大武闘大会 開催さる 「そういえばこんな時期だったっけなぁ」
うーん。……いい朝だ。
てゆうか。もうすぐ昼だけどな。
俺はベッドから一人で抜け出すと、開け放たれた窓からベランダへと出て行き、陽光の中で大きく伸びをした。
そこそこ大きな街や村を訪れたときには、そこで宿を取ることにしている。
今回も、街で一番高級な宿屋の、最上階の一番高い部屋を、丸ごと借り切った。
向こうの世界で言うなら「ペントハウス」といった趣の、特別な部屋だった。
裕福な大商人ぐらいしか泊まらないらしい。値段のほうも、まあべらぼうな額ではあったが――。
アレイダとスケルティアとミーティアの三人を、適当な難易度のダンジョンに連れていって、大絶滅させる勢いで刈り尽くせば、すぐに稼げる程度の額でもある。
以前は、他の堅気の冒険者たちの迷惑を考えて、あまり大絶滅はしないように心がけていたのだが……。
どうやらダンジョンには「リセットスイッチ」なるものがあるらしい。そんなものが発見されたという裏情報が、リズ経由で回ってきていていた。そういうものを見つければ、気軽に大絶滅をさせられるというものだ。
そんな大発見をした冒険者たちのグループに、俺は個人的に報償金を送った。まあたいした額でもないが。
「おい。そろそろ誰か起きないか? ――腹が減ったぞ」
声をかけてみるが、女たちの誰もが無反応。ベッドで死体のように懇々と眠るばかり。
……。
昨夜はおたのしみすぎてしまった。
いや。コスH。はじめてだったもんで。つい。
水着H。燃えた燃えた。
昼間の海水浴で皆の水着姿に、じつは劣情を催していたが、プライベートビーチとかであればともかく、さすがに人目もあるところでヤるわけにもいかない。
べつに俺は構わないし、船乗りたちも愉しんでくれるだろうし、モーリンとスケルティアとミーティアあたりも気にしないと思うが。ギャースカと騒ぐこと請け合いの駄犬が一匹いて、萎える未来しか見えなかった。
だからやめておいた。けっして駄犬の気持ちを配慮したわけではない。俺はそんなに優しくない。
そのかわりに、部屋に入ってからは、四人を相手に燃えに燃えた。溜めきった劣情をすべて炸裂させた。
そして燃えすぎてしまった結果が、今朝のこの惨状というわけだ。
しかし、ほんとにみんな起きねえな。
リジェネ持ちの駄犬くらい、復活してきてもよさそうなものだが……。
「おーい。俺は腹が減ったぞー」
もういっぺん、声をかけてみる。
このくらい上等の部屋だと、ルームサービスがつくわけだが、それは当然、断っている。
人生80年として、一日三食×三六五日×八〇年で、合計、8万食ぐらいしかない。
なるべく多く、俺の女たちの作った食事を食べたいと思う。
「おい。モーリンの小さいほう」
俺は女たちのほうではなく、部屋の隅に向けて呼びかけた。
部屋の隅の椅子の上で、正しい姿勢で座っていた少女が、ぴくりと身じろぎをした。
一晩のあいだ、そこでずっと、コモーリンは微動だにせず座っていたわけだ。
昨夜の乱交騒ぎで消耗しきっているのは、大人のほうの肉体だから、こっちでサスペンドしていた予備ボディのほうは、まったく余裕があるわけだ。
地下大空洞の世界樹の枝に、コモーリンを拾いに行ったことは、ひょっとして俺が原因だろうか? 夜が激しすぎて、昼間の活動に支障が出てしまうから?
だとしても、そっちの方面を自重するつもりは、まったくないな!
俺は腕組みして、ふんぞり返った。
下半身のほうで自己主張する物体を、起動を終えたコモーリンが、じいっと見ている。
上半身とおなじようにふんぞり返っているその場所を、年端もいかない少女の冷ややかな目が、じいっと見ている。
これはこれでイケナイ趣味が目覚めてしまいそうである。
そういえばコモーリンが見ていることに対しても、駄犬はギャースカと騒いでうるさかったっけな……。
そこは「性教育」ということで黙らせた。
正確には黙りはしなかったのだが、口が忙しくなるように、しゃべれなくさせてやった。
「なにもできませんが。パンとハムで、サンドイッチでもかまいませんか?」
「おまえが作るなら、なんだって食うぞ」
俺がそう言うと、コモーリンはその顔をすこしうつむかせて、耳たぶを赤くさせた。
おお。かーいー。かーいー。
セックスを凝視していても、まばたき一つしない。朝特有の元気なナニを見せびらかせても真顔のまま。それなのに、こんななんでもない言葉ひとつで、耳たぶ、真っ赤っか。
コモーリンは、カバンから出してきたパンを、手刀でさくさくと切り分けた。
そして同じくカバンから出してきた生ハムの塊を、おなじく手刀で薄切りにスライスする。
器用なもんだな。あれは料理関係のスキルか? 俺も取っておいたら、なにかの役に立つだろうか?
