第二回戦 「とらまえた。もやすよ。あついよ。」
最初はグー!
じゃんけーん、ぽん!
あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ!
『あのー、オリオン・チーム? はやく決めて欲しいんですけどー。もう試合、始まってるんですけどぉー?』
「うるさいぞ。すぐ決まるって。――あー!? なんでおまえ! チョキ出すんだ! グー出してたらいまの決まってたのに!」
「あいこで、ぽん! ぽん! ぽん! ぽん! よーし! 決まったーっ!」
「降参するぞ」
「まいったわ」
「まいりました」
「また負けちゃいましたー」
「負けです」
じゃんけんに負けた者が、手を挙げて降参して、石舞台から下りる。
今回も俺はまた負けてしまった。くそう。
じゃんけんに勝って、石舞台の上に残ったのは――。スケルティアだった。
「がんばってー! スケさーん!」
「……スケ。は。がんばる。」
「あんまり頑張るなよ。相手が可哀想だからな」
「……スケ。は。ほどほど。に。……がんばる。」
『さあようやくはじまりました、第二回戦――第三試合! 本日は前座の二試合もキリキリと消化され、ようやくメインイベントとなったわけですが……。どうでしょう? 解説のオリオン先生』
第一試合と第二試合が、前座扱いされている。
そして俺はまた解説役に自動的に就任している。
隣に滑りこんできたバニー嬢のケツを撫で撫でしながら、俺は渡されたマイクを手に取った。
『スケルティア選手は、モンスターとのハーフであるそうですが。今回もまた、開幕早々の〝大技〟を披露していただけるのでしょうかっ!?』
「――クラスチェンジ! ――クラスチェンジっ!! ――クラスチェーンジ!!」
観客席からの声が響く。大合唱となっていた。
俺はマイクを握りしめると――。
『おまえらー!? クラスチェンジが見たいかあぁぁぁーっ!?』
「見たあ――い!!」
観客席から、大合唱が返ってくる。
『見たいか――っ!?』
「見たあ――い!!」
『見たいか――っ!?』
「見たあ――い!!」
三回繰り返すのが、お約束というものである。
「だがおまえら間違えているぞ!! ハーフ・モンスターの場合はッ! クラスチェンジでなくて! 〝進化〟だ――ッ!!」
「ダ――ッ!!」
ここの観客。ノリがいい。ちょっと好きになった。
「進化? する?」
石舞台の上に一人で立つスケルティアが、小首を傾げて俺に聞く。
俺は親指を上側に向けて、サムアップサインを返した。
これまで進化条件は整っていたが、〝おあずけ〟を続けていた。
そこに〝存分にやれ〟と、合図を送ってやる。
スケルティアは、にいっと笑うと――。
「かこよく。なるよ。」
両腕を振りあげ、左右の手の10本のすべての指から糸を出す。
指先から噴き出る勢いの蜘蛛の糸は、みるみると量を増していって――スケルティアの全身を覆いはじめた。
やがて一個の〝繭〟ができあがる。
『おおっと――!? スケルティア選手の全身を繭が覆いましたーっ!! このなかで変身あるいは変態が行われるのでしょうか! ――解説のオリオン選手! 我々および相手チームの方々は、どれだけ待てばいいのでしょう!』
そういや、相手チームもいたっけな。
もはや名前も呼ばれていないんだけども……。最大枠の六人全員を揃えたパーティが、鎮座ましましている。
〝進化中〟のスケルティアを遠巻きに眺めている。
進化中に攻撃してくればいいだろうに、律儀に待ってくれている。
ちなみに開始の合図は終わっているので、もう試合は始まっている。
まあこの状況で攻撃なんぞしてきたら、ルール上は問題なくても、観客からは大ブーイングの嵐だ。
変身ヒーロー物でいえば「視聴率に関わる」というやつだ。
変身している最中のヒーローもしくはヒロインに、なぜ敵側が攻撃してこないのか、俺は子供心に不思議だったものだが……。いまその理由が解明された。
『――10!』
俺は、叫んだ。
「――10!!」
観客席からも、大合唱が返ってくる。やっぱりこの観客たち、ノリがいい。
『――9!』
「――9!!」
カウントダウンは大合唱と共に進む。
『――2!』
「――2ぃぃ!!」
『――1!』
「――1ぃぃィィ!」
熱狂するその声は、もはや悲鳴にさえ聞こえるほど。
『――0!』
『――0オオオォォォォ――ッ!!』
繭に、ぴしり、と、亀裂が入った。
内側から繭を突き破って、まず、クモの脚が出てきた。
一瞬――。
あれっ? ぜんぶクモになっちゃったのーっ? 話が違うじゃーん?
