進化近づく 「レアな耐性が必要らしいな」
いつものリビング。いつもの昼すぎ。
俺は足をテーブルに投げ出してソファーに座り、リズから渡された資料を読んでいた。
「おりおん。……あし。だめだよ。おこられるよ?」
「おお。そうだったな。……ありがとな。スケ」
スケルティアが教えてくれたので、俺は足をテーブルから下ろした。
こういうことは、モーリンはまったく言ってこない。俺に関してはなにをやろうと甘やかし放題。だからこいつが言ってくれるのは、すごく助かる。
「ちょっと! なによその反応の違い! わたしが言うと〝うるせえ駄犬〟ってなるくせに! なんでスケさんだと素直に聞くのよ!」
うちの駄犬。ほんとうるせえ。
このあいだおまえが言って、なるほどと思ったので習慣を改めることにして、ついうっかり出てしまったのを、いまスケルティアが注意してくれたんだろうが。
「で。なに読んでたの?」
「なんでもいいだろ」
「えっちなやつでしょ?」
それ、このまえやったよな?
「また……、わたしのために、なにか……してくれてるの?」
「は?」
俺はぴらりと呼んでいた資料を見せた。
蜘蛛科のモンスターの進化図だった。
「え? あれっ? わたし……じゃなくて、スケさんのほう……だった?」
「見ての通りだ。――下がってろ。駄犬。ハウス」
「ひーん……」
アレイダがあっちに行って、スケルティアが残る。
うちの娘の自己主張の控えめなほうは、きょとんと首を傾げて、俺を見つめる。
スケルティアの進化も近い。
最終進化……なわけでは、まだまだ、ぜんぜんないのだが。スケルティアのやつが当面の目標としているのが、〝アラクネ〟という種類のモンスターだった。
カンスト前に、そのアラクネへの進化条件を、リズに調べてもらっていたわけだ。
人は職を転職する。別の職のLv1として、再び強くなってゆく。
そのかわりにモンスターは進化をする。別の種のLv1となって、再び強くなってゆく。
スケルティアはモンスターとのハーフだ。よってモンスターのように進化してゆくことができる。
ハーフであるスケルティアは、これまでハーフを続けられる種族への進化を続けていた。
ハーフ・スケルティアにはじまって、ハーフ・エレクシス、ハーフ・タラテクト、と進化を続けている。このへんは、スケルティア種の上位種で、人と〝交わる〟という特性を持っている。
これまでハーフ可能な種を選んできたのは、たまたま目的地の途中がそうだったということもあるが……。まあたぶん、俺の「希望」を取り入れてくれてのことだろう。
スケルティア自身の美的感覚からいうと、べつに美少女の姿である必要はなくて、ゴツイ完全に完璧な大クモの姿も、「かこいい」と好評であったりする。
よって問題は俺自身にある。
スケルティアのことを愛している。どんな姿になっても愛し続けることも断言できる。だができるかどうかは生理的な要素が多分にあるので、なんともいえない。
完全に雌蜘蛛になったスケルティアの姿を、俺は想像してみたが……。できるかどうか、ちょっと不明だ。
ハーピィくらいならぜんぜんオッケエでむしろウエルカムなくらいなのだが。
次なる進化先は、アラクネだった。
アラクネはかなり強力なモンスターである。
このへんになってくると、勇者業界的にもいちおう上位種と呼べる領域に踏みこんでくる。
まあ上位種とはいっても、魔王城あたりでいえば、ザコモンスターの扱いになるが。
Lvがカンストしていたアラクネなんかは、あれは結構強かったなー。
勇者が攻撃して、なんと、一撃では死ななかった。
そして、なんといっても〝美人〟だった。戦闘中でなければ、思わず鑑賞してしまいたいほどの美しさを誇っていた。
――ただし上半身だけ。
アラクネというのは、上半身は作り物のように美しい姿をした女であるが、下半身が蜘蛛となっている。そういうモンスターなのだった。
この種においては「ハーフ」は存在しない。
すべてが雌のモンスターなのだ。人とは交われる。てゆうか。人以外であっても、どんな相手とも交わることができる。そして子をなすが、子はすべて「アラクネ」となる。よってハーフはいない。
