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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
10.みっつめの地 大武闘大会(商品は船)
77/161

第四回戦 準決勝 「クラスチェンジ? してもいいですか?」

「いよいよ準決勝まできたか」

「ねえ、あといくつ勝てば優勝なの? これ終わるの?」

「はっはっは。馬鹿だなぁ。この馬鹿駄犬」


 俺はアレイダを愛でた。ほんと、うちのワンコは、バカだなぁ。


「準決勝っていってんだから、これを含めて、あと二つに決まってんだろ」

「しらないわよ。こんな試合? ――とかゆーの、やったことないもん。しらないもん」


 そういや、こいつの育成は、いきなりダンジョン連れてって、モンスターの中に蹴り出してやったっけな。

 実戦しかやらせてきていなかった。試合とかいう〝遊び〟は、させたことがなかった。

 そりゃ、知らなくて当然か。


『あのー、オリオン・チーム? ……もう試合開始の合図は、出てるんですけどー? おしゃべりはやめて、じゃんけん、してくださーい』


 バニー師匠に言われた。


「いや。必要ない。あともう残ってんのは、俺とモーリンと、あとは――」


 俺はミーティアを見た。

 うちの娘たちのうちで、一番控えめな彼女は、「はい」と微笑むと、一人で前に歩いて行った。


 俺たちはぞろぞろと石舞台を下りる。


「あれ? でも相手、ちょっと強そうよ? ミーティア一人で……だいじょうぶ?」


 アレイダが赤毛を回して、石舞台を振り返る。


 さすがに準決勝ともなると、2回はクラスチェンジしたような連中が、ずらりと並んでいる。


 アレイダの心配もわかる。

 ミーティアが、いかに〝オリオン式パワーレベリング〟で鍛えられていようと、魔法系の後衛職であることには違いがない。

 そして相手は、前衛もタンクもアタッカーも完備された、フルスペックの中級冒険者。

 ちなみにこの〝中級〟というのは、勇者業界基準での話。世間一般では、超上級とされているんじゃないだろうか? あるいは〝英雄〟とか呼ばれていたりして? ぷーくすくす。


「ま。なんとかなるだろ。ならなかったら。それまでだ」


 もう全員、石舞台を下りちゃったしな。全員、失格だしな。

 ミーティアに頑張ってもらうしかない。


「ミーティア。頑張れ」

「はい」


 俺が言うと、ミーティアは殊勝にうなずいた。


「わたしのときには、そんなこと言わなかったくせに」


 横で駄犬がうるさいので、もう一言、付け加える。


「頑張ったら――、今晩、抱いてやる」

「はい」


 ミーティアは頬を染めて、こくんとうなずいた。


「………。」


 駄犬も赤い顔になって黙りこくった。


『さあ試合開始となります!』


 バニー師匠がそう叫ぶ。

 試合開始の合図は――とっくに出ていたので、向こうの六人が武器を構えて展開する。

 ミーティア一人を取り囲み、


 一体複数の戦法としては、正しい戦術だ。

 これまでの相手チームは、取り囲むことさえ許されなかったわけだが。


 そして取り囲んだ彼らは、うちの聖女を――。


 ボコる、ボコる、ボコりまくる。


「あっ! あーっ! ちょ――!? やられてる! やられてるっ! ミーティア、殴られてるっ!」

「効いちゃいないさ」


 たしかにミーティアはフルボッコにされていた。

 ――がしかし。


 ミーティアの防御力は、素でフルプレートくらいある。

 ただの鉄のフルプレートでなくて、強化魔法が三段階くらいかかった、魔法のフルプレート相当だ。

 さらに聖女の発するオーラにより、〝味方〟のあらゆる能力は底上げされている。この場合、〝味方〟というのは、ミーティア一人だけを指すことになるが……。


「あー、やっぱ無理かもなー」

「無理かも、じゃないわよ! 無責任ね! 頑張れっていったの、オリオンでしょ!? ――ミーティア頑張ってるんだから! ほら応援してあげなきゃ! ほらミーティアーっ! がんばれーっ!! ぶっとばせーっ!!」

