表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
10.みっつめの地 大武闘大会(商品は船)
68/161

とある大陸端の港町 「海って……なに?」

 かっぽん。かっぽん。

 ゆるゆると登ってゆく一本道の頂上に向けて、馬車を歩かせる。


 俺は御者台に座って手綱を握っていた。ミーティアは頭のいい馬だから、指示を出す必要などないわけであるが……。

 手綱を持っているのは、まあ、気分だ。


「ね。まだ着かないの?」


 馬車の幌をめくって、アレイダがひょいと顔を出してきた。

 この馬車は魔法の馬車で、その内側は亜空間へと繋がっている。俺は屋敷をまるごと運んでいるわけだ。


「そこの丘を越えれば見えるはずだが」

「ね。隣。座っていい?」


 俺が片側に寄ると、若い女の尻が隣に滑りこんできた。


 なんでか。こいつ。俺が御者台に座っていると、隣に座りたがる。

 抱かれに来たのかと思って、馬車を止めてそこらの木に押さえつけて、いたそう(、、、、)としたら、「ちがう!」と怒られた。


 抱かれにきたわけではないくせに、二の腕と太腿の肌とを、俺に密着させにきやがる。その状態と、セックスしている状態とのあいだにある微細な違いは、俺にはよくわからんのだが、こいつにとっては重要な違いであるらしい。

 まったくわけがわからん。


「ね。次の街も、オリオンが、昔立ち寄ったところなんでしょ?」

「ああ、そうだが……」


 こいつに昔の話はしていなかったはずだが……?

 前世やら前々世やらの件については、まったく話していない。話す必要がないのと、話したたときに面倒くさそうだからだ。

 絶対に言う。前世と前々世を足したら「おじいちゃん」だとか、こいつは絶対に言うに決まってる。


「その街って、どんな街?」

「基本的には通り過ぎていっただけだから、あんまり知らんが……。船がたくさんある港町でな」

「船? 港? なにそれ?」


 アレイダのやつは、目をぱちくりとさせている。


「知らんのか?」

「あー、ちょっと待って……。なにか聞いたことある。……そうだ! 船っていうのは、あれでしょ! 川とか湖とかに浮かぶやつ!」

「はずれだ。海を渡るやつだよ」

「海? ……だからなにそれ?」

「海も知らんのか……」


 俺はため息をついた。学のない駄犬だなぁ。

 いや。この世界の人間なら、こんなもんか。

 俺の前世における現代世界でも、実際に海に行ったことのない者は、けっこういるような気がする。そういう者でも、海を知らないということはない。なぜならテレビで見るからだ。


