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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
9.仲間の増えてゆく旅の途中

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いわゆるひとつの世間一般的な蜘蛛への認識 「クモ……、だめだた」

 いつもの昼すぎ。いつものリビング。


 モーリンは午後の紅茶の準備をしていて、アレイダはテーブルにほっぺをくっつけて、ガラスの瓶をかぽんかぽんと上げ下げしていて、スケルティアはそれを爛々とした目で見つめている。

 捕らえられた虫が逃げ出そうして、また捕らえられて――以後エンドレス。


「つまんにゃー、つまんにゃー」


 かぽん、かぽん。

 駄犬の鳴き声がBGMで響く。

 スケルティアは蜘蛛としての習性なのか、動く虫がいると、じっと見入ってしまう。


 俺は読書を行っていた。べつに読みたくて読んでいるわけではないのだが、うちの娘たちの育成のために必要な資料であった。


 ちなみに最近うちには、もう一人、娘が増えた。

 コモーリンは、いま表で、馬車の御者台に据えられている。手綱を引いている。

 ミーティアは手綱を引いてやる必要はないのだが、いくら賢い馬だとはいえ、馬の体だと対処不能なことも起きる。

 そういったときに、以前なら、「ひひーん!」と大声で鳴いて知らせてきていたわけだが――。モーリンとコモーリンはテレパシー的に繋がった同一人物なので、距離とは無関係に、こちらのモーリンにすぐに伝わる。


 意外とこれが便利だった。

 モーリンも、向こうの体は座らせておけばいいだけなので、楽だそうだ。


「つまんにゃー、つまんにゃー」


 かぽん。かぽん。

 ああ、うるせえ。

 うちの駄犬。ほんと駄犬。


 あいつがアピールしているのは、どっか連れてけ、という意味だ。

 ダンジョンに潜るのでもいいし、どこか村か街にでも寄って、おいしいものを食わせてやったり、ショッピングしてみたり、観光したり――と、そういったことである。

 あるいはもっと端的に、デートしろと言ってきているのかもしれない。


 だから駄犬といわれる。


 ご主人様が仕事をしていると、あるいは新聞なんかを読んでいると、読んでいるその新聞に乗っかってきて、邪魔してくる駄ペットがいたりするが……。つまりは、あれと同じだ。


 うん? この場合は猫になるか。

 うん。まあ猫ならば、まあよいのだろうが。犬がやると駄犬だな。


「そんなに退屈なら、おまえら二人で、どこかに遊びにでも行ってこい」

「え? いいの? ――お小遣いくれるっ?」

「アホか。ダンジョンにでも行って稼いでこい」


「あまり初心者ダンジョン荒らしちゃったら、わるいでしょう? 高難易度のところは、二人で行くなって言ってたじゃない」

「まあ、そうだが」


 最初の街のリムルアース迷宮くらいなら、二人はソロでも制覇可能だ。

 あそこのモンスターなら、最下層のやつらまで含めても、物理攻撃はレベル差でまず通らない。魔法攻撃だと若干通るかもしれないが、一部屋にぎっしり魔道士系を詰めこんだとしても数十体止まり。そいつらが全員で魔法を連発しても、抜けてくるダメージは、ごくまれに1か2程度。カンスト間際のクロウナイトの強力なリジェネであれば、HPが減った瞬間を見ることさえ難しいだろう。

 だいたいその数十体の魔道士は、アレイダの剣の一振りで十体単位で消えてゆく。残るのは(ゴールド)コインとドロップアイテムばかり。これはもう〝戦闘〟というよりも〝採集〟だ。


