謝は、生体を灰にするまで止まらない。
そして祝福のほうも同様である。
超強力な付与魔法をかけられた武具は、耐えきれなくなって自壊することがある。
同じように超高密度の祝福は、それを掛けられた者を破壊する。
本来、攻撃に使えないはずの神聖魔法に、こんな使いかたがあったとは――。
〝撲殺聖女〟――恐るべし。
『ダウン――ダウンです! 六人とも倒れています! はい――ミーティア選手! コーナーに下がって! 下がってください!』
バニー師匠がストップをかける。
相手チームは全員とも倒れていた。
制止されたミーティアは、あれっ? という顔をして、周囲をキョロキョロと見回した。
俺と目が合ったので――うん、と、大きくうなずいてやる。
ミーティアはそれだけで、物凄く幸せそうな顔になった。
可愛いやつめ。
『はい――六人! 誰か立ち上がれますか? 10カウントのうちに立ち上がれなければ、戦意喪失と見なして負けとしますよ? ――1』
なんでカウントを取る? そんなルールだったっけ?
てゆうか。バニー師匠。ひょっとして転生者だったり? それとも転生者の持ちこんできた異文化通?
カウントが進む。
対戦者たちは、呻いてはいたが――。誰も立ち上がろうとする者はいなかった。
カウントが進む。観客たちまで一緒に数をコールしていた。
そしてついにカウントが10を刻み、俺たちの勝利が確定した。
俺たちは準決勝を突破した。