前々世の勇者人生においては、俺にスキル選択の自由はなかった。
全権を持つ全能の大いなる魔女モーリンの手によって、すべてのスキルの割り振りは「最大効率」で、「魔王を倒す」こと、その一点に向けられていた。
効率厨なんていう言葉が生やさしく聞こえるほど、徹底した管理を受けていた。
今回の人生では、好き勝手やっている。
スキル取得も、娘たちの育成に必要なものを、その場その場で無計画に取っているだけだ。
このあいだ姫の寝室に忍びこむために隠密系のスキルをだいぶ取ったので、鑑定スキル持ちが俺のスキル構成を覗いたら、暗殺者かなにかだと思うことだろう。
もし鑑定成功して覗くことが出来れば、だが。
あと「勇者」という職を見落としていれば、だが。
「できました」
皿はなく手渡しで即席のサンドイッチが渡される。
「俺のぶんだけか? おまえのぶんは?」
「いえ、私はけっこうで――。こちらの体は待機中は代謝を落としていますので、そんなに食物を取る必要は――」
ああ。コモーリンを可愛くさせるアイデアを、俺はひとつ思いついた。
サンドイッチに齧りついて、もっしゃもっしゃ――。
そしてコモーリンを抱き寄せると、その唇を奪って――。そして口移しで――。
「~~~! ――……!?」
目を大きく見開いて、小さな体が、じたばたと暴れる。
この少女の小さな体では、さすがにセックスはできない。そこは自制している。俺は自重はしないが、自制はする。
だがキスならまったく問題はない。そして〝口移し〟も同様にまったく問題はない。
抵抗が止むまで抱きすくめておいて――。
「うまいか?」
俺はそう聞いた。
コモーリンは口の中のものを飲みこんでから――。
「こんな……、口移しは……、聞いたことが……ありません」
耳たぶまで真っ赤っかー。
うん。かーいー。かーいー。
「……なにやってんのよ?」
機嫌の悪そうな声が後ろから聞こえてきて――、俺は機嫌よく振り返った。
憮然とした顔でアレイダが立っている。
やっぱリジェネ持ちが最初に復活してきたか。
「朝の食事だ。おまえも食うか?」
「そーゆー食べかたをさせられるんじゃなくて、普通に食べるのならね」
「ほらスケさん。起きて起きてー。起きないと、オリオンにまた襲われちゃうわよー?」
「……ん。おそって。いいよ。」
目をこしこしとやりながら、うちの娘の可愛いほうが、可愛いことを言いながら目を覚ます。
「おはようございますぅ~、ふわあぁ」
うちの娘の豊かなほうは、伸びをした拍子に、娘たちのうちでも最も豊かなその部分が、ぷるぷるぷるんと複雑に三次元の軌跡を描く。
あ。襲っちゃおうかなー。……とか、一瞬思わないこともなかったが、昨夜の今朝なので、さすがに自制しておく。
「表の通り。騒々しいわね。なにやっているの?」
ベランダに立つ俺の隣に、アレイダがやってくる。
シーツをずるずると引きずって、身にまとっている。
まったくこいつは。昨夜もあれだけ乱れて、あんなところもこんなところまで、すべて余すところなくご開帳で見せまくりだったというのに、朝になるとこんなふうに別人みたいになって、恥じらいながら裸身を隠す。
そこがおかしくて可愛くて、ついついやりすぎてしまって、恥も外聞もなくなるくらい、わけわからなくさせてやったりして――以後、繰り返しでエンドレスとなってしまうわけだけど。
こいつはやっぱり朝になるとシーツをまとって、はにかむ顔を俺に向けてくるのだ。
昔……。泥と垢にまみれて檻の中にいても、こいつは気高い獣の目をしていた。
俺はこいつのそういうところに惚れている。
「な……なに? なにニヤニヤしてんの? またイヤらしいことを考えていたんでしょう?」
「あたり……だが、はずれでもある」
「なによそれ?」
男のセックスには、イヤらしくドロドロとした欲望と、ピュアでプラトニックな気持ちとが同居している。
こいつにはわからないだろうなー、と、俺は思う。あるいは女にはわからないことなのかもしれない。
「なにか失礼なことを考えられている気がするわ。絶対にそう。決まってるわ。――ほらスケさん。ああいう顔は、そうなんだから。覚えときましょうね」
「あれ。ほめるとき。……の。かお。だよ?」
「なにか下が賑やかだな」
俺はパンとハムだけの質素なサンドイッチを頬張りながら、下の通りの様子に目をやった。
「それさっき、わたしがゆった」
「あら……、なにか楽しそうですねー。パレードでしょうか?」
