家族 「おまえらは俺の家族みたいなもんだな」
「モーリン様。お手伝いします」
「ええ。それではこちらの料理を切り分けて、皿に取り分けておいて――。わたくしは次の料理を運んでまいりますので」
「コモーリンちゃん。一緒にやりましょう。はいエプロンの紐。解けかかっているから結んであげます。動かないでね」
「恐れいります」
メイド長姿のモーリンから指示を受けたミーティアが、ミニメイド姿のコモーリンのエプロンの紐を結んでいる。
二人がじつは同一人物だと知ったら、どんな顔をするのだろうか。
まあ教えはしないがな。
「えっ? あっ? あれっ? ほらスケさん。なんか……、あたしたちも手伝わないと……?」
ソファーでゴロゴロしていた駄犬が、さすがに申し訳ないと思ったのか、そんなことを言う。
しかし一人で黙って手伝えばいいところを、スケルティアまで巻き添えにして、ようやくその重たいケツを持ちあげる。
うちの娘の素直なほうは、「手伝って」と言われれば手伝う。「手伝って」と言われなければ、一人で静止していることも気にかけず、天井から糸を垂らして逆さまにぶら下がっている。
今回はアレイダが「手伝って」と言ったので、「うん。するよ。」とか言って手伝いに行った。べつに面倒くさかったりすることはなくて、顔を見ていると、ほのかに嬉しそう。
あの無表情娘の表情を読み取ることは、世界広しといえども、俺くらいのものだろう。スケルティア学の第一人者である俺だからこそ出来る芸当であり、神業に近い。
ちなみに俺は「モーリン学」の権威でもあるから、モーリンの無表情の奥に隠された様々な感情を読み取ることだってできる。
「ほらスケさん。お皿並べてくれるー?」
「スケは。ならべる。」
「アレイダ。今日はメインが二品ですから、ナイフとフォークは二本ずつ並べて――」
「あっ、はぁい」
「アレイダさん。お肉。大きくしておきます?」
「あっ――うんうん! 大きく! 大きく! 大きいのがいいー!」
「お野菜は?」
「あっ、えーと、野菜は、少なめでー」
俺は女たちが立ち働くさまを、微笑ましく見つめていた。
モーリンが最上位にあるのは確実だが、アレイダ以下四人の娘たちのなかにも順列のあることが見て取れる。
食事の準備および家事に関しては、ミーティアが長女的ポジションだった。
スケルティアとコモーリンはどっちか三女でどっちが四女なのか、そこまではもうすこし観察していないとわからない。
「つまみぐいはだめですよ。スケルティアさん」
「してない。よ?」
コモーリンがたしなめる。口をもぐもぐさせながらスケルティアはしらばっくれる。キョドりながら否定している。
あれでバレていないと思っているのだから、スケルティアは、メラかわいい。
うん。結論。
コモーリンが三女。スケルティアが四女。
「もー、オリオンってばー。ひとりでサボっててー」
ソファーで寝転がる俺のところに、アレイダがやってきた。
「いいんだよ。俺はサボってて」
女たちが楽しげに食事の支度をしているのだ。そこに入りこんで話を乱すのは野暮というものだ。
「あと、なにさっきから、ひとりでニマニマしているんだか。どうせイヤらしいことでも考えていたんでしょ? どこを見ているのか、ぜんぶ、お見通しですよー、だっ」
んべっ、とアレイダは桜色の健康的な舌を突き出す。
「俺はどこを見ていたことになるんだ?」
「えっ? そ、それは……、あ、あたしの……、お、お尻とかっ……」
ほう。視線にはけっこう敏感なんだな。駄犬のくせに。
俺はたしかに、アレイダ場合はケツをよく見ている。ケツならびにその周辺。わざわざミニスカを穿かせているのは、〝ケツたぶ〟を堪能するためである。ちなみに〝ケツたぶ〟というその部位は、俺が命名したものであり、ケツと太腿との境目を指す。
「おまえだけか? そこだけか?」
「あ、あとは……、スケさんの……、脚……だとかっ」
意外と見てんな。こいつ。
たしかに俺はスケルティアの脚をよく見ている。スパッツを穿いているから、その細っこい脚はよく見える。
知ってるか?
