第二回戦・その夜 「買収に失敗したようだな」「つ、つぎこそはッ!!」
「買収に、失敗したようだな……? ジョドー」
薄暗い部屋の中。
ガウンを着てソファーでくつろぐ男が、執事にそう言った。
ジョドーと呼ばれた男は、畏まって、直立不動の姿勢となった。
男の手にはワイングラスがある。年代物の最高級なワインの、だがその芳醇な香りも、ささくれ立った不愉快な気分を癒やしはしない。
「つ……、つぎこそは、必ず。かの男の性癖を調査しましたところ、金よりも〝女〟ということがわかりましたので……。つぎこそは……、かならず……」
「ふっ……」
男は笑った。
傍らのベッドで寝そべる女の、美しい背中から臀部にかけての曲線を眺める。
なるほどな。と思う。
世のほとんどの人間は金で動く。だがまれに金では動かない人間もいる。そういう手合いは〝色〟のほうだ。
巨額の財産を持つ男にとって、それは真実であり真理であった。
「よし、まかせたぞ、ジョドー……?」
「はっ。このジョドーめに、おまかせあれ!」
◇
「先日は大変失礼を致しました」
夜――。
またもや例のやつが、使者として、俺たちの元に訪れていた。
「私。ジョドーと申しまして――」
おまえの名前なんか、聞いてねえ。
「――さる高貴な財産家の方の元に務めております」
すんげー嫌なものを観る目をしている俺たちをよそに、まるで空気を読めないかのように、男はニコニコと笑顔を浮かべている。
例によってテーブルの上には、ぎっしりと金貨袋。
前回よりも量が何倍かに増えている。机が重さに耐えかねて、みしみしといっている。
ったく、もー。
スケルティアの進化祝いの真っ最中だってゆーのに。早く帰ってくんねーかなー……?
なんで空気読まないのかなー? 読めないのかなー?
床にこぼれて落ちた金貨を、スケルティアがつんつんと、爪の先でつついている。
スケルティアは膝を抱えて座りこんでいるが、じつはそれはすごいこと。
あの蜘蛛ボディの胴体と脚部とが、折り畳まれて、人間の二本のすらりとした細脚になっているのだ。
パーティションラインが薄く見えている以外は、まったく普通の脚だった。
擬態すごい。変形ギミックすごい。
あそこのほうはどうなっているのか。早く試したい。
「……で? 金を積み増せば、俺が応じるとでも?」
「次はもう第三回戦となりますし、棄権ですと目立ってしまいますので、相手チームに不自然のない形で負けていただきたい」
「あのな」
俺はこみかみを揉みこんだ。
あー、ぶぅち殺してぇ。
いますぐこいつ、金棒で床の染みに変えたらすっきりするかなー? するんじゃないかなー?
まあ、気に入らないから程度でぶち殺していると、世の中の結構な人数をぶち殺すはめになるので、そこはすこし自制を働かせる。
俺が容赦せずぶち殺すのは、敵になったやつだけだ。そういう〝ルール〟を決めている。
俺の敵――。そして俺の女たちの敵――。どちらに対しても、容赦はしてやらない。ただのひとかけらも。
……と、そう決めているわけだから、明確に敵対するまでは、殺すのはやめにしておこう。床の染みを掃除するのも大変だし。掃除させる人に申し訳ないし。
金貨袋と一緒に、窓から放り出すぐらいにしておくか。
ここは四階だったか五階だったかなので、運が良ければ、生きてるだろう。
と、そう決めた俺が、ずいっと前に出たところで――。
「お――お待ちを!」
男が手をかざして、そう叫んだ。
「こ、今夜は他のものもご用意しております! ――聞けば、オリオン様は、女性に大変目がないとのこと! ――こちらに、この街でご用意できる最高の美女たちをご用意しました!」
男――ジョドーの合図で、部屋に女たちが何人も入ってきた。
「ほほう」
どれも極上の女たちだった。
「いい女だな」
俺は言った。
「そうでしょう? そうでしょう?」
ジョドーが顔を近づけてくる。俺たちは顔を近づけあって、うなずいている形になる。
ちら、と、後ろに目をやると――。
アレイダが、しらーっという顔をしていて――。
スケルティアはきょとんとしていて――。ミーティアはにこにこと天上界の笑みを浮かべていて――。クザクは天井裏なので見えやしない。そしてモーリンとコモーリンは、いつものように完璧な無表情――。
たとえば俺が、ここで美女たちを受け取る選択をしたところで、文句を言うのはアレイダ一人というわけだな。
「たしかに、いい女であるし、抱きたいとも思うが……」
「は? ……が?」
絶対の確信でもどこかにあったのだろうか? ジョドーは、「は?」と口を開いたままで、固まっていた。
「だが俺の主義に反する。――施しは受けん。お引き取り願おうか」
俺はドアでなく、窓を指差した。
ジョドーが首をふるふると頼りなく横に振り続けて、しかたがないので――。
金貨の載ったテーブルを引っつかみ、一挙動で、窓から放りだした。
今回はアレイダとスケルティアが、窓を開け放っていたので――。窓ごとぶち破るようなことはなく、金貨だけが、きらきらと撒き散らされながら、窓の外に落ちていった。
そして次にジョドーを指差し、次に窓を指差す。
おまえは窓から放り出されたいか、それとも自分で歩いて出てゆくか、どっちなのかと聞いたつもりだが、これは正しく伝わったようで――。
ジョドーは美女たちを連れて、部屋を出て行った。
「あーら、ざ~んねんっ♡ 美女の一山いくら、もらい損ねちゃったわね~♡」
アレイダがからかう口調で言ってくる。
ん? そう思うのか?
