第三回戦・その夜 「さーて、今夜はなにが来るかなーっ?」
暗いその部屋のなかで、男と侍従は二人きりでいた。
「あの者……、三回戦も勝ち上がってきたようだな……?」
「は……、で、ですが……、心配ありません……、必ずや……、必ずや……次こそは買収しまして……!」
「ジョドー……、もう手段を選んでいる場合ではなくなったのだよ」
主の言葉に、侍従は、びくっと身をすくめた。
「わかっているな? ジョドー……?」
意味深なその言葉に、侍従は、「はっ」と直立不動で答えるしかなかった。
◇
「今夜はなにかなー、なにかなー、なにが来るかなー?」
夜。夕食も終わった頃合い。
俺はすこしワクワクしながら、使者がやってくるのを待っていた。
二回目までは「またか」とうんざりだったが、三回目ともなると不思議なもので、待ち遠しくなってきてしまう。
ああいう手合いには気を使わないことにしている。
よって、なにも気にする必要がなく、ストレス解消が存分に行える。
「今夜は遅いわねえ」
アレイダが爪をヤスリで磨きながら、そんなことを言う。
最近、なんかこいつ、〝おしゃれ〟とか覚えはじめた。駄犬がなにやったって無駄だっつーの。ばーか。ばーか。ばーか。
しかし、ほんと遅い。
俺がワクワクしながら待っているというのに、ジョドーのやつは、一向に現れない。
今度はいったいどんな笑える提案を持って、俺を買収してくれるのか、彼にはずいぶんと期待してくれいるのだが。
スケルティアは、下半身を出したりしまったりしていた。何度もただ繰り返している。
人の脚から蜘蛛ボディまで、展開と収納とが、一秒を切るようになってきた。
出したりしまったり、出したりしまったり――。と、その動きが、不意に止まる。
ぴくんと、首が動いて見上げたのは、窓の外。
ちなみに人間のほうの首と目のほかに、蜘蛛ボディのほうの頭についてる目でも見ている感じがする。スケルティアには、いま頭が二つある。蜘蛛しゅごい。アラクネしゅごい。
ミーティアあたりを除いた、それ以外の全員が、だいたい窓の上のほうに目を向け終わったあたりで――。
がしゃーん! ――と、窓のガラスを打ち破って、外側から何者かが、多数、侵入してくる。
「なんなの?」
アレイダが言う。自動展開された聖戦士の防御結界が、何人か跳ね飛ばす。
夜の空に落ちていった者たちを除いて、侵入成功してきた者たちは、合わせて十数名。
ふむ。侵入ルートは屋上からか。最上階っていうのも考え物だな。
「たぶんこいつらは、暗殺部隊だな」
「暗殺? なんで?」
本当にわかっていないらしいアレイダに、俺は説明してやった。
「買収に二回続けて失敗したろ。それで明日はもう準決勝だろ。だから消しちまえ――って、なったんじゃないのか?」
あくまで他人事のように、俺は言った。
実際、ほとんど他人事だった。
どこかの誰かが俺を暗殺しようとしていて……、だからどうした? という感じだ。
前々世で勇者やってたときには、凄腕の暗殺者を一ダースぐらい随行させて旅をしていた。
暗殺者はすべて魔王軍側の手の者かと思いきや、人類側も半数ぐらい混じっていたりする。なんか各国の思惑なんかで、勇者を脅威と捉えた連中も大勢いたっぽい。
「――で、どうすんの? 殺しに来たから、こいつら、もう敵ってことでいいの?」
ソファーで脚を組んで、アレイダが言う。まだヤスリで爪を磨いている。
ミニスカから伸びた太腿が健康的で、俺はつい、そこに欲情した。
いっぱい殺したあとのアレイダは、ちょっと狂気に染まっていて、その後のセックスは、すげぇキモチいいのではあるが……。
ここは街中だし。正当防衛主張しても、取り調べくらいはあるだろうし。明日の準決勝に出られないと癪だし。