下半身の蜘蛛型部分は、折り畳めて変形して擬態が可能。交わる相手の種族に合わせて、適切な形に擬態が可能だという。人に合わせたときには、人間の下半身になるわけだ。
これなら俺は自信を持って「イエス」といえる。
てゆうか下半身蜘蛛バージョンのほうでも試してみたい。
「そのアラクネへの進化条件が判明したわけだが……」
俺は読んでいた資料を、ぽん、と手の甲で叩いた。
「しかしこれ……。めんどくさいやつだ」
「スケ。は。……めんどくさい?」
「ちがうちがう。転職条件が面倒くさいんだ。エレクシスとタラテクトのLvカンストはいいとして、その他に、ある特殊耐性がだな……」
「とくしゅ? な……。たいせい?」
「そ。特殊耐性だ」
「どんな? やつ?」
「あれでしょあれでしょ? 私のときみたいに、悪魔を調伏して従属させろ、とかいうやつでしょ?」
アレイダが言ってくる。
「あれも面倒くさい条件ではあったが、こんどのはもっと面倒くさいぞ。いわゆるレア耐性っていうやつだ」
「レア耐性? 火とか氷とか毒とか、そういう感じのやつ?」
「そんなのはぜんぜんレアじゃない。毒なんてありふれてるし。火も氷も魔法を撃たれていれば自然とあがる。だからその手の耐性を上げることは苦労しない」
「いえ苦労しますけど。苦労しましたけど。毒で何度も死にかけましたけど」
勇者業界じゃ、あんなの苦労したうちに入らない。毒だの火だの、耐性の先にある〝無効〟まで上げようと思ったら、いったいどれだけの苦労をするはめになるのか。
まあそれはいいとして――。
「……で? どんなレア耐性?」
「催淫だ」
「うわぁ……」
俺はソファーから立ち上がった。
「スケ。――行くぞ」
「うん。スケ。は。オリオンと。一緒。」
ぴょんと、飛び跳ねるようにして、スケルティアは俺の隣にくる。
「わ……、わたし、行かないからねっ!」
「ああ。おまえはこなくていい」
「えっ? いいのっ?」
「おまえは足手まといになるし。そもそもスケルティアの進化条件だしな。ハウスして待ってろ」
「そのハウスっていうの、やめてよね……。待ってるけど」
◇
俺とスケルティアは、レア耐性を手に入れるために、とある洞窟にやってきていた。
「おー。いるわ。いるわ」
洞窟の壁面の上といわず横といわず、あらゆる場所に、二つずつの目が輝いている。
ここは「ラミア」というモンスターの棲息地だった。
ラミアは下半身が蛇で、上半身が人間の美しい女――と呼ばれているが、実際にはそんなに美しいものでもなかったりする。
特に洞窟に入ってすぐのところで群れているレッサー種あたりでは、目と鼻と口は一つずつで、髪の毛も持ってはいるが、顔形はやはりちょっと怪物というべき容姿となっていた。
しかし、〝魅了〟と〝催淫〟を使われれば、話は別だ。
どんなに醜い怪物でも、至上の美女に見えてしまうというわけだ。
ちなみにラミアの名誉のために言っておくと、残念な容姿のラミアばかりではない。上位種のほうは本当に美しい。俺はそれを知っている。なにより、昔、勇者時代にラミアの姫君と――。おっと。それはいまはどうでもいいことか。
俺たちの周囲には何十匹という、おびただしい数のラミアがいた。
〝魅了〟と〝催淫〟とを、両方、俺たちに使ってきている。
俺たちが一向になびかないものだから、躍起になって大勢で、何十匹もが一斉に、魅了と催淫とを浴びせかけてきているのだ。
俺たちは彼らの巣穴を奥へ向けて進んでいる。
ますます数は増えてくる。
ちなみに魅了だの催淫だのといえば、サキュバスの代名詞である。
アレイダがついこのあいだサキュバスの支配に成功しているが、あれを呼び出してみたところで、その〝催淫〟は男だけにしか効かない。女のスケルティアの耐性上げを行うには、男淫魔のインキュバスが必要なのだ。
そっちには縁がないし。仮に見つけてきたにしろ、一匹や二匹程度では、必要数値まで上げるのに、どれだけの時間がかかるやら……。