――とか思った俺だったが、やがて現れた〝全身〟を見て安心する。
まず基本的には、体長二メートル弱の巨大なクモである。
脚は硬くなめらかな白い磁器を思わせる材質で覆われていて、生理的嫌悪感を催すようなことはない。
クモのボディの頭部の上あたりから、人間の上半身が伸びていて――その部分は、以前のスケルティアのままだった。
下半身が動物といえば、有名な種族としてケンタウロスがいたりするが。そのケンタウロスの若い少女(牝馬?)みたいな感じで、これはこれで、すごくいい。
進化したてだから、全裸だった。
小ぶりな乳房を突き出すように胸を張っている。なんら、恥じいるところなく、堂々としている。
下のほうはクモのボディとなっているので、いまは見えない。隠す必要さえない。
そのクモのボディ部分は折り畳むことで、人型あるいは、他のあらゆる生物の形状に擬態ができるそうだ。たとえば人魚などにもなれるはず。
しかし、〝眼〟が二セットあるんだなー。
人間ボディの頭についている眼球と単眼群。それからクモのボディのほうについている、大小8個の一セットである。
「……だあ。」
片手をあげると、スケルティアはそう言った。「ダアーッ!」ではなくて「……だあ。」と、ローテンションになってしまうところが、スケルティアらしい。
『オリオン先生! 彼女の進化先の種族は――いったいなんなのでしょう!?』
鑑定持ちのバニー嬢がわからないはずはないので、これは演出だな。
解説役として、仕事をしようか。
『アラクネだ』
俺は、さもなんでもないことのように、そう言った。
その途端――。
『おおーっと!? ななな――なんと!? スケルティア選手が進化したのは!? アラクネです!? なんとあの伝説のモンスターです!』
いやべつに伝説ってほどでもないけどね。魔王城には、うじゃうじゃいたけどね。
しかしまあ、たしかに、魔王城くんだりで出没するモンスターは、〝はじまりの大陸〟と呼ばれている――この平和な土地では、伝説級のモンスターになるのだろうなぁ。
大陸一武闘会に、たかだか、転職を一回終えただけの重戦士程度が出場しちゃうくらいだしなぁ。
『皆様、もっと驚くべき事実があります! 手元の資料によりますと、なんとスケルティア選手の前身は、スケルティア種だったとのこと!』
だから手元の資料なんてないってば。俺は苦笑した。
このバニー嬢。いいなぁ。
『下級とされるモンスターから、こんな上級モンスターへと進化を遂げたその道筋は! その苦難は! 察して余りあるものがあります! まさにこれはッ! 神への長い道のりだーっ!!』
観客は、たぶんワケわかってないだろうが、大いに盛り上がった。
どんどんどん、と太鼓が打ち鳴らされる。
相手チームの応援席に座っている連中までも、またもや、スケルティアを応援している始末。
スケルティアは、はじめ、きょとんと観客席を見つめていたが、みんなが自分を讃えていることが、ようやくわかって……、ほんのちょっとだけ口許を緩めた。
嫌われ者と思って落ちこんでいた事もあったが、これでその小さなトラウマも解消されるとよいのだが。
さて――。
盛り上がるだけ盛り上がったところで、試合がようやく開始となる。
じつはもうとっくに始まってはいたわけであるが。
「スケ。……の。ばん?」
スケルティアが、まず動いた。
八本の脚で超高速移動。重力に従っていたのでは不可能なほどの鋭敏なダッシュ。石の床に無数の穴を穿ちながら進んでいるから、摩擦力もなにも関係なく、あり得ない機動ができるわけだ。
向こうチームのタンクは、盾を構える暇もなく吹き飛ばされた。
『おおーっと! 吹き飛ばされましたーっ!! 決め技はなんなか――見えませんでしたが!?』
『水平チョップだ』
俺は解説者として仕事をした。「空手チョップ」と言いたいところだが、さすがに伝わらないだろうから、自重する。
水平チョップといっても、技といえる威力でやっていない。
スケルティアの場合、漫才のツッコミレベルの「なんでやねん!」くらいの威力でやっている。それで充分な威力となる。
そして充分に手加減してもいる。
おそらくこのくらいの攻撃力と防御力の差があると、本気でやったら相手は挽肉になっている。
ぴゅー、と飛んでいった一人目が、石舞台から落下する。
『はい! ええと……なんとか選手! 失格です!』
相手チームのタンクは、最後まで名前も呼んでもらえなかった。
「つぎも? スケの。ばん?」
残る五人に対して、スケルティアは五本の糸を同時に投射した。
五人は逃げようとしたが、糸は神経が通っているかのように、どこまでも自在に追いかけていって、その体をからめとる。
糸をぐるぐる巻きにされた5つのミムノシが出来上がった。
「まいった?」
スケルティアが聞く。五人はすぐに降参すればよいところを、脱出しようと、もがいていた。
「あついよ?」
スケルティアの手の上に、小さな火球が浮かぶ。
あー、そういや、アラクネたちは、魔法使ってきてたなー。いや。魔法みたいな効果の固有能力か。まあどっちでも効果は一緒か。
火は糸に引火した。
糸にぐるぐる巻きにされていた五人は、そのまま燃えあがって――。
「熱い熱い熱い! ――まいった! まいりましたっ!」
ようやく〝まいった〟コールがなされたので、袖に待機していた魔法使い舞台が、コールド系の魔法で消化にあたる。
プリースト部隊も駆けつけて、治療魔法を施す。
「あつかった?」
八本の脚で地に立つ蜘蛛の王――アラクネは、倒した相手のところに行って、そう聞いた。
こくこく、と、うなずきが帰ってくる。
「もいっかい? もやす?」
ぶんぶんぶん、と、首が横に振られる。
「スケの。……かち。」
スケルティアは、にまーと笑顔になった。
『勝者――! スケルティア選手――っ! ――ではなくてっ! オリオン・チームっ!!』
あー、そういやこれ、団体戦だったっけな。
俺たちは第二回戦を突破した。
本日、もう1~2更新予定。