あと――。
俺は黒ずくめの連中の目を見た。顔は隠してあるが、目だけはマスクから露出している。
野盗みたいな、腐った目をした連中だと、肉塊に変えてゆくのに躊躇いはないんだが……。
こういう、命令で動いているだけの忠義ある連中を潰すと、後味が悪いんだよなー。
敵対しているとはいえ、情状酌量を計ることにした。
よって、結論は――。
「晒し者にしてやれ」
「了解」
アレイダはようやく――爪ヤスリを置いて、立ち上がった。
「ほらスケさん。やるわよ」
「ころす? ころす?」
「殺しちゃだめよ。――花瓶ね」
「かびん。とくいだよ?」
アレイダとスケルティアは、作業に取りかかった。
戦闘ではない。単なる作業だ。
「ひとつ。ふたつ」
武器も持たず、アレイダは手刀を首筋に打ちこんで、襲撃者たちの意識を刈り取っていった。
スケルティアはアラクネの本性を出して、八本脚でどすどすと床を刺し、足裏と床の摩擦とでは絶対不可能な機動をして、男たちの前に回りこんでいた。
後ろから不意打ちするのではなく、わざわざ前に回って、「いくよ?」と声をかけてから、どすっと、一撃で昏倒させている。
「いくよ?」と宣言してから攻撃しても、避けられないのが、彼我の実力差というものである。
「みっ……つ。よっ……つ。」
「いつーつ、むーっつ」
「……たくさん。……たくさん。」
つぎつぎと男たちが倒されてゆく。
あー、しかしー、絨毯に穴が空いちまったなー。まー。弁償すればいっかー。
ここのホテルのスタッフはプロいから、ちょっと外出しているあいだに、部屋の内装がすべて換装されている。もちろんその分、必要以上に多額に支払いをしている。
モーリンとコモーリンは、二人仲良く、お茶の準備をしていた。紅茶の蒸らし時間は3分だ。
時間はたくさん余ってしまいそうな気配だ。
男たちの残りは、あともう二~三人しかいない。
「逃がさないわよ」
「にげるの。だめ。」
アレイダとスケルティアとに挟まれて、男たちは追い詰められていた。
任務の続行は不可能ともはや諦めて、逃亡にかかっているみたいだが、そっちも当然、実行不能だ。
人外のスケルティアよりも、まだしも生身の女であるアレイダのほうが、与しやすしと思ったか――。男たちは、一斉にアレイダのほうに向かったが――。
「だから逃げられないって」
腕組みしたままのアレイダは、手を動かすこともなく、男たちを捕まえた。
聖戦士の微弱な防御結界の応用技か――。
防御結界の発動を一瞬遅くして、男たちが充分に近づいてきてから発動。
コンクリート強度の微弱な結界のなかに閉じ込められた男たちは、空気のゼリーに封じ込められた果物みたいな格好で、走ってる最中のポーズのまま固められていた。
勇者業界基準でいえば、コンクリート強度のなかに埋めこまれても、だからなに? ――という感じなのだが。
世間一般レベルでは、コンクリ詰めは行動不能を意味するだろう。
「じゃ、お花を活けてくるわねー」
男たちを全員持ち運んで、アレイダたちは表の通りまで下りていった。
〝花瓶の刑〟――というものは、不埒者を裸にひん剥いたのちに、逆さまにして道路に立て、肛門に花を活けて花瓶にするという、過酷な刑であって――。
ちなみに考案者はアレイダだ。
そんな怖ろしい刑、よく思いつくよなー。俺よりワルだなー。
「お茶が入りました」
モーリンが言う。
「おお。そうか」
もう三分経ったか。
花瓶に花を活けてきたアレイダたちも、戻ってきて――。
俺たちはトーナメント三日目の夜を、ゆったりとした気分で、まったりと過ごした。
クルセイダーの微弱な防御結界、というのは、つまり、ATフィールドです。