ミーティアもベランダに出てて俺の脇に並ぶ。こちらは生まれたままの姿というやつだ。
「ちょ――ミーティア!? 見える見える! 見えちゃうから!」
「見せるぶんには、俺は一向に構わんが」
「オリオン様がそう申しておりますので」
ミーティアは馬でいるほうが長いわけだな。そして馬でいるあいだは常に全裸を晒しているんだったな。
下の通りは人でごった返していた。曲を演奏しながら隊列を組んで歩く男女。花とともにビラなんかも撒かれているようだ。
スケルティアが狙いをつけて、しゅっ――と、糸を飛ばした。引き戻すと、ビラが一枚くっついてきた。
一緒についてきた花を髪に挿してやって、ビラを手に取る。
本当は〝花〟が欲しくて、ビラはついでだったことを、俺はきちんと理解している。
「あー……、なるほどな……」
「ねーねー? なんて書いてあんの?」
俺はビラをアレイダにパスした。
「記念日となって、毎年、開催されているそうですね」
ベッドに寝そべったままのモーリン(大)のほうが、そう言った。まだ気怠げだ。
かわりに小さいほうが、くるくると動き回っている。
「そういや……、こんな時期だったな……」
俺はぼりぼりと頭を掻いた。
まったく失敗だ。
この港街には、単に、かつての勇者としての旅のルートだったから立ち寄っただけだ。
観光して、あちこち見て回ったら、次の場所に向かおうと思っていたのだが……。
「御存知だったと思いましたが」
「いや。偶然だ」
モーリンも間違えることがあるわけか。俺は本当に忘れていた。まったくの偶然だ。
ちなみに、いまの台詞は近くに来ていたコモーリンからのもの。無線で繋がってるサテライトスピーカーみたいなもんだな。
「ねえ? なに? なんの話?」
「読め」
アレイダはビラを手にしている。それを読めと、促した。
「ええと……、なになに? 大武闘会……、開催さる?」
「そういや……、こんな時期だったっけなぁ……」
昔々、五十年ほども昔には――。
この街は、〝勇者〟が旅路の途中で立ち寄った街だ。
魔王を倒す旅をしていた勇者は、次の大陸に渡るために、どうしても〝船〟を手に入れる必要があった。この街で開かれる武闘会の優勝賞品が〝船〟と聞いて、この街にやってきたわけだ。
現在では〝船〟はそこまで希少なものでもないし、定期航路ぐらいはあるので、次の大陸にはそれで渡ろうと思っていたのだが……。
世界を救った〝勇者〟が優勝し、船を得て、魔王を倒す旅に向かったことを記念して――武闘会は四年に一度、開催されているらしい。
今年はたまたま、その年にあたっていたというわけだ。
まさにその〝記念日〟の直前に、まるで狙い澄ましたように到着してしまった。
そして戦力的にも……。アレイダとスケルティアの二人は言うに及ばず、ミーティアの育成も、そこそこは進んでいる。
べつに魔王城だのラストダンジョンだのに送りこむわけではない。こんな一般レベルの武闘会なら、充分なサポートのできる後衛魔法職として育っている。
時期もぴったり。戦力もぴったり。まるで武闘会に合わせてやってきたみたいであった。
ここまで偶然が重なっていて、これで出場しなければ、逆に、逃げたみたいな感じになって――。まあ、癪ではある。
ビラを見ると、エントリーはまだ間に合う。本日が最終締め切りだそうだ。「強者求ム!」なんて書かれている。
すでにエントリーしている出場者の名前が書いてある。錚々たる出場メンバーだそうだ。
無論、市井のレベルにおける〝錚々《そうそう》〟なわけだが――。
こいつらを出場させるのは、初心者向けの狩り場でパワーレベリングするみたいで、なんだか気が引ける気もしないでもないのだが――。
「武闘会? 出るの? ――オリオンが?」
駄犬がのんきなことを言ってやがる。俺は苦笑した。
「俺が出るわけないだろう。面倒くさい。おまえが出るんだよ」
「えーっ! わたしぃ!?」
「いや。おまえ、じゃないな。おまえらだな」
「私たちも……? ですの?」
「スケも? でる?」
「ああ。チーム戦ということだからな……」
俺は天井に、ちら、と目をやった。
「――クザク。おまえも出るか?」
ぴら、と、紙が落ちてくる。
「主がお命じくだされば」
前衛一人。中衛二人。後衛一人。
……おお。なんかすげーバランスがいいぞ。
というわけで――。
俺は〝仕方なく〟――武闘会に出場することにした。
出場するのは俺じゃなくて、俺の娘たちだがな。