転職近づく 「悪魔調伏が必要らしいな」
いつものリビング。いつもの昼すぎ。
俺は足をテーブルに投げ出してソファーに座り、リズから渡された資料を読んでいた。
「もー、オリオン。足。お行儀わるいわよー。足」
「うるせえ駄犬」
俺の家で俺が俺の足をどうしていようと俺の勝手だ。
「俺の勝手だ、とか言うんでしょうけど。そういうことじゃなくて。普段の行いが外でも出るのよ。家の中でやっていることは、家の外でもつい出ちゃうの。だからついうっかり出ちゃって失敗しないように、いつでもきちんとしていなさい。……って、わたしはそう族長に教わったのよね」
「ふむ」
一理ある。もうこの世にいないアレイダの部族の族長の智慧に敬意を表して、俺は足をテーブルから下ろした。
「なに読んでるの?」
「なんでもいいだろ」
「えっちなやつでしょ?」
おいおいおいおい。その決めつけはなんだ。俺がポルノ小説でも読んでいると? そんなに不自由していると?
俺の沽券と名誉に関わることなので、俺は読んでいたものを、ぴらっとアレイダに見せた。
「リズから貰った資料だ。クルセイダーへの転職条件。職条件以外にも、いまいち不明だった部分があったんだが……、そこが判明して、解明されて、確定されたという報告だ」
「え? それって……、わたしのため……?」
「ま。飼い主として当然の責務だが……」
「それって……、わたしのため……?」
は? いまそう言っただろうに。
なぜ、おなじことを二回も聞きやがる?
「そっか……、わたしのためにやってくれてるんだー」
この駄犬はなにか勘違いをしているようだ。
嬉しそうな顔をしている。目を潤ませちゃっている。胸に手をあてて、「はぁー」とかため息をついちゃっている。
本当に勘違いはなはだしい。
飼い主として当然の責務を果たしているだけであって、おまえが勘違いしているようなことでは、全然ないわけだが……。
「犯すぞ。このアマ」
「犯して」
潤んだ目でそう言ってくる。だめだこりゃ。
「判明した転職条件の一つに、必要な儀式がある。――付き合え」
「はい!」
いつになく素直にアレイダは従った。
◇
「ちょ……、ちょっ――ちょおおっ! 儀式って、なに!? なんなの!」
馬車を出て、近くに適当な廃墟を見つけて、そこで〝儀式〟の準備を整えていた。
せっかくの閉じている亜空間に〝道〟を開くわけにいかないので、わざわざ外に出てやっている。
家畜を一匹。断頭して、その血でもって魔法陣を描く。
「なんか、おどろおどろしいんですけど……、ちょ……、なにか危ない感じしない? やめよ? やめましょ? もーおうちかえるーっ!!」
さっきから、駄犬がひゃんひゃんと人語で鳴きっぱなしだ。うるさいったらかなわない。
「もー! 聞いてよ! 聞きなさいよ! オリオンってば! さっきからなにやってんのよ!」
「なにって? 召喚の儀式だろうが?」
「召喚ってどんな儀式? てゆうか召喚ってそもそもなに!?」
「クロウナイトは闇に落ちたナイトだから、悪魔の一匹も調伏して従えて、それでようやく一人前なのだと。冒険者ギルドの数少ないクルセイダーへの転職記録では、クルセイダーになれたクロウナイトは、ほぼ例外なく悪魔を手下として持っていたんだそうだ。だから転職条件に〝悪魔の調伏〟は確定でいいと、そうした報告だ。リズからのな」
「そ、そ、そ、それって――〝ほぼ〟っていうだけでしょ? だけよね? つまり確定ってことじゃないわよね?」
「悪魔を調伏していないクロウナイトは、Lvをカンストしてもクルセイダーに転職できなかったそうだ」
「でも例外はあるわけでしょ? ほぼってことなら?」
「その唯一の例外っていうのが、クロウナイトが先でナイトが後で、そしてナイト時代に悪魔を調伏して、改心させて弟子に取っていたという、奇特なやつで――」
「やっぱり……、やらないと……、だめ?」
「クルセイダーになんなかったら、おまえ、転職ツリーの袋小路で、詰んでるぞ?」
「えっ? そうなの?」
「ずっとクロウナイトのままだぞ? もうこれ以上強くなれないぞ?」
そうなの? ――とか来やがった。この駄犬が。
もう字だって読めるようになってるのに、資料はリビングのテーブルの上に出しているのに、読みやしねえ。
だから飼い主の俺がこんなに苦労するはめになる。
「わかったら。邪魔するな。もうすぐ魔法陣書き終わるから、そこでおとなしくしていろ」
「悪魔とか……、あんまり詳しくないけど……」
「そういう言いかただと、すこしは詳しいように聞こえるが」
「ぜ……、ぜんぜん詳しくないけど……。なんか簡単に喚べちゃうみたいよね?」
俺が足下に書いているのは異次元とのチャンネルを開く図形。
魔法文字が並ぶのは、接続先の座標。覚えている者ならそらでも描ける。なにかで図面を手に入れれば、素人だって描くことは可能だろう。
