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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
9.仲間の増えてゆく旅の途中
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馬になってみる。「馬……、というのは、楽しいのか?」

 いつもの食堂。いつもの朝食どき。

 俺は向かいに座るミーティアの食事ぶりを、眺めて愛でていた。


 ミーティアはとにかく美味しそうに食べる。

 量でいえばアレイダのほうが食ってはいるが、こいつは馬みたいに食うだけで、とても味わって食っているようには……。

 おっと。馬に失礼だったな。


 ミーティアはトーストパンにバターをたっぷりつける。夢中になってつけている。そして口に運ぶ。一口ごとに「うわぁ」という表情をする。


「ミーティア。うまいか?」

「おいしいれふ~」


 口にものが入っているので、「です」が「れふ」になってしまっている。

 育ちの良いお嬢様なのに、それだけ夢中だということだ。

 萌え。


「わたふぃふぉ~、おいひぃふぁふぉー」


 駄犬のやつが、なんか言ってきた。


「きったねえなー。口の中にもの入れたまましゃべんなよ」


 アレイダは、もぐもぐ、ごっくん――とやったあとで、また言ってきた。


「ずるい!」


 なにがずるいのか、まったくわからない。

 なにを言っているのかさっぱりだ。


 そういえば――と、俺は思った。

 ミーティアは食事のうちの一回は、草を食べている。その草を食べるときにも、こんなふうに、美味しそうに食べるのだ。


 〝草〟っていうのは、そんなにうまいのか?

 いや人間が食ったって美味くないのはわかっている。だが馬の味覚にとっては、うまいのだろうか?


「なぁミーティア。――草って、うまいのか?」

「美味しいですよ」

「どんな味がするものなんだ?」

「なんていいますか……。体に染みこむような感じ? でしょうか?」


 ぷっくらとした唇の端っこに、パンのかけらがついている。

 俺は身を乗り出すと、そのかけらをとってやって、自分の口へと運んだ。


「あっ……」


 ミーティアが恥じ入って、純白のワンピースの裾をくしゃくしゃにしている。

 黒い髪と純白の服とで、コントラストが際だって、よく似合っている。

 俺が与えた質素なワンピースをミーティアは好んで着ている。自分で選んだ服を着てもよいと言ってあるのだが、なぜかそうしようとしない。

 俺の選んだ装備にぶーぶー文句垂れてるどこかの駄犬とは、えらい違いだ。


「ついてる。ほら。わたしもついてる。ここ」


 駄犬が口の端に、ナポリタンのソーセージの切れ端をくっつけて、しきりにアピールしている。

 うざい。

 俺はフキンを投げつけた。もしかしたらそれはゾウキンだったかもしれない。


「しどい……」


「おい。スケ。……口のところ。真っ赤だぞ」

「ん。」


 口のまわりを真っ赤にしているスケルティアに、こんどはちゃんとフキンのほうを手にして拭いてやる。

 口許を拭かれている間、うちの娘の可愛いほうは、目を細めておとなしくしていた。


「もっとすごく、しどい……」


 駄犬がなにか言ってる。

 ミーティアとスケルティアは天然で無作為だが、駄犬のそれは作為まみれ。

 駄犬は駄犬ゆえに〝かわいい〟の原理を根本的に勘違いしている。


「そういえば、このあたりの草って、特にすごく美味しい気がします」

「ほう」

「この土地は海風が抜けて行きますから。若干の塩分を含んでいるせいではないかと」

「ほうほう」


 モーリンの解説に、俺はなるほどとうなずいた。大自然の調味料か。

 それはたしかにうまそうだ。


「マスター。ご興味があるのでしたら、なってみますか?」


 モーリンが言う。

 あまり馬鹿面をさらしたくはないが、俺は、「は?」という顔を返した。

 なるって? ――なにに?


「ああ失礼しました。話が飛躍しすぎましたね。――ミーティアに掛かっている呪いは呪術の一種で、呪術は魔法の一種ですので、私も使うことができます。この呪術は、技量の低い術者が掛けると、変身先はランダムとなります。彼女に呪いを掛けた相手はとにかく動物にしようとしていたようですね。しかし私の技量があれば、なんの動物にするのか、固定することもできます。――ゆえに、マスターがお望みでしたら、馬になることも可能です」