「いやー、無理だろー」


 ぶっ飛ばす――のは、すこしばかり無理がある。


 フルボッコにされているミーティアだが、実際には、ほとんどダメージがきていない。

 ステータスオープンしてずっと見ているが、HPはほとんど減っていない。たまにクリティカルぎみの攻撃が入ったときだけ、1、減るぐらいだ。ほとんどの攻撃は0ダメージ。張り手で頬を叩かれた程度。痛いだけでダメージにならない程度。


 巨大な斬馬刀に斬りつけられても、スピアの先端を突き立てられても、ファイアボールの上級魔法であるメガフレアを食らっても、「きゃ」とか「痛い」とか「やめて」とかで済んでしまっている。


 少々、鍛えすぎてしまった。

 物理無双の魔法職に育ってしまった。


 だが防御力のほうは無双でも、ミーティアには攻撃手段がないのだ。

 神聖魔法にも攻撃魔法はないこともないのだが……。相手も一応は中級冒険者(勇者業界基準)。ちょっとダメージが通るような感じではないし。そもそも悠長に詠唱なんてさせてもらえないだろう。


 つまり、詰んでしまった。


「行ける! ――行けるぞおおぉ! この怪物! 倒せるぞおおぉ!」


 中級冒険者たち(勇者業界基準)は、そんなことを叫びながら、うちの娘を滅多打ち。調子づいている。

 怪物ゆーな。そんな淑やかな娘をつかまえて。


 たまに入る1ずつのダメージであっても、累積すれば、結構な量となる。

 全身に擦り傷を作ったミーティアは――、口許からも、すこし血を流して――。


 そしてついに、がくりと膝をついた。


 連続攻撃を続けていた相手チームは、警戒して、一旦、距離を取る。


『おおーっとぉ! ミーティア選手! 相手チームの猛攻に、ついに膝をついたーっ! ここが限界か――っ!」


 バニー師匠が叫ぶ。

 だがじつは限界ではなく、HP的には、まだ3分の1ほど残ってはいるのだが――。


『どうするのでしょう? ミーティア選手! まだ戦うのか――!? それとも――っ!?』


 バニー師匠が、ちら――と、俺に流し目をする。

 その流し目だけで、勃ってしまいそうだ――ではなくて。

 俺に「どうするの?」と問いかける目だった。


 ここまでかな。

 船はちょっと欲しかったんだが……。また別の方法で手に入れるとしよう。


 俺が〝降参〟の意を示すために、手をあげようとしたとき――。


 会場のどこからか声が上がりはじめた。


「……ンジ、……、――……チェーンジ」


 それは、はじめは小さなざわめきだった。

 それが次第にだんだんと、まとまった声になってゆき――。


「クラスチェーンジ――、クラスチェーンジ――」


 やがてその声は――。


「――クラスチェーンジ! ――クラスチェーンジ!」


 会場中を賑わす大絶唱となった。


 あー……。

 俺は理解した。

 ピンチの演出だと、思われたわけねー。

 ここから〝クラスチェンジ〟して、逆転すると。


 いやー……。しかしなー……。


 ミーティアのクラスチェンジは、この前やってしまった。それで〝聖女〟になったわけだ。

 なにしろ聖女の転職条件は不明なうえ、スキルツリーに一定周期で現れたり消えたりしていたのだ。

 現れているタイミングで、やっておくべきだと思った。


 だからミーティアは、もうしばらく転職はできないわけで……。


「あの……、オリオン様?」


 石舞台の上でうずくまったミーティアは、俺に顔を向けている。


「心配するな。観客の騒ぎなんてどうでもいい。おまえが気にする必要はなにもない」


 俺はミーティアにそう言ってやった。

 俺のミスだった。後衛職を一人で出すもんじゃなかった。ちょっと舐めプーしすぎだった。この敗北は、授業料として受け取ることに――。


 問題は、ミーティアのフォローであるが……。

 この娘のことだから、自分が至らなかったとかで、自分を責めたりしないだろうか。どう言えば俺のミスであることを伝わるだろうか。

 そうだ! 言葉じゃなくて、()で伝えればいいんだ! 俺。あったまいー!

