武闘会にエントリーする 「あれ……、顔だけはいいわねえ」
武闘会への出場を決めたので、さっそく、受付のある闘技場入口へと向かう。
闘技場前広場は、人でごった返していた。
「うわぁ……、こんな人……、すごい人の数……、こんなの見たことない」
アレイダがぼんやりとつぶやいた。雑踏に入っていけずに、手前で立ち止まっている。
二の腕あたりをぷるぷると震わせているが、あれ、無自覚なんだろうな。
かわいい。萌え。……なんて、駄犬に対しては思ったりはしない。ぜったいしない。
スケルティアのほうなんて、びっく
うん。こっちは。かーいー。かーいー。
このまえ立ち寄った王都も人が多かったが、ここの人密度は、現代世界におけるイベント会場のそれである。
出店まで出ている。
そして、ただ人が多いというだけでなく、あちこちで有名人でも来ているのか、小山のような人だかりが、いくつも出来上がっていた。
「なんだ? アイドルグループでも来てるのか?」
「……な? なに? あ? ……あいどる?」
「こっちの話だ」
うちの駄犬は、わからない言葉にいちいちついてこようとする。
モーリンが中空を見上げて――。ああ、という顔になる。
「芸能活動としては、演劇の役者が、その概念に該当するかもしれませんが――。あそこにいるのは、違う種類の人間ですね」
小山のような人だかりに近づいてゆくと、それは、一人の男を取り巻くミーハーな集団なのだとわかった。
「あら。イケメン」
アレイダがそんな言葉をぽつりと洩らしたので、ぎぬろ、と目を向ける。
ミーハーな駄犬は、そっぽを向いて素知らぬ顔をしている。鳴らない口笛なんて吹いている。
まあたしかに控えめかつ客観的に言っても、その男の容姿は整っていた。金髪碧眼。彫りの深い顔は、造形だけは確かに美しく――。
だがなんというか。全体的に漂う雰囲気が、どうもいけすかない。誠実でないというか。チャラチャラしているというか。
イケメンのダビデ像みたいな青年は、まわりを取り巻く女たち(男たちも半数ぐらいいる)に、愛嬌を振りまいている。
あれで女だったら性格が多少アレでも、アリなのかもしれないが――。男なのでアウトだ。確実に有罪だ。
「ねえちょっと。オリオン。なに睨んでいるのよ?」
「睨んでなんかいないぞ」
「じゃあガンつけしてる」
「同じ意味だろ」
「だから見ず知らずの人にガン付けするの、やめなさいって言うの」
「俺がいつガンつけしたっていうんだ?」
「べつにちょっと見ただけでしょ?」
「おいちょっと待て。なんでおまえが見たから、って理由になってんだ?」
「だってそうでしょ」
「だいたい見ただけじゃなくて、ゆってたろ。――〝イケメン〟って」
「ほうらやっぱり。――ほらほら。スケさん。覚えとこうね。あれが嫉妬してるときのカオーっ」
「おりおん。……しっと? してる?」
「してない」
俺はぶすっとした。
俺をイラっとさせる理由はもうひとつあった。それは、やつの後ろに立ってる〝のぼり〟だった。
まずは名前。「マイティ・エイティ」――リングネームかなにかか? 恥ずかしくないのか?
そして俺が最も不愉快にさせるのが、のぼりに書かれた、その〝二つ名〟であるわけだが――。
「ええと……、〝人類史上最も勇者に近き者〟――マイティ・エイティだって」
読むなよ。駄犬。
「いくらなんでも勇者様を引き合いに出すのは……、ちょっと不敬なんじゃないのかなー」
アレイダは笑っている。
俺は憮然としている。
なんだその、〝勇者に最も近き者〟ってのは?
だいたい〝人類史上〟もなにも、50年前に本物の勇者が実在したわけだろ。最も近いもなにも、すでに〝本物〟がいたわけだろ。
なにそれ? 〝本物〟はカウントに入ってないの? 〝本物〟を除いて、もっとも勇者に近いとか、そーゆー意味なの?
最も勇者に近いってことは、つまり、勇者ではない、ってことだろ。
つまりニセ勇者ってことだよな。そんなことを、おおっぴらに、宣伝しちゃっていいわけ? それどこがカッコいいわけ?
あまりにもムカついたので、鑑定してやる。
鑑定スキルを発動させる。やつのステータスを覗いてやろうとすると――。
うおお。生意気にも抵抗された!?
「おい。モーリン」
「はい。なんでしょう」
「鑑定しろ」
「かしこまりました。――成功です」
ふふふ。大賢者の鑑定スキルは、さすがにレジストできなかったようだな。
「職は?」
「村の勇者……となっていますが」
「は?」
俺は口をぽかんと開けた。
「なにそれ? 勇者に種類とかあったの?」
「はい。ございます。勇者の職には、下位職として、村勇者、街勇者、国勇者、大陸勇者……などがあり、最上級職が、なにも修飾詞のつかない〝勇者〟となります」
しらんかった! しらんかった! しらんかったーっ!?
勇者業界長いけど、ぜんぜん、しらんかったー!?