スケルティアの脚は膝をぴったりと閉じ合わせても、股間と腿の合間に三角形の空間ができるんだ。
そんな細い脚と細い腰をしていても、中に入れば、そこはしっかりと女の子をしていて……って、さすがにメシ前に考える内容じゃなかったな。
「おまえとスケだけか?」
「そ、それから……、ミーティアは……、お……、おっぱ……」
「んー? 聞こえんなぁ?」
アレイダの声が小さい。
俺は耳に手をあてて、そう言ってやった。
「お――おっぱい! 大きいからって、オリオン! 見過ぎ!」
たしかにミーティアの乳房は美しい形をしている。重量感と可憐さのバランスした見事な物体だ。
「あと黒髪! 見過ぎ! そ……、そりゃぁ……。ミーティアの髪は綺麗だけど……」
と、アレイダは、自分の赤毛をくるくると指先に巻き付ける。
なんだ。こいつ。髪にコンプレックスか。燃えるような赤い髪、いいと思うんだがな。
「モーリンとコモーリンはどうなんだ?」
「ちょ! ……コモーリンちゃんは、関係ないでしょ? それとも……、まさかオリオン……、そういう趣味が?」
「いや。ないな。コモーリンは関係なかったな。――モーリンは?」
「……うなじ」
アレイダのやつが、ぽつりと言った。
おまえ。ほんと。俺のことよく見てんな。
たしかに俺はモーリンのうなじをよく見ている。
十代の娘たちでは決して醸し出すことのできない「色気」が、そこに凝縮されている。
「なんのお話ですか?」
エプロンで手を拭きながら、モーリンがそこに立って聞いてくる。
「いやあの、ちがくって――。これは――。オリオンがえっちっていう話で――」
「おまえらは俺の家族みたいなものだな。……と、考えていてな」
「えっ? なにっ? ニマニマしていたの、それが理由っ? ……えっちいこと、考えていたんじゃなくて……?」
「おまえは俺のことをなんだと思っているんだ」
「年中発情しているモッコリ魔人。……そんなことより。ねえ……? 家族……って、それ……、どういう感じに?」
両手を突き出して、手の甲を反らして、てれてれっと体ばかりか毛先まで振って、アレイダは聞く。
「たとえばモーリンが母親だとする」
「あー、うん。そんな感じー、あるあるー」
「あらまあ。光栄ですね」
「そしてミーティアが長女だな」
「あら? 私が……? 長女? でしょうか? アレイダさんではなくて?」
「あー、うん。まあ……。ミーティアのほうが年上だし」
アレイダはしぶしぶ認めた。
実際、色々と敵わない。アレイダがミーティアに勝つところがあるとすれば、Lvと戦闘力ぐらいだ。人間面でも女子力でも、なにもかも負けている。
「スケルティアとコモーリンのどちらが末っ子なのかについては、俺もしばらく悩んだ。……が、コモーリンが三女で、スケルティアが四女で末っ子だな。そう決定した」
「おそれいります」
「スケ。……は? いちばん下?」
「そうだ。みんな、おまえのお姉さんみたいなもんだからな」
「スケ。は。末っ子。」
スケルティアは目を細めた。
すごく嬉しがっているということは、スケルティア学の第一人者である俺でなくとも――誰の目にも明らかだった。
「じゃ、じゃあ――あたしは二女?」
「おいおい。おまえ。ひどいやつだな。誰か忘れていないか?」
「え? 誰か……って?」
俺は天井の一角に声を投げた。
「おいクザク。――おまえが二女だぞ」
ぴらり、と、紙が落ちてくる。
紙には『面映ゆいです』と、書いてあった。
「おまえも下りてきて今夜は夕食に加われ」
天井に潜むクザクが、いつ食事をしているのか知らないが、きっと携帯用の保存食でも囓っているのに違いない。
また落ちてきた紙には、『団欒を邪魔するのは忍びなく」と書かれている。
「命令だ。夕食に加われ。――断れば、犯す」
俺はそう言った。
するとこんどは、『むしろ罰のほうをお受けしたく』と、落ちてきた。
俺は苦笑した。
「わかったわかった。――今夜は抱いてやる。だから下りてこい」
ようやく天井の片隅が開いて、クザクが罰の悪そうな顔を覗かせた。
「さあ。これで姉妹全員が揃ったな」
俺がそう言い、皆で席に着こうとすると――。
「え? あれあれっ? ちょっとちょっと――? ねえ私はー? 私は? あれっ? 何番目なの?」
なんだそんなことで悩んでいたのか。
そんなこと、決まっているだろう。
おまえは――。
「おまえは――、〝犬〟だろ」
「犬うぅぅぅぅ!?」
駄犬の鳴き声が、食堂に響いた。
なんだ不満か?
犬だって立派な家族の一員だぞ?