 よし今夜はたっぷりと傷心のミーティアを可愛がってやろう。


「あの……、オリオン様?」


 試合のことなど、もう忘れきって、今夜のエッチなことばかり考えていた俺の思考を、ミーティアの声が現実に引き戻した。


「なんだ?」

「あの……、転職、しちゃってもいいでしょうか?」

「は?」


 俺は、口をぽかんと開けていた。


「できるみたいなんです。……クラスチェンジ」

「は? なんで?」


 俺は、まだ口をぽかんと開けたままだった。


 いや。できるわけがない。だってこの前、したばっかだし。

 なんで……? できるの?


「なんか……、さっき、皆さんに、ぼこぼこ、ぼこぼこぼこ、って、ぶたれていたときに……、なんだか、ふつふつと……、これまで感じたことのない気持ちがわいてきまして――」

「ねえミーティア。それたぶん、〝怒り〟っていうんだと思うわよ?」


 アレイダが言う。


「その……、怒り? とかいう感情を感じましたら……、そしたら――、新しいジョブに、転職できるような気がしまして……」


 なるほど。ミーティアの話は理解できた。

 いまこの試合のなかで、なにかの転職条件を満たしたのだろう。

 しかし……、これまで怒ったことがないだとか……。どんだけ?


「クラスチェンジしても……、いいですか?」

「ああ。いいぞ」


 俺は許可を与えた。どんなジョブなのか、まったくわからないが――。

 彼女がどんなジョブになろうと、俺のミーティアに対する〝愛〟は変わることはない。

 馬の時から愛していた。種族さえ問題にならないのだ。ジョブなんて誤差に過ぎない。


 クラスチェンジが始まる。


 すっかりお馴染みとなった重積魔法陣の内側で、ミーティアの肉体と精神が作り替えられてゆく。

 純白のドレスも分解して――。


 お? 服までチェンジするのか?

 神に愛でられしジョブのクラスチェンジは、衣装交換のサービスまで付いてくるらしい。


「――クーラスチェンジ! ――クーラスチェーンジ!」


 観客たちが脚を踏み鳴らす。

 大合唱が響き渡る。


 服が分解――再構成される合間に、ちらりと見えたか見えないかという聖女の清らかな裸身が、さらに観衆を盛り上げる。


 あー、うん、わかる。わかるぞー。

 魔法少女の変身バンクのとき、一瞬、全裸になったような瞬間があって、大いに燃える――あるいは萌える心境だなっ。


 俺は観客たちと同じように、心をときめかせながら、変身バンク――じゃなかった。クラスチェンジの光景に見入った。


 やがて光が消え、魔法陣が消え、変身――じゃなくて、クラスチェンジが完了したとき、そこに立つのは、純白のバトルドレスを身につけた、黒髪の少女だった。


『さあ変身が完了しました!』


 バニー師匠も、変身、ゆーてるし。


『これでいままでのピンチを跳ね返すことができるのかーっ! ミーティア・ホワイト!』


 なんか名前の後ろに「ホワイト」とかついてるし。


『なお、ただいま入った情報によりますと! ミーティア選手がクラスチェンジしたジョブはァ――って、えっ?』


 プロの彼女としては、珍しく、一瞬――言葉が詰まった。

 だがすぐに彼女はマイクを振りあげ――そして叫ぶ。


『お聞きください! ミーティア選手の新しいジョブは――なんとッ! 〝撲殺聖女〟――でありますッ!!』


 なんだって?


