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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
10.みっつめの地 大武闘大会(商品は船)

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第一回戦・その夜 「この金で、次の試合を辞退していただきたい」

「この金で、次の試合を辞退していただきたい」


 夜――。

 宿のロイヤルスイートルームを訪れた使者は、テーブルの上に金貨袋をぎっしりと積み上げると、そう述べた。

 金貨のいくらかは、袋から溢れて、テーブルの上にこぼれ出してしまっている。


 キラキラしている(ゴールド)貨幣に、スケルティアがきらきらとした目を向けているが、あれはべつに金に目がくらんでいるわけではなくて、単にきらきらしたものが好きなだけ。


 スケルティア以外の者は、俺も含めて、どや顔を浮かべる使者に対して、しらけた顔を返していた。


 ……が、どうも、この小男。

 俺たちの向ける空気に、気づいていないっぽい。


「どうです? 悪い取引ではないでしょう。べつに負けてくれと言っているわけではありません。……そうですね。急用が出来たので第二回戦は辞退したい。――などと運営に連絡して、この街を立ち去っていただくというのは? 貴方方はそれでこの大金を手にすることができますし、我々のクライアントはそれで


 その〝クライアント〟とゆーのが、どこの誰なのかはしらんが……。

 妥当に考えれば次の対戦相手あたりか?


 まあどうでもいい。

 ほんとーに、どうでもいい。

 マジでぶっちゃけ死ぬほどどーでもいい。


 俺は怒るとかムッとするとか、そういう次元を通り越えて……、俺はただ、呆れ返っていた。

 精神状態としては「疲れ」というのが、もっとも近い状態になるだろうか。


「はあぁ……」


 俺は、深い深いため息をついた。


 小男は、それを〝感嘆〟と受け取ったようだ。

 顔をほころばせて、手揉みをはじめる。


「そうでしょう? そうでしょう? ……これほどの大金。貴方がたが一生かかっても見ることはできないかと。これ全てが一夜で手に入るのです。こんな良い取引は――。は?」


 男がくだらない言葉を口から垂れ流すのをやめて――、は? と俺を見返してきた。


 俺が手をあげて、指で、ドアを指し示していたからだ。


「あの……? それは……? どういった……? 意味で?」


 小男が顔を曇らせる。

 ようやく、なにか違和感を覚えはじめたようで、俺の顔を、ようやく見た。


 こういう手合いは、俺は昔からよく知っていた。

 ニコニコ愛想の良い笑顔を浮かべてはいるが、その目はじつのところ、前に立つ相手を見てはいないのだ。

 相手を下に見ている――ぐらいなら、まだマシなほうで、それどころか相手を人間とさえ見ていない。物を考え、感情を持つ相手と思っていないということだ。

 金をくれてやれば、喜びのリアクションを返すロボットぐらいにしか思っていない。


 こいつらのような人種にとっては、大金をくれてやるのに、喜び以外のリアクションを返す者の存在は、感知も想定も認識さえもできないのだろう。


「……ええと?」


 小男は、憮然とした顔の俺を見て、完璧な無表情のモーリンを見て、汚いものでも見る顔のアレイダを見て――。

 向こうの期待する顔が、そこにないことに、困った顔になって――。


 キラキラしているスケルティアと、にこにこしているミーティアとに、すがるような顔を向けた。


 だがスケルティアとミーティアの二人が、キラキラないしは、にこにこしているのは、キラキラが好きなだけと、〝金〟というものの意味をおそらく知らない箱入りなだけであって、小男が期待する「金に魅了されている」とかではない。


 どちらも俺に、小男の申し出を受けるように進言することはない。


「あのぅ……? ええと……? 大金ですよ? 欲しくはないのですか?」


 言わなきゃ、わからんのか。

 だが口をきくのは、果てしなく面倒だった。


 よって俺は――。

 金貨袋が満載したテーブルに手をかけ――。

 腕の一振りをもって、テーブルそのものごと――窓に向けて放り出した。


 がっしゃーん!!


 山のような金貨は、ロイヤルスイートのペントハウスの窓をぶちやぶって、通りへと落ちていった。

 しばらくすると、下のほうから、「金だ金だ!」「拾え拾え!」などという声が聞こえはじめた。


 俺はテーブルを放り出したのと、違う側の腕で――ドアを指差した。


 窓から放り出されるのと、ドアから自分で歩いて出て行くのと、どちらか選べ――という意思表示だったが。

 さすがにこれは、相手にも伝わったらしい。


 小男は、ぎくしゃくとした足取りで、部屋を出て行った。


「はぁ……、なんなんだ。……ったく」


 ドアが閉じるまで見送って、俺は、深い深いため息をついた。


「あー、もー、どうすんのよー」

「なにが?」


 アレイダが言うので、俺は聞いた。


「窓」

「あー……」


 ぶち破られた窓がある。かろうじて繋がった窓枠で、ぷらぷらと揺れている。

 木材の破片に還ったテーブルと、ガラスの破片が

 金貨はぜんぶ通りに落ちた。そのように薙ぎ払った。


 スケルティアが、ベランダに金貨が落ちてないか探していたが、キラキラしたガラスの破片を見つけて、それを拾って、にまーっと笑顔を浮かべた。

 キラキラしていれば、金貨でもガラスの破片でも、どちらでもいいらしい。


 部屋を壊した旨を、宿の経営者に告げて――相応の修理代を払った。

 すこし出かけて、街で庶民の味を堪能して帰ってきたら――ごく短時間のうちに、部屋も窓もすっかり元通りとなっていた。

 さすがプロ。


 俺たちのトーナメント第一日目の夜は、こんなふうにケチがついてしまったが――。


 部屋もすっかり元通り。

 オードブルをルームサービスで頼んで、酒のリストから値段を見ずにフィーリングで決めて、食って飲んだ。


 食って飲んだら、三大欲求のその次だ。

 そして四畳半ぐらいもある巨大なベッドの上で、モーリン、アレイダ、スケルティア、ミーティアと、全員一緒に可愛がって――。


 ん? クザクがいないな? まーた天井裏か。なぜ混ざらない?

 天井裏から覗くのは、もうほとんど、あいつの趣味なのだと思うことにする。覗いてこっそり一人でするのが趣味なのか。


 まあともかく――。

 俺たちは、ケチがついたことなど忘れきって――。

 トーナメント一日目の夜を、楽しく過ごした。

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