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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
9.仲間の増えてゆく旅の途中
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真実の鐘 「ちょ――ぜんぶ暴露しないでえぇ!」

 いつもの昼前。いつものリビング。

 俺はいつものように、ソファーでくつろいでいた。ちょうど茶が欲しいな、と俺が思ったタイミングで、コモーリンが紅茶を淹れはじめている。


 おや? 今日はコモーリンか。

 普段、コモーリンは、御者台かリビングの隅の椅子の上で身動きもせずに座っている。その状態のことを俺は〝サスペンド〟と呼んでいる。異世界人には通用しない呼びかたであるが――。


 人外の完璧超人であっても、二つの体を同時に動かすのは負担が大きいようで、同時作業が必要なときだけコモーリンは動いていた。


 ということは、いまモーリンは……?


「モーリンは、いま、忙しいのか?」


 俺はコモーリンに、そう聞いてみた。


「ええ。製作中です」


 コモーリンは無表情かつ無感情な声で、そう言ってきた。

 三分計の砂時計の砂が、さらさらと流れ落ちてゆくのを、じーっと見ている。直立不動で。身動きもせずに。


 なにを製作しているのか――とは思ったが、まあ、忙しいのであろうから、それ以上聞かずにおいた。


 賢者であるモーリンは、聖魔両方の全ての魔法の優れた使い手というだけでなく、錬金術や治療薬ポーションの精製など、あらゆる分野の達人でもある。付与術エンチャンターなどのスキルもあるので、マジックアイテムを開発することもできる。


 ただ「やりたいこと」と「やれてしまうこと」とは別なので、モーリンは滅多にマジックアイテムを作らない。本気で腕を振るえば、伝説の武具が創れてしまうはずだ。勇者が魔王と戦いに挑むときに装備するような……。


 ちなみに「作る」ではなく「創る」となるのは、そこまでの物凄いアイテムは、創り出したと同時に〝意思〟まで持つようになるからだ。


 まあそんなことにでもなったら、数週間ほど、この屋敷の日常業務がすべて滞ってしまうことは確実であるが……。

 うちの娘どもに、俺がメシを作ってやるハメになる。


 そういえば、アレイダとスケルティアは、このあいだ散々な腕前を披露したあと、練習するとか言ってたな。

 上達したのだろうか?


「おい。駄犬」

「駄犬なんていませーん。かわいいアレイダなら、ここにいまーす」


 ふざけた返事が返ってくる。

 なにやってんのかと思えば、爪を磨いてやがる。


 アホか。おまえがおしゃれなんぞしたって、無駄だ無駄。

 おまえの魅力は野性味だ。アタマおかしいところだ。

 おまえが美しいから抱いているわけでなく、アタマおかしい女とのセックスが死ぬほど気持ちいいから抱いてるわけだが。

 そんなこともわかってないから、駄犬と言われる。


 あんま馬鹿なことやってると、荒野に捨ててくるぞ? 野生に戻すぞ?