俺は時間を計った。彼女たちが四階から下りていって、一階ロビーに到着する時間を見計らって……。
……いまぐらいかな?
「よっと」
「ちょ――オリオンっ!」
俺は窓を越えて、ベランダから宙に身を躍らせた。
ここは四階だったか五階だった。隠密系の「軽身功」というスキルがあれば、その程度の高さから落ちても、軽やかに着地できる。
タイミングぴったり。着地した俺が後ろを振り返ると、ジョドーと美女たちの姿があった。
最上階から落ちてきた俺に、だいたいは驚いた顔を向けている。
「お……? おおっ!? 考え直していただけましたか!?」
「どけよ」
俺はジョドーを、ぽいっと脇に放り投げた。やつは縦回転して、十メートルぐらい吹き飛んでいった。
「君たちは、プロだろう? ……あいつに幾らで雇われた?」
美女たちのうちの一人を除いた全員に、俺はそう聞いた。
女たちは顔を見合わせる。成り行きがまだわかっていない、という顔だ。
俺にはわかっていた。女たちは娼婦だろう。――それも超高級な。
今夜は買い切られていたのに、仕事にならないのでは可哀想だ。
「……まあ。いくらであったって構わない。その10倍出そう。今夜、めいっぱい愉しまないか?」
娼婦たちの反応は、わかりやすいものだった。
皆、嬌声を上げ、俺の首に抱きつき、濃厚なキスをしてくる。
「じゃ――先に上に行っててくれ」
娼婦たちを見送って、俺は、残った一人に顔を向けた。
「――で、娼婦でない君は、なんでいる?」
娼婦でない一人は、バニーさんだった。
ここのところ毎日顔を合わせている。試合で審判兼アナウンサーを務める、彼女である。
「そりゃぁ、簡単ですよ。わたし、《あそびにん》ですからー」
「は?」
「そういう職、御存知じゃないです?」
いや知らないこともないが。某ゲームの職で見たことはあるが。あそびにんを極めることが、賢者へへの転職条件だったっけ?
「君は……娼婦なのか? なんでレフェリーをやってる?」
「娼婦じゃないです。《あそびにん》です。そりゃ、楽しいことなら、なんだってやりますよー? 《あそびにん》ですから」
バニー嬢は、お尻のふさふさの白シッポをふりふり。楽しくてたまらない、という顔をする。
「まあ、それはいいが……。なぜ女たちのなかに混じって来てたんだ?」
「抱かれに来たんですよ。――触りかたが上手だったので」
俺の反応は、ひどくわかりやすいものだったに違いない。
「じゃ――! いくか!」
「はい! いきましょう!」
俺はバニー嬢のお尻を撫で回しながら、建物の入口をくぐった。
このヒップにぶちこめる。ぶーちこめーる♪
◇
その夜は、滅茶滅茶セックスした。
娼婦たちとバニー嬢と、あとスケルティアとミーティアとモーリンと、全員でくんずほぐれつで、まぐわった。
いっぱいヤッた。
よかった。すごく、いがった。とくに《あそびにん》がスゴかった。
バニー嬢とヤレー! という声が聞こえてまいりましたので、ヤリました。
鑑定持ちの謎のお嬢さんのジョブは、「あそびにん」だった模様です。