ハムスター 「ハムスターでも勇者だからな」
いつもの昼まえ。いつものリビング……ではなくて、いつもとは違う、庭の片隅。
俺はハムスターの姿となって、庭にいた。
庭に生えてる草の丈が、なんと、俺の身長よりもある。
ハムスターの視点から眺めると、なにもかも巨大サイズだった。
このあいだ、モーリンの呪術で俺は「馬」になった。
馬以外にも、どんな動物にでもできるそうだ。
それでアレイダの馬鹿が「ハムスターにしたらオリオンもカワイくなるんじゃない?」とか言い出して――。
アレイダ一人が言ってるだけなら、無視して終わりとなるところであったが――。
スケルティアもモーリンも期待の熱い眼差しを向けてくるものだから、俺はリクエストに答えて「ハムスターの呪い」に掛かってやることにした。
「カワイー! カワイー」「かわいい。」「小さくてもふもふでぴくぴくしているマスターは本当に愛らしゅうございます」
――だとか。
皆の手の上で弄ばれて「可愛がり」を受けて、「おいもうちょっと手厚く扱え」と言いたくても、「チチチ、キキキキッ」としか鳴けなくて、そしたらますます女どもをエキサイトさせるだけで――。
俺は〝自由〟を得るために逃亡をはかったわけだった。
「もー! どこいったのー! オリオンちゃーん! ちゅちゅー!」
屋敷の中をどたばた走っているアレイダの声が聞こえる。
ふふふ。ばかめ。
やつら屋敷の中を探している。庭に出ているとは思うまい。
しかしなんなんだ? その「オリオンちゃん」っつーのは? あとハムスターは「ちゅちゅー」とは鳴かんぞ。それはネズミだ。
適当に時間を潰して、
この前と同じなら、一時間かそこらで術者であるモーリンの身にも呪いが降り掛かる。あっちもハムスター化するはずだ。
そしたら戻ろう。
なにをするのかって?
我は牡なり。彼女は牝なり。
することは一つだろう。
滅茶苦茶、交尾するのだ。
人間以外の交尾もなかなかオツなものだと、このあいだ馬になってみてわかった。まるで初めてのときような新鮮味があって、思わずハッスルしてしまった。
ハムスター同士の交尾はどんな感じなのか。試してみるのも一興だ。
そんなことを考えながら、俺が庭をウロついていると、何者かの気配を感じた。
庭の外――。門の外あたりから、歩いてくる人間の気配が、4名ないし5名。
どっちかっつーと、「音」よりも、「ヒゲ」を通して伝わる地面の振動として感知している。ハムスターの五感は、おもろい。
まあそれはともかくとして……。何者だ?
この庭は亜空間に隔離されている。出入口は馬車の幌の内側に、「瞳」の形の時空の裂け目として開く。
合い言葉を言って出入口を開け閉めすれば、第三者は絶対に入ってこれないはずなのだが……。
最後に通ったやつが、きっと閉め忘れてきたのだろう。
ったく……。誰だ?