 そして野生に戻してリフレッシュしたら、もういっぺん俺の女にするわけだが――。

 ああいいなそれ。名案だな。こんど本当に実践すっか。

 大ジャングル地方にでも、置き去りにしてこようか。ラストダンジョンに出てくるようなモンスターがフィールドをウロついている秘境が、あるところにはあったりする。


「ところでおまえ。――メシは作れるようになったのか?」


 もうすぐ昼なので、そう聞いてみる。

 きちんと練習していて、それなりの上達をしているのなら、今日の昼飯はアレイダに作らせてやろうと思って――。


「え゛?」


 ぎょっとした顔が、返ってくる。

 ああ……。みなまで言うな。すべてわかった。


「――スケは?」

「なま。おいしいよ?」


 つまり調理をしなければ、切るだけだったらできるようになったよ。――と、そういう意味だな。

 こちらは少しずつだが上達している。

 うん。かーいー。かーいー。


「作れますよ?」


 3分計の砂が落ちきって、コモーリンが再起動してくる。それから彼女はそう言った。

 やっぱりちょっと時差がある。なにを作っているのかは知らないが、大詰めで集中力の要する行程なのだろう。


「いや。モーリンには作り終えるまで構わない、と言っておいてくれ」

「わかりました」


 さて、問題は、誰が昼メシを作るかだが……。


 ミーティアなら昼食の支度をそつなくこなすだろう。

 だが一日に何度も人にしたり馬にしたりするのも悪い。

 昼の青草タイムは、彼女の毎日の愉しみの一つである。俺も馬になってみてわかったわけだが、この世にあんなに美味いものがあるとは思わなかった。


 俺は立ち上がった。紅茶を受け取って、ぐいっと飲み干した。


「スケ。……手伝ってくれるか?」

「わかた。よ。」


 スケが嬉しそうに、俺のところに転がってきた。


「材料を切るのを手伝ってくれるか」

「スケ。……やるよ。」


 ぴとー、っと、俺の腹にしがみついて言う。

 うん。かーいー。かーいー。


「ええっ! あたしはーっ!?」

「駄犬は駄犬らしく、くぅ~ん、とか鳴いてろ」


    ◇


 適当にでっち上げた昼飯を持ってゆく。

 スケは、材料を切ったり、みじん切りにしたり、そっち方面で手伝ってくれた。

 ちなみに包丁は使わない。スケルティアが爪を伸ばすと、それは鋭利な刃物と化す。


 ちなみにうちの屋敷のキッチンには、なんと、「冷蔵庫」が備わっていたりする。

 この異世界にも冷蔵庫みたいなものは存在している。

 貴族などが使うのは、氷の魔石を使うものだった。魔石と断熱箱という、非常に原始的な構造のものである。

 これはモーリンに言わせると、氷の魔力を垂れ流しているようなもので、ひどく効率が悪いらしい。

 俺の話した〝ヒートポンプ〟の原理をもとに、モーリンが発明したものは、雷の魔力を使って動く機械式の冷蔵庫だった。氷魔石式と比べて、雷魔石式は、数分の一の魔力で、効率よく長いこと稼動してくれる。


 俺はうちの娘たちの甲斐甲斐しいほうと、料理をして――食堂に運んだ。


 並べられた料理を見て、駄犬が、んごきゅ――と喉を鳴らした。


「なんか……、おいしそう……、これなに?」

「シシカガブ、的な感じのものだな。レシピなどは詳しくは知らんから、挽肉をカレー粉で適当に味付けして、串焼きにしただけだ」


 そんなに美味くはないし、専門の職人が店で出すようなものと比べたら、劣っているだろうが……。


 食えるか食えないかでいえば、普通に食える。

 いったいどうすれば、食えるものを食えなくすることができてしまうのか――。アレイダのヘタさ加減は常軌を逸している。


 ちなみにカレー粉は、こちらの世界のスパイスを混ぜて作った同等品だ。あの転生者の料理人のいる街では、そのまんま「カレー粉」という名称で売られていた。流行っているらしい。