「ああ。やつらはいつでもこちらに来たがっているからな。描きさえすれば、あとは勝手に向こうから魔力供給して接続してくれる。ただ問題なのは――」
俺は最後の一文字を書く前に手を止めた。
「適切な防護を施しておかないと、現れた瞬間、食い殺されてしまうからな。大変なのはそこだ。やつらから身を守り、契約を終えて従えるまで、やつらを封じておかなければならない。そっちの防御結界だの封印結界だの、二重三重に張りめぐらせるためには、それは高度な修行が必要となるだろうさ」
「も、もちろん……? そ、それはやっているのよね……? 防御の結果? あと封印の結界?」
「そこまでは俺の手に負えん。本職じゃないからな」
「ちょっとちょっとちょっとおぉぉぉ――! それで喚んじゃだめでしょおぉぉーっ!」
駄犬がうるさい。
「じゃ、喚ぶぞ」
俺は最後の一文字を書いた。
魔法陣が発行する。闇の光――というのは矛盾しているのだが、闇よりもなお暗い〝光〟が魔法陣の図案と文字に沿って輝いている。
やがて魔法陣の下面を抜けて、悪魔がその姿を現してくる。
「我を喚んだのは――お前か」
悪魔が――、言った。
「こりゃまた小物が現れてきたな」
俺はため息とともに、そう言った。
「えっ? ……あら? 女の子?」
悪魔は女の姿をしていた。アレイダやミーティアよりはすこし上に見える女の姿だ。もちろん悪魔なんて、何万年生きているかわかったものではないのだが……。
「公爵とまではいわないが、爵位くらい持ってるやつを期待したんだが……」
出てきた瞬間、いきなりこちらの人間の言葉を話していたところをみると、かなり年若い悪魔だろう。何百年しか生きていないのかもしれない。
悪魔の中でも貴族連中は、人間の言葉なんて使わない。人間語、それ自体は理解しているくせに、下位魔神語あるいは上位魔神語で話しかけなければ、返事を返さない。そのくらいプライドが高い。
つまり人語を使ってきた時点で、悪魔のなかの平民あるいは奴隷階級であることが確定している。
「ま。いっか。転職条件は悪魔の〝調伏〟であって、上位魔神を支配しろとかいうわけでもないし。小物でも悪魔は悪魔だ」
「なにを言う。我は高貴なる血筋に連なる、由緒正しき――」
「ああ。いいからいいから。名前なんぞ名乗らなくていいぞ」
ちなみに俺の愛用している金棒があるが――。あれは上位魔神をボコって奪い取った戦利品だ。
ぶっ倒してやったら、僕にしろとか、うるさかったのだが、金棒だけぶんどって、追い返してやった。
勇者が悪魔なんぞ従えていたら世間体に悪いしな。
いまなら勇者じゃないから使ってやってもよいの。ま。機会があればだが。
「に、人間……なにを言っている? たかが人間風情が? 見れば結界もなく、おまえを食い殺すことなど、わけもないことなのだぞ?」
「ちょちょちょ――ちょっ! 調伏って、いったいどうすればいいのよ? こ、これっ! どうするのっ! どうすればいいの?」
「どんな方法でもいいから。まいった――と、言わせてやればいいんだ」
アレイダに戦わせて、倒して調伏させようと思っていたが……。
俺はちょっと気が変わった。
「ちょちょちょおぉぉ――っ!? なんで脱ぐの! なんでオリオン! 服を脱ぎ始めているのっ!?」
「おまえの思っている通りの理由だ」
俺はアレイダにそう答えた。
見れば、美しい悪魔だった。いかにもそそる肉体をしている。たぶん下級悪魔のサキュバスだろう。
サキュバスとは初めてだ。
「ふんっ――人間風情が、このサキュバスと、こともあろうに〝性〟で勝負だと? よかろう……。その思い上がりを後悔させてやろうぞ」
さっきまでちょっと弱腰で、ちょっと虚勢を張っていた悪魔子は、セックス勝負と聞いて、急に自信を取り戻した。
しかし。おお……。やはりサキュバスだったか。
それはそれは――すごい楽しみ。
「ふふっ……、人たる身が味わったことも内容な快楽を与えてやろう……」
サキュバスは、いやらしく舌なめずりをした。赤い唇を舐める。それは〝食欲〟を感じさせる仕草だった。サキュバスにとって、セックスは食事と等しい。
そして自分の胸を揉みはじめる。さすがサキュバス。色欲の悪魔。男を誘惑してくる仕草も堂に入ったものだった。
「おい。おまえも混ざれ。俺だけでヤッたんじゃ意味がない」
俺はアレイダに言った。
「混ざるってなに――っ!? なんなのーっ!?」
しぶしぶ服を脱ぎはじめたアレイダも混ざって――3Pをやった。
滅茶苦茶セックスをした。
もう堪忍してと懇願してくるまで、悪魔子を責めたてた。屈服して服従して、忠誠を誓うまで、アレイダと二人で可愛がった。
なんか攻めている最中「ベリアル様! お助けください!」なんて、悪魔子が叫んでいたが――。なんか聞いた覚えがあると思ったら、俺の金棒の持ち主だった。
悪魔子を調伏した。
いったん異次元に還したが、アレイダ(と俺)の呼びかけには、いついかなるときにも応じて喚ばれてくることになった。