やはりこのラミアの巣穴が最適解だろう。
ちなみにスキル上げに来ているだけなので、戦闘は一切行っていない。
彼らにも彼我の戦力差はわかっているのか、直接、手出しはしてきていない。
彼らの側の唯一の〝勝機〟は、俺たちを〝魅了〟するか、催淫によって正気を失わせることにある。
「だいじょうぶか?」
俺はスケルティアに声をかけた。
「だいじょ……、ぶ……」
スケルティアは額に汗をびっしょりとかいていた。
足をがくがくといわせて、歩くのもつらそうだ。
心配になった俺が、肩に手をかけると――。
びくん、びくんと、その体を震わせた。
あー……。
まあ……。なんだ……。その……。
すまん。
洞窟の壁に身を預けて、荒い呼吸を繰り返すスケルティアをすこし休ませる。
そのあいだにも、ひっきりなしに魅了と催淫が飛んできている。
俺の特殊スキルで、ステータスウィンドウをオープンして、耐性の取得具合を見てみると……。
すこしは上がってきているが、必要数値にはまだまだ届いていない。
火や氷や毒などのありふれたものとは違って、魅了や催淫の耐性というのは、ひどく上がりにくいものなのだ。Lv差があっても完全にはキャンセルできず、影響を受けてしまう。
俺も、正直、ちょっと変な気分になってきている。
スケルティアの――。
額やむき出しの二の腕にも、汗の膜ができている。その小さな胸は、せわしなく上下していて……。
湿っているのは肌ばかりではない。身につけているスパッツもぐっしょりとなっている。
足許の地面には、ぽたりぽたりとしずくが滴っている。歩いてきた道筋にしたがって黒い染みが点々と続いている。
「……おりおん。」
スケルティアは、濡れきった瞳で――俺を見た。
その目がなにを訴えてきているのか、俺は完全に理解していた。
「悪いな。ここでは抱いてやれん。我慢しろ」
さすがの俺も、こんな場所で事に及んでしまっては、無事に帰れる気がしない。
まわり中を何十匹――いや、もうすでに何百匹か? 膨大な数のラミアに囲まれているのだ。彼らは巣穴に踏みこんできた闖入者におかんむりだ。
俺たちは彼らを一匹も殺していないし、傷つけてもいないが――。
だがプライドのほうはズタズタのはずだ。
ラミアの狩りは、まず魅了するというのが常套手段だ。
その必殺のスキルが通用しないのだから――。
「スケ。……は。がまん。する……よ?」
スケルティアは、苦労して笑顔を浮かべた。
そのあまりの健気さに、俺はこの場で押し倒してしまいたくなったが――。
スケルティアが頑張っているというのに、俺が催淫にかかるわけにはいかない。
俺たちは、耐えた。耐え抜いた。
そしてついに――。
俺だけに見えるステータスウィンドウのなかで、スケルティアの耐性数値が、1つ上がった。
「よし。目標達成だ。もういいぞ」
「ふわん……」
スケルティアは腰が抜けたように、その場にへたりこんでしまった。
ラミアたちはあいかわらず距離をとって取り巻いている。
俺たちがいまいるところは、巣穴のだいぶ奥。まわりには綺麗な姿の上級種もちらほらと見えているところだ。
俺は〝お姫様抱っこ〟の形で、スケルティアの小さな体を持ちあげた。
そして帰還のための転移呪文を唱えはじめた。
呪文が完成する、すこしまえ――。
ラミアたちの人垣が割れて、一匹の――とても美しいラミアが姿を現した。
王族と思われるそのラミアの顔には、俺は、見覚えがあった。
すちゃっと指で合図する。
「またな」と、軽い感じで挨拶した瞬間――。
呪文が完成して、俺たちは屋敷へと帰還した。
「お帰りなさいませ」
モーリンが屋敷の外に出てきて待ち受けていた。アレイダもその後ろにいる。
俺の腕に抱かれたスケルティアを心配している。俺がうなずいてやると、ほっと安心した顔にかわる。
「まずお風呂になさいますか? それとも御休息を?」
どちらもハズレだ。
俺はお姫様だっこしたスケルティアを、そのまま寝室へと連れて行った。
◇
そのあと滅茶苦茶セックスした。
いやあ。すごかった。マジで。