 しかしこの異世界にはテレビはないので、自分の目で見たことのない者は、本当に知らないというわけだ。

 なんか、転生者が色々持ちこんでいるらしいので、そのうちテレビも導入されてしまうような気もする。


「ねえ? 海ってなに? どんなの?」

「海っていうのはな……」

「じゃあ船ってなに? どんなの?」

「……」


 矢継ぎ早に質問をされて、俺はすっかりめんどうくさくなってしまった。教えてやるかわりに、前方を指差すことにする。


「――あれが、海だ」


 丘の頂にさしかかると、道は下りにかわった。前方には青々とした海が広がっている。


「え……? なに? あの青いの……? 青い……地面?」


 俺は思わずくすりと笑ってしまった。地面ときたか。

 はじめて海を見る人間としては、まあ、そんなところだろうな。


「あれが、海だ」

「なにあれ? なんで青いの?」

「水だから、青いんだ」

「うそよ」

「なにがうそなんだ?」

「だってあんなにたくさん、水があるはずないもの」


 俺は笑いをこらえるのに必死になった。

 アレイダのやつは真顔で言って、絶対に正しいことを言っている顔で――あまつさえ、どやっ、と胸を張っていたりする。

 それが可愛すぎる。


「く……、ははっ! ははははははっ!」

「なによ? なんで笑うのよ?」

「まあ……。近くに行けばわかるだろうさ」


 俺は目尻の涙を拭いながら、そう言った。


    ◇


「すごい……。これぜんぶ……。ほんとうに水なのね?」


 海辺にきて、港の岸壁のところに馬車を駐めて、海の水がすぐ真下に見えるところまで、皆でやって来ていた。

 ミーティアも馬から人間に戻り白いドレスで歩いている。

 なんと総勢六人だ。はじめはモーリンと二人きりだったのに、ずいぶん増えたものだ。


「どうだ? 本当だったろう?」


 目を丸くしているアレイダに、俺はそう言った。


「すごい、オリオンが、うそつかなかった……」


 なんじゃそりゃ。俺がいつ嘘をついた。今夜はおしおきだな。

 いや。……いますぐやろう。そうしよう。


「本当に水かどうか、入って確かめてこい」

「え?」


 俺はアレイダのケツを蹴った。


 え? という間抜けな顔をしたまま、アレイダのやつは、ばっしゃーんと、水柱を上げて水面に落ちた。


「わぷっ! わぷっ――なにすんの! ――って! なにこの水!? 塩からーい!?」


 アレイダのやつは文句言ってるのやら、喜んでいるのやら。塩水にびっくりしているやら。


 海に落ちてばしゃばしゃと犬かきで泳いでいるアレイダを、スケルティアが、いいなー、という顔で見ている。

 以前は水が苦手だったようだが、泳げるようになってからは怖がらなくなった。


「おまえも泳いできていいぞ」

「うん。」


 そう言ってやると、スケルティアは服を着たまま海に飛びこんだ。

 なんの躊躇いもないな。即断即決だな。


「それでは、私も~」


 こちらはミーティア。着ているドレスを、下から一気に、くるりと脱いでしまう。

 港にはあまり人気はないが、それでも船乗りがいくらかはいる。

 皆、ぎょっとしている。――そりゃ、するわな。俺だってぎょっとした。


 船乗りたちが囃したてる間もなく、全裸になったミーティアは、海に飛びこんでしまった。


「はっは。……うちの娘たちはしょうがないな。このまま海水浴といこうか」

「かしこまりました」


 俺は港のはずれを指差した。すこし砂があって、小さいが立派な砂浜だ。

 泳いでいる娘たちに指で砂浜を示して、歩きはじめる。


「ここの港はあまり賑わっていないな。あれから50年も経っているのだから、もっと賑わっているかと思ったが」

「造船技術はそれほど進歩していません。隣の大陸まで航行できる船は数少ないので、大陸間の大量輸送はまだ始まっていませんし」


 コモーリンが言う。

 モーリンのほうは「海水浴」の支度のために、駐めてあった馬車に戻っていっている。俺がいま会話をしている相手はコモーリンのほうだ。

 二人は同一人物なので、会話の続きがそのまま行える。


 たしかに港に繋がれている船は、小型と中型の船ばかりだった。それも漁船ばかりで、輸送船は少ない。ただし一隻だけ、大型の船があった。マストも帆もないその大型の船は、一際目立っている。


「ほらー! はやくはやくー!」


 一足早く砂浜に到着しているアレイダが、ぴょんぴょん跳ねて俺たちを呼んでいる。


「しかし……。これぜんぶ水だの。塩辛いだの。可愛いもんだな。うちの娘たちは」

「マスターがはじめて海を見たときと、まったく同じ反応ですね」

「うえっ?」


 俺はぎょっとなった。

 たしかにあの時の俺は、ずっと内陸育ちで、はじめて海を目にしたわけだが……。


「そ、そうだったか?」

「ええ。そうでしたよ」

「い、いや……。さすがにあんな、おのぼりさんじゃなかったろ……?」


「なんかへんな海の生き物! 焼いて売ってるー! ねー! 買っていーい? 買っていーい?」


 アレイダが騒いでいる。

 岸壁に、船乗り向けの屋台が出ている。

 アレイダのやつは、全身びしょ濡れのまんま、その屋台の前に立っている。ぴょんぴょん飛び跳ねている。

 焼いているのは――、あれはイカだな。つまり焼きイカだな。


 人数分のイカを焼いてもらっているうちに、モーリンが海水浴セット一式を持ってやってきた。


 シートを敷いてパラソルを立てて、チェアを置く。

 全員分の水着がある。ミーティアはようやく全裸から水着姿となった。詳しくは聞いてはいないが、ミーティアは馬になる前には姫だった。感覚がずれているのはそのせいか。人前で裸身をさらすことに躊躇いがない。


 アレイダなど、水着に着替えるのにタオルを巻いて、こそこそとやっている。船乗りたちが岸壁から、ひゅーひゅーと口笛を吹いて鑑賞してくるからだ。


 まあ見ているぶんには、俺はまったく構わない。

 てゆうか見せて自慢してやりたい。


 俺の女たちは美しいだろう? どやっ?


 全員、すっかり現代風の海水浴の出で立ちとなった。

 水着はビキニありワンピースあり、セパレートあり、パレオあり、さらにはラッシュガードまであったりする。


 黒いビキニのよく似合うモーリンが、光魔法の防御呪文を肌にかけている。

 ふむ。日焼け防止か。モーリンは色白だしな。


 パラソルの下のデッキチェアで寝そべりながら、焼きイカを肴にエールを一杯やって、すっかりつくろぎながら、俺はふと考えた。


 あれ? どうしてこうなった?

 海水浴に来たわけじゃなかったんだが……。

 ま。いっか。


 三つめに立ち寄った土地の、最初の一日は、こうして過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