「マスターの場合には、はじめから最上級の〝勇者〟でしたから、途中経緯は御存知ないはずです」
そ、そうなのか……。
「唯一無二であり、世界において常に一人しか存在できないのは、この最上級職の〝勇者〟だけで、他の下位勇者のジョブには、上限人数はありません。複数名以上が就くことが可能です。英雄的な行為を行えば転職条件が整うこともあります。ただ、下位勇者は劣化版ですので、メリットは特になく、たとえ転職可能であっても、なる人間はほとんどいませんが……。たとえば村の勇者ですと、初歩的な回復魔法が使える程度です。ナイトのほうが断然強いくらいで……」
「ホイミか」
「はい?」
「いや。こちらの話だ」
なるほど。だいたいわかった。
ニセ勇者に対するイラだちは、すこしは収まった。つまりは、取るに足りないザコということだ。そんなザコが少々目立っているからといって、わざわざ俺が腹を立てる理由など――。
やつはまっすぐこちらに向けて歩いてきていた。
ああ。そういえば鑑定スキルを使ったんだっけな。向こうにも鑑定したことはバレているわけか。
「やあ。君たちもトーナメントの参加者かな?」
マイティ・エイティ君は、俺たちに近づいてくると、爽やかなイケメンスマイルを投げかけてきた。
「職業柄。好奇の目を向けられることには慣れていてね」
なにが職業柄だ。「勇者」なんていう職業はねえっつーの。世界を救うために心骨磨り減らすブラックな仕事ならあるけどな。そんなに目立ってファッショナブルで、トリコロール・カラーのド派手な青白黄なんつー、ガンダム色の鎧を着ているおまえみたいなイケメンは、とてもブラック稼業には見えねえがな。
「お嬢さんがた。君たちも参加するのかい?」
せっかく俺がガンつけしてやっているとゆーのに、この腐れイケメンは、娘たちのほうに話しかけていた。
「ほらごらんなさい。マスターの珍しい表情が見れますよ」
モーリンが言う。コモーリンが、こくこくとうなずいている。
おいそこの世界の精霊。一人二役で愉快な芸だな。
「ぎりぎりとされているマスターも良いものですね」
いつ俺がギリギリした? 何時何分何秒だ?
「君がリーダーなのかな?」
腐れイケメン偽勇者は、アレイダに話しかけている。
「え……、と……」
アレイダは、ちら、ちら、と俺のほうを見てくるが――。
しらん。自分で対処しろ。他の男にナンパされたときの正しい対処をしなかったら駄犬とみなす。ちなみに正しく対処したとしても、声をかけられている時点で駄犬決定だがなっ。
「あの……、えっと……、まあいちおう参加予定で……、〝彼〟が出ろっていうもので……」
よし。さりげなく〝彼〟とか言っている。俺に所有されているのだということを伝えている。80点をくれてやる。
「この大会は君たちのような、美しい女性が出るには危険すぎる。これから受付をしにきたのかもしれないが、辞退することをお勧めする」
イケメンは出場辞退を薦めてくる。
「いやー……、そういうわけにもぉ~……」
アレイダは、ちらっ、ちらっ、と俺を見てくる。
しらん。たかってきたイケメンくらい、自分で処理しろ。
「おい小僧。出場するだけムダってぇーもんだぜ」
俺の肩を掴んでくるやつがいた。
筋肉だるまの巨漢が、俺の肩を掴んできていた。
腐れイケメンのチームの仲間か、それとも単なる取り巻きか――。
「どうせエイティ様が優勝するに決まってんだからな……。おまえみたいな貧弱な坊やは、来年また来たほうがいいぜ。四年に一回だから、来年はやってないがなぁー! あーっはっは!!」
なにが面白いのか、大男は高笑い。
そして俺の肩に、ぎりりと握力をかけてくる。
なんだこいつ。
俺のことを「貧弱な坊や」とか呼んでいたようだが、その貧弱な坊やの肩を握り潰しでもして、いたぶるつもりか?
こういう手合いには、遠慮はいらないな。
肩を掴んでいるそいつの手首を――俺は掴み返してやった。
「う……? おっ!? なんだ! なにすんだ! おめえ――!?」
男の手首は、俺の指が回らないぐらいの太さがあったが――。構わず指の力だけで掴む。
俺の指は、みりみりと肉と骨にめりこんでゆく。
数トンもある鉄塊を振り回せる握力だ。
まずは俺の肩から、男の手をもぎ離し――。
つぎに俺は、男の手首を掴んだまま――その無駄に大きな体を宙に浮かべてやった。
だれが小僧だって?
俺は凶暴な笑みを浮かべた。
「や……、やめろ……!」
やめない。
俺は片手一本で、男の体を振り回した。
べちん、べちんと、石の地面に叩きつける。何度も繰り返し、濡れた雑巾を叩きつけるような音がするようになってから、頭上で一度、止める。
「や……、やめへぇ……、くりゃひゃい……」
よし。ようやくまともな言葉遣いになったな。
俺はぼろぼろとなった大男を、イケメンの足許に放り投げてやった。
「そいつは、おまえの仲間か?」
牙を剥いて、たずねる。
イケメンは、こくりと、うなずいてきた。
「俺も出場することに決めた」
「え? ちょ――オリオン? 出るのはわたしたちだけだって――」
「気が変わった」
アレイダの腰を抱き寄せる。
よくくびれたウエストと、張りだしたケツを、手でいやらしく撫で回しながらも、目はイケメンに据えたままでいる。
「ちょ――!? 人前でっ……、やめっ!?」
いけすかないイケメン偽勇者に対して、俺は――。
「俺は優勝することに決めた。俺の女たちとな」
そう宣言してやった。
◇
ビラをよく読んでいなかったもので、エントリー受付時間がギリギリだった。
申し込み用紙に、焦りながらせっせと全員の名前を書きこんだ。
大見得切ったわりには、ちょっとカッコ悪かったーっ。