「あ。そうだ。ミーティアも連れていっていい? いいよね?」

「まあ。いいが……」


 旅路がまた遅れる。

 大陸の端に存在する、港街に向かって、移動中なのだが……。


 もともと、目的地も日程もある旅ではなかった。

 しかし、次の目的地にある港町で、年に一回の大武闘会が催されることを知った――というか、思い出してしまった。

 どうせなら開催期間に間に合うように到着したい。


 まあ……、いいのだが。


「あ……。そうだ。スケさん。街に行くのはいいんだけど。それ。気をつけないとだめよ」

「???」

「それ。虫を追いかけたり。捕まえたり」

「???」


 スケルティアは、わからない、という顔。


 アレイダは口に出しこそしなかったが、「食べちゃったり」とかいう言葉も続くはず。

 ハント・アンド・イートが、大自然の掟。


 俺はスケルティアとキスするときには、そのへん、あまり気にしないようにしている。

 ディープキスをするときには、とくに、気にしないようにしている。


「……だめ?」


 スケルティアは小首を傾げていた。

 わからない、というカオ。


「だめじゃないわ。べつにだめじゃないのよ。わたしたちは気にしないわよ。――ねえ、オリオン?」


 絶妙な間で、俺に振りやがる。

 俺は神妙にうなずいた。


「ああ。べつにだめじゃないぞ」


 スケルティアは、ハーフ・モンスターとしてこの世に生まれ、人よりは昆虫寄りの感性を持ち、ずっと十五年間、一人で育ってきた蜘蛛少女だった。


 最近はいろいろと努力して、人の機微を捉えるようなことも、頑張っているっぽい。

 〝空気読む〟というスキルも、そのうちのひとつだった。


「………。」


 スケルティアは、じっと俺の目を見ている。

 見ている……。見ている……。見ている……。

 まばたきもせずに、じっと見てくる。特に額の四つの単眼なんて、構造上、まぶたがそもそも存在していない。


「あー……、うん、それも……、ちょっとだめかな」

「そうよ。スケさん。あんまり人の目をまじまじ見つめちゃうと、だめなのよ」

「……だめ? ……なんで?」


「なんでだっけ?」

「なんでだろうな?」


 アレイダが俺に聞く。俺もアレイダに聞き返す。

 うちの完璧超人、モーリンに顔を向けて聞いてみると――。


「え?」


 ――とかいう、答えが返ってきた。


「それは……、だめだったのですか?」


 驚きとかいうモーリンのレア表情ゲーット! ……じゃなくて。


 そういえはモーリンも、人の目を真正面からまじまじと覗きこむ女だった。

 特にコモーリンのほうなんて、赤ん坊みたいに真正面から見つめてくる。

 スケルティアと二人で向かい合わせに並べて、〝無表情にらめっこ王座決定戦〟をやったら、どっちが勝つかっていうぐらいだ。


「あれぇ……? なんでだめなんだろ? なんかちょっと、わたしも自信なくなってきたんだけど……。ねえオリオン?」

「えーと……、ああ、うん……、つまりだな……。人の目をまじまじと見るのは……。ケンカを売ってることになるから、だめなのかな……?」

「わ、わたしに聞かれてもわかんないわよ……。わたし、ばかで、駄犬ですからっ」


 ああっ! こいつ! 都合のいいときだけ駄犬になりやがって!


「……どなの?」

「……どうなのですか?」


 スケルティアとモーリン、二人揃って迫られる。

 無表情コワイ。


「いやあ……。だめというか……。これはあくまでも世間一般的な話であって、俺がどう思っているのかということは、無関係だからな? そのつもりで聞けよ?」


 こくこく、と、二つのうなずきが返ってくる。

 俺が助けを求めるような目を、隣のアレイダに向けると――。


 あーっ! いねえ! 逃げやがったあぁぁーっ!?


 駄犬!

 さすが駄犬! 逃げ足が早いぞ駄犬っ!!


「……まあたしかに、ちょっとくらいは、だめかもしれないな。人に嫌われる癖であるのかもしれないな」

「そ、そうなのですか……」

「そだった……」


 二人して、うなだれている。


「い、いやまあ……。嫌われるっていうよりも……、こ、怖がられるってほうじゃないかな……?」

「怖いですか……」

「こわかた……」


 あんまりフォローになってない。むしろ落ちこみ度合いが増えた。

 二人は無表情的に落ちこんでいる。モーリン学とスケルティア学の権威である俺には、二人の落ちこみ度合いの深刻さがわかる。


「どうりでギルドの子たちも、なにか避けるような素振りを……。わたくしのミスだったわけですね……。怖がらせてしまっていたわけですね」

「いやモーリン。おまえは気づいておこうな? 何十年もあったんだしな」


 そういえばモーリンは、最近冒険者ギルドに指導に行っていたようだ。


「コモーリンを行かせたほうがよいのでしょうか……?」

「ああ。うん。あっちなら怖さは減るかもしれないな。カワイー、と言ってもらえるかもしれないな」


 モーリンだけでなく、スケルティアのほうもフォローをしなければ……。


「すけ……。は。だめだた。クモ……。だめだた」


 しかし細い肩をがっくりと落としたこいつを、いったい、どうやって励ませば……?


「おりおん。……も。クモ……。だめだた?」


 すがるような目を、俺に向けてくるスケルティアに対して――。

 俺は――。


「きゃっ」

「……うん?」


 モーリンとスケルティアを、二人一緒に、左右それぞれの肩に担ぎ上げた。


 言葉などでは伝わらない。

 俺が二人のことをどう思っているのか――。態度により、行動により、それを示すために――。


 俺は二人を寝室へと運んでいった。


 そのあと滅茶滅茶セックスをした。


 二人合わせて都合十七回分くらい――。

 ぜんぜん、だめじゃないことを、体に伝えた。


    ◇


 その後――。スケルティアは、一人でいるとき、鏡を見て、にぃっと、牙を剥くようになった。


 笑顔の練習……。なのだとわかっていても、ちょっとコワいが――。

 努力する愛娘を暖かく見守るぐらいのデリカシーは、俺にもあるのだった。

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