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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
9.仲間の増えてゆく旅の途中
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ラーメンが食いたい。「はえっ? らーめん……、って、なに?」

「ラーメンが食いたい」


 とある日の昼下がり。

 俺はぽつりと、思ったままを口にした。


 コーヒーしかり。お好み焼きしかり。

 向こうの世界の食べ物は、他の転生者が持ちこんだおかげで、色々と見かけるわけだが――。


 なぜか「ラーメン」だけはないのだった。


 俺が思うに――。ある種の食い物には「フラグ」というものがある。

 あるときに、ふと、食いたくなってしまったとき、他のものを食べても、決してその「フラグ」は消えてくれないのだ。


 フラグの主なものとしては、「カレー」と「ラーメン」だ。

 その二つを二大フラグと呼ぶが、その他にも「牛丼」「ケンタ」「ハンバーガー」なんていうフラグもあったりする。


 ラーメン以外のフラグは、この異世界においても、すべて解消可能である。


 しかしラーメンだけはないのだ。このあいだ転生者の経営する食べ放題レストランに行ったが……。ラーメンはそこにもなかった。


「ああ。ラーメンが食いたい」


 駄犬を含め、その場の全員がスルーしているものだから、俺はもう一度、そう言った。


「はえっ? らーめん? ……って、なに?」


 駄犬が、きゅるんと首を傾げている。

 いつもであれば、わからないなら話に入ってこようとするな、と叱るところであったが……。

 うむ。今回はよし。

 こいつの「きゅるん」が、はじめてカワイく見えたぞ。


「ラーメン? ……で、ございますか?」


 モーリンが言う。


 そして半眼にした目で中空を見つめる、いつもの仕草をする。

 俺が元いた世界の〝親戚〟あたりに次元通信して質問しているわけだが――。


 じつをいうとあれはちょっとコワイ。本人が無自覚でやっている仕草らしい。

 完璧超人の数少ない〝隙〟である。よって萌え。


「材料は……。麺は、小麦粉、かんすい、塩。スープは、鶏ガラあるいは豚骨あるいは魚など」

「そうそう。それだそれ。俺はトンコツ醤油が好みだ。鶏ガラでもいいがな」


「問題がひとつございます。〝かんすい〟――というものが、謎の成分です」

「え? そうなん?」


「ねー。らーめん、って、なーにー? それおいしいの?」

「はっはっは。わからないなら、話に入ってこようとすんな――駄犬」


 俺が愛情を込めてそう言ってやると、駄犬は、ぶう、と、唇をとがらせた。


「かんすい……の主成分は、炭酸ナトリウム、あるいは炭酸カリウム。……ですね。天然で特殊な地域における、アルカリ塩水。……ですか」


 なんか仰々しい名詞がやたらと飛び出してくる。

 科学か錬金術かという内容だが。


 単に俺は「ラーメン」を所望しただけなのだが……。


「いくつか転移陣を使って回ってくる必要がありますね」


 モーリンの転移陣は世界中にある。

 しかし、たかがラーメンを作るのに、世界を飛び回る必要があるとは――。

 あの転生者のレストランにも、ラーメンがなかった理由が、なんとなくわかった。


「時間がかかるか?」

「夕食までには、なんとか」


「うむ。それでいい」

「それでは。言って行ってまいります」


 モーリンは手で印を切ると、足下に転移陣を発動させた。

 彼女ぐらいになると、杖などの発動体や、呪文の詠唱など、すべて省略して転移魔法ぐらいは使える。


 モーリンが行ってしまったあと――俺は娘たちに顔を向けた。


「ではセックスでもして時間を潰していようか」

「ちょ! ちょぉ――っ!? なに、ごく普通にあたりまえの顔で、オヤツでも食べるみたいな口調で、そんなこと口走ってんのよ! 真っ昼間から!」

「それは夜ならいいと言ってるのか?」

「そ、その……、暗くなってからなら……。あ、あとっ……、き、きちんとムード作ってくれるんだったら……」


 うちの娘のメンドウクサイほう、本当にメンドウクサイ。


「べつにおまえとセックスするとか言ってないがな。――スケ。するかー?」


 天井から逆さまになって糸でぶら下がっているスケルティアに、そう聞いた。

 うちの娘の自己主張の控えめなほうは、まず、きょとんとした顔をして――。それから、にまっと口許を崩して――。


「スケ……。するよ」


 そう答えてきた。はにかみもせず、真顔で言う。


「クザク。――おまえは?」


 天井に向けて声をかける。


 ぴらっ――と、天井の一角から紙が落ちてきた。

 紙には「あるじの望みであれば」と書いてある。


 なに言ってやがる。いつも覗いているの知ってるぞ。そういうときは天井裏の気配が決まって乱れるから、イケナイことをやっているのも、すっかりお見通しだぞ。


「じゃアレイダ。おまえ。壁に耳当てて聞き耳立てる係なー」

「なによそれ!」

「ああそうだ。ミーティアも呼んできてくれ。おまえ。呼んでくる係なー」

「わかったわよ!」


 素直になれない駄犬を置き去りにして、俺はスケルティアの薄い肩を抱きながら、寝室へ、いそいそと向かった。


    ◇


 夕食はラーメンだった。


 モーリンは「はじめて作ったので自信はありませんが」などと言っていたが、それはまさに完璧な味のラーメンだった。

 トンコツ醤油系。背脂ちゃっちゃ。チャーシューもノリまで載っている。


 娘たちも、ぎこちなく〝箸〟を使いながら、ふーふー、はふはふと、麺をすすっていた。

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