アレイダだったら「おしおき」だな。スケルティアとミーティアだったら「めっ」とやって許してやるが。
ちなみに「おしおき」というのは、それはそれは厳しい罰である。泣いて謝っても許してやらない。激しく激しく責め立ててやる。もちろんベッドの中でだが。
俺は草の根元をかきわけて、庭の外へと向かった。
おお。塀に穴が空いてた。便利だが。あとで直しておかないとな。
むさい感じの男たちがいた。数は5名。
全員、武装してはいるが、手にしている刃物は、鉈だの斧だの、武器というよりは生活の道具という感じ。ひとりだけ剣を手にしているが、それも刃こぼれして錆だらけ。
鎧のほうはどれもよれよれで、部品の足りてない、ちぐはぐな有様だ。
典型的な「野盗」だった。
「なぁ、おい? 本当にこんなとこに女がいたのか?」
「ぜったいまちがいねえって。この馬車に入ってゆくところを見たんだ」
「しかしなんで馬車のなかがこんなに広いんだ?」
「どうだっていいだろ。馬鹿めが。それより女だ。あと金だ」
「いいオンナだったぜー……、いい服も着てた」
「へっ……、へっへっへっ……、ひさしぶりの女だあぁ……」
野盗どもはアイデンティティーといったものが希薄なのか、どこの野盗どもも、区別のつかないことを言う。
それともアイデンティティーがこうだから野盗になるのだろうか。
まあ、どうでもいいのだが。
「女三人とメスガキ一人だった。歳のいった美人と、肉付きのいい赤毛の女と、細っこい娘と――」
「俺! いちばん年上の美人にするぜ!」
「ああ馬鹿野郎! 俺が見つけたんだから俺が――」
「うるせえ」
ざしゅ、と、剣が振るわれた。
5人だった野盗は4人になった。
……やれやれだ。
俺はやつらが庭に入ってくる前に、門の前に立ち塞がった。
俺の家をあんな連中の小汚い血で汚すのはげんなりとする。
せめて塀の外で始末しよう。
俺が門の前に立ち塞がっているのだが――。
やつらは一向に気づかず、ずんずんと進んでくる。
そうか見えないか。
「――チチチチチ!」
俺が鳴き声をあげてやると、やつらはようやく気がついて足を止めた。
「なんだ? ネズミか?」
ネズミちゃうわ。ハムスターだ。
「ほっとけ。食ってもたいした量になんねえ」
食うのかよ。
「なんだこいつ? 門でも守ってるつもりか? はっはっは――、ネズミが?」
男たちは薄ら笑いを浮かべている。完全にナメている。
だが、俺は種族こそネズミ……じゃなくて、ハムスターになってはいるものの、職とLv自体は、変わっていない。
職は……、勇者。
そしてLvは……、すごくたくさん。
ハムスターであっても〝勇者〟であるわけだ。
それがどういう意味を持つのか――。
「死ね――、クソネズミ――」
男の一人が、鉈を振り下ろしてきた。
俺はひらりと躱すと、ジャンプして、その鉈に飛び乗った。
「わっ、わっわっわっ――こいつ!」
男の腕を駆け上がる。肘を越えて肩を越えて、そして――。
「うぎゃああ――っ!!」
狙ったのは首筋。
むき出しの肌に齧歯類の鋭い牙を一閃。
頸動脈を皮膚の下から掘り出して、ぐにゅーんと引っぱって、じゃっきん、と切断してやった。
「うわ!! うわ! 血ィ――俺の血いぃぃ!?」
噴水みたいに真紅の動脈血を噴きあげて、男はしばらく騒いでいたが、やがて出血多量で意識を失った。
続く三人を、俺はそれぞれ別々の方法で仕留めていった。
一人は目を潰してから、脊髄を噛んで噛んでぐずぐずにしてやった。
そのへんで、なにもハムスターっぽく戦わなくてもいいことに気がついた。
一人は振り下ろしてくる斧を受け止めてから、にやりと笑ってやり――それから腕を掴んで石壁に投げ飛ばした。〝壁の染み〟にしてやった。
職の差――。そしてLvの差――。
俺ほどにもなると、「種族差」なんて誤差みたいなもので――。
ステータスだけで圧倒してしまえる。
「か……、怪物だあぁぁ……!?」
最後の四人目は逃げてゆくところを、後ろから襲った。
戦意を喪失したら許してやるなんていう慈悲は、俺にはない。
こいつらは俺の女を犯す算段をしていた。
女が逃げても許してやったりはしないのだろう。
だから俺も許してやらない。
思いっきり足に力をこめて、そして大きくジャンプ。
砲弾のような勢いですっ飛んでいった俺の体は、最後のやつの頭蓋を爆裂四散させた。
死体の始末もやっておくことにする。
ゴミムシどもが紛れ込んできて、不快な思いをするのは、俺一人でいい。
五つの死体を、引っぱってきて重ねて山にする。
魔界から大食いの魔物を召喚させる。魔法陣の内側にある〝肉〟は、なんであろうとこいつらの胃袋に収まる。
よし。始末完了。
俺は噴水の水で、体の血を落としてから、屋敷に戻った。
そろそろモーリンが呪いの反作用でハムスターになっているはずだ。きっと毛並みも艶々の美人ハムスターになってるはずだ。
今日は滅茶苦茶交尾するぞー!!