『そう――!! なんと! これまでに知られていない新しいジョブです! 新発見のジョブです! ミーティア選手は、この世の誰も知らない、新しいジョブに到達しました!』


 観客が沸いた。

 意味はわかっていないのだろうが、どんどんぱふぱふと、太鼓と笛を吹き鳴らす。


 たぶん、この意味がわかっているのは、この会場の一握りの人間だけだろう。

 俺は隣に並ぶモーリンに顔を向けた。彼女も眉毛を上げて驚きを表現してくる。

 世界の精霊にして大賢者――モーリンの驚きの顔なんて、そうそう拝めるものじゃない。

 世の中は広い。大賢者様の知らないことだって、まだまだ世の中にはあるのだ。


『さあ〝撲殺聖女〟はどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!? それは果たして――穏やかな慈愛を持ちながらも、怒りによって目覚めた伝説の超戦士なのかーっ!?』


「私……。さっき……。ぼこぼこ、ぼこぼこぼこ、ぶたれていて……。痛かったんです。だからこんどは――私がぶちます!」


 ミーティアは拳を構える。

 右の拳と、左の拳とに、魔法の力が集約してゆく。


 右に生まれたのは、超々高密度の――癒やしの魔力。

 左に生まれたのは、超々高密度の――祝福の奇跡。


 それでなにをするのかと思いきや――。


 殴った。殴った。そして殴った。


「貴方たちがぶつのをやめてくれるまで! ――私もぶつのをやめません! 痛かったんです! 痛かったんですよーっ!」


『おーっと!! 撲殺聖女の平和主義者クラッシュが炸裂だーっ!!』


 バニー師匠はもうノリノリ。意味不明なことを叫んでいる。

 なんだよ平和主義者クラッシュって? それ言葉的に矛盾していないか?


 相手チームは、ぼっこぼこにされていた。


 ミーティアが癒やしの魔力を込めた右拳で殴りつけると、相手の防御結界は紙みたいに粉砕され、生身にその攻撃が命中する。


 超強力な癒やしの魔力が、生身に炸裂する。

 その部分の肉が、ごそっと灰に変わってゆく。


 癒やしの魔法を、超強力にかけると、いったいどういうことが起きるのか?

 あらゆる生体組織が、耐えきれずに崩壊していってしまうのだ。加速された代謝は、生体を灰にするまで止まらない。


 そして祝福のほうも同様である。

 超強力な付与魔法をかけられた武具は、耐えきれなくなって自壊することがある。

 同じように超高密度の祝福は、それを掛けられた者を破壊する。


 本来、攻撃に使えないはずの神聖魔法に、こんな使いかたがあったとは――。

 〝撲殺聖女〟――恐るべし。


『ダウン――ダウンです! 六人とも倒れています! はい――ミーティア選手! コーナーに下がって! 下がってください!』


 バニー師匠がストップをかける。

 相手チームは全員とも倒れていた。


 制止されたミーティアは、あれっ? という顔をして、周囲をキョロキョロと見回した。


 俺と目が合ったので――うん、と、大きくうなずいてやる。

 ミーティアはそれだけで、物凄く幸せそうな顔になった。

 可愛いやつめ。


『はい――六人! 誰か立ち上がれますか? 10カウントのうちに立ち上がれなければ、戦意喪失と見なして負けとしますよ? ――(ワン)


 なんでカウントを取る? そんなルールだったっけ?

 てゆうか。バニー師匠。ひょっとして転生者だったり? それとも転生者の持ちこんできた異文化通?


 カウントが進む。

 対戦者たちは、呻いてはいたが――。誰も立ち上がろうとする者はいなかった。


 カウントが進む。観客たちまで一緒に数をコールしていた。

 そしてついにカウントが10を刻み、俺たちの勝利が確定した。


 俺たちは準決勝を突破した。

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