「こっちのは……?」

「唐揚げだ。……おまえだって、唐揚げくらい食ってるだろう? 肉に衣をつけて油であげるだけだぞ?」

「あーあーあー!? あれ!? ころも、っての付けるのね! 油で揚げるのね! 焼くんじゃないんだ! ――で、揚げるって、なに? どうすんの? ころもって、なに?」


 ……そこからか。

 食ったものの調理法さえ推測できないぐらい低い――〝ド底辺〟からのスタートなんだな。

 まあ頑張ってくれ。ジャングル地方に捨てられてしまう前にな。


「ねー、もう食べていい? 食べていいよねー!」


 駄犬の伸ばした手を、俺はぴしりと撃墜した。


「遅くなりまして。大変申し訳ございません」


 モーリンが入ってきたメイド服のエプロンがすこし汚れている。作業部屋から直行だ。


「いい。たまにはおまえのためにメシを作ってやるのも一興だ」

「もう食べていい! いいよねーっ!」


 アレイダの手が、ずびっと伸びる。全員が揃ったのでこんどは撃墜しないでおいてやる。


「塩をもう少し。あとレモンの汁を少々入れるとさっぱりすると思います。あと焼くときの温度はもうすこし高めがいいでしょう」


 俺のシシカバブを味わったモーリンは、そう批評をする。


「手厳しいな。プロじゃないんだ。手加減してくれ」


 俺は笑った。


 隣でコモーリンが、はふはふ、はぐはぐ、と無心に食べている。

 同一人物のはずなのに食べかたがすこし違うのが不思議だ。モーリンは上品で隙がなく、コモーリンのほうは、なんとなく子供っぽい。


「そういえば朝食を取るのを忘れていました」


 モーリンが言う。

 コモーリンの体のほうは朝飯抜きか。なるほど腹の減った体なわけか。その違いか。


「ところで、なにを作ったんだ?」

「ギルドの問題児たちのために。トラブルに巻きこまれたときに、すぐに抜け出せるようにと。ちょっとしたアイテムを。――このようなものですが」


 二つの小さなベルが出てきた。


「ちょっと手で触れてもらえます?」

「こうか?」


 俺は言われるまま、ベルの片方に手を置いた。


「マスターは、わたくしのことを愛しています」


 と、モーリンが言った。


 俺は即座に答えた。


「その通りだ」


 俺の触れているベルが、ちーん、と、音を鳴らした。


「鳴ったな」

「そちらは〝真実のベル〟といいます。もう一つは、回路を反転させたもので、〝虚偽のベル〟といいます。どちらか片方で充分なのですが、製造プロセス上、コアが対生成してしまうものでして、二個、製作してみました」

「なるほど。嘘発見器なわけか」


 俺は了解した。

 俺がモーリンを愛していることは、いちいち考えるまでもなく確かなことだった。


「ええ。まあ完全ではありませんけど。あくまでも表層意識と感応するだけですから。本人も忘れていることや、魔法で忘れさせられていることは、判定できません。嘘つきの天才などは、自分自身さえ騙しきってしまうものですからね」


「ねえ? なになに? なんの話ー? うそはっけんき、って、なにそれ?」

「おまえ。手を置いてみろ」

「こう?」


 アレイダが手を置いたのは「虚偽のベル」のほう。


「いまから俺が質問をする」

「なんなの? わかんないわよ?」


「質問その1。おまえは背中の下、とくに尾てい骨のあたりが感じる」

「へ? ちょちょ――なに聞いて!? ちがうって! そんなことない! ないわよ?」


 ちーん。――音が鳴った。


「なんなの! なんで鳴ったの!? 鳴るとこれどういう意味なの!?」

「質問その2。おまえはおっぱいを強く掴まれて、痛いぐらいにされるのが、むしろ好き」

「ちょちょちょちょ!? だからなんでそんなセクハラ――! ちがうからっ!!」


 ちーん。――また音が鳴る。


「なんなのなんなの! なんなのーっ!?」

「どんどん行くぞ。質問その3。先っちょも好き。こりこりされるのが好き」

「なんでそんなエッチな話ばっか!! 知らない! そんなのあるわけない!」


 ちーん。


「あそこのほうでは、入口の上側と、奥が好き」

「いやーっ!? ちがうもん! ちがうもん!」


 アレイダは真っ赤になって突っ伏した。だが――。


 ちーん。


「焦らされまくる寸止めプレイは、わりと好き。何度もお預けくらってようやく逝かせてもらったときには、ナミダが出るほどキモチよかった」

「ちがうーっ!」


 ちーん。


 虚偽のベルは鳴りまくり。

 ふむ。使えるな。これは。


「ちがうから! ぜったいちがうから! ぜんぜんそんなんじゃないから!」


 ちーん。ちーん。ちーん。

 ベルは鳴り止まない。


「じゃあ、最後の質問だ。これに答えたら許してやろう」

「もう知らない! 答えない! なんにも言わない!」


「おまえは俺のことが大好きである」

「なによバカ! 自信過剰! いじわる! 大っきらいに決まっているでしょーっ!」


 ちーん。


 ベルが鳴った。


「~~~~~~~~――っ!?」


 アレイダはテーブルに突っ伏している。顔を伏せて隠している。

 だが耳が真っ赤。


 さて……。昼メシを食うか。

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