 おおう。

 それは考えてみたこともなかった。

 しかし一生馬になるっていうのもなー。

 いやまあ……。ミーティアは、一生を馬で過ごすところだったわけだが……。


「時間で解けるようにもできますよ。――そうですね。半日ぐらいの体験はお望みですか?」


 半日か。それならいい。

 たしかに面白そうだ。


「え? え? え? オリオン様が……、馬に?」


 ミーティアは目をぱちくりとさせている。黒目がちの目で、俺をじっと見つめてくる。


「そうだ。一緒に野山を駆けるというのは……、どうだ?」

「すごく……、嬉しい……です」


 ミーティアは頬を赤らめて、うつむいて、そう言う。

 こんなに初々しい反応をするなんて。デート程度で。

 うちの娘たちのうちの、初々しいやつは――最高だった。


    ◇


 昼食をさっさと終わらせて、屋敷の外へ出る。

 屋敷の周囲には、小さな林ぐらいの土地が広がってる。この亜空間はけっこうな広さがあった。

 人が運動をするぐらいなら充分な広さであるが、しかし、馬の運動には足りないだろう。


 皆で馬車の外へと出る。

 どこからか吹く風に、たしかに、潮の香りが混じっている。


「あちらに数キロほど行くと岬がありますよ」


 モーリンが森の向こうを指差している。数キロというのは徒歩で行くには、すこし遠い。だが馬の足ならすぐ近所だ。


 ミーティアは先にコマンドワードを唱えて馬に戻しておく。

 俺の女であるから、コマンドワードは俺専用だ。他の者が同じ言葉を唱えても反応しない。

 背中を撫でてやると、ミーティアは、ぶるっと鳴いた。


「では――、準備はよろしいでしょうか?」


 準備もなにも、心の準備ぐらいしかないが――。


「ああ。やってくれ」


 俺はそう言った。


 モーリンが呪文を唱えはじめる。足下の地面に魔方陣が浮かぶ。

 なるほど確かに――〝呪い〟だけあって、禍々しい色と形の魔方陣だ。 


 術者の足下にあるのと同じ魔方陣が、俺の足下にも生まれていた。

 魔方陣は端から解けて俺の体をのぼってきつつあった。ムカデに体を這いあがられるような感覚が俺を襲う。


「マスター。力を抜いてください。呪いは私が制御していますので。ご安心を」


 モーリンが言う。

 同じように魔方陣を体にまとわせながら、涼しげに言う。

 俺は一切のレジストをせず、〝呪い〟に身を任せた。


 そして俺の体は――。

 立派な〝牡馬〟へと変化していた。


 おー。おー。おー。

 馬だ。馬になった。馬だ俺いま。


「ぶひひひ――ん!」


 言葉も馬のいななきとなっている。

 そりゃそうだな。人語を喋れるようなら、ミーティアはもっと早く事情を訴えかけてこれたわけだしな。


 道の先でミーティアが待っている。振り向きかげんで、尻尾を振って、俺を呼んでいる。


 俺は駆けだした。

 一歩目からぐんと力強く加速する。馬の脚力は物凄いものがあった。


「え? あっちょっ――!? ちょっと待ってよ! あのっ――モーリンさんがねっ!」


 アレイダがなにか叫んでいたが、無視だ無視。


    ◇


 俺とミーティアは岬に向けて走った。


「ひひひん! ひひーん!」《オリオンさま! どうですか馬になったご気分は?》

「ぶひひひん! ぶるるっ!」《ああ! 最高だ!》


 走る。走る走る。走る。ぐんぐんと走る。

 景色がびゅんびゅんと後ろに流れ去ってゆく。

 まるでバイクや車にでも乗っているようだ。しかもそれが自分の体でできるのだ。

 よくバイクや車の乗り心地を「人馬一体」などと評するが――。

 いまの俺は一体どころではなかった。

 俺が馬だ。馬が俺だ。


 馬の体の扱いは、長年の経験を積んだミーティアのほうが上だった。

 前を駆ける彼女に、なかなか追いつけない。

 その逞しい尻を、俺はずっと追いかけている。


《私が馬でいることを憐れんでくださいましたけど。――いまはどうですか?》

《俺が間違っていた! ずっと馬でもいい気分だ!》

《でしょう? ――ですから私。いますごく幸せなんですよ! 人間にも戻れて、昼間は馬になれて! こんな素晴らしいこと、ありません!》


《それはいいが――。ちょっと待て。馬の体でおまえに触れてみたい》

《それでは捕まえてくださいな》


 牝馬は見事な足取りで駆けてゆく。

 牡馬の俺は、その尻を追いかけた。

 躍動する肢体。揺れる尻尾がたまらなく魅力的だった。


 岬に着いたところで、ようやく追いつくことができた。あるいは彼女のほうが待っていたのかもしれない。


 どちらにせよ、俺は――。

 海を望む緑の丘で、彼女のたてがみに触れ――。背を噛み――。

 そして、あれっ? と思ったときには繋がりあっていた。彼女の背中にのしかかる。長い頸を噛み、背を噛む。

 俺たちは二匹の獣となった。


 馬になった俺は文字通りの意味で馬並みだったが。彼女も馬並みなので、まったくなにも問題はなかった。


 俺は本能の赴くままにハッスルした。

 えっほ。えっほ。


    ◇


 日暮れまでにはまだすこし猶予のある時間に、俺たちは馬車へと戻ってきた。

 共駆けをたっぷり愉しんだ。あちこちで交尾もたっぷり愉しんだ。滅茶苦茶交尾した。

 人間以外の営みもすごく新鮮だった。


 仲睦まじく、頸を擦り合わせながら、俺たち二頭が、ぽっくぽっくと蹄を鳴らして歩いてゆくと――。

 馬車の近くに、もう一人――じゃなくて、もう一頭の馬がいた。


 三人の人間が馬車のところで待っている。赤い髪と青い髪の二人は、あれはアレイダとスケルティアだろう。そしてちっこくて黒い頭なのが、あれはコモーリンのはず。馬になると人間の見分けがどうも難しくなる。

 かわりに馬の見分けのほうは、すごくわかるようになるのだが――。


 そこで待つ一頭の馬は、見たこともない馬だった。

 美しい馬だ。光の加減によっては紫にも見える、不思議な毛並みを持つ黒馬であった。


 そして牝馬だ。大変な美人だ。


「ぶるるっ」《たっぷり愉しまれてきたようでなによりです。――マスター》


 その馬は、そう言った。


「ぶひひひっ」《うえっ!? モーリンか!? ――なぜおまえまで馬になっている?》


「だからさっき止めたのに。走って行っちゃうから……」


 アレイダが言う。よくくびれた腰に手をあてて、俺をねめつける。

 露出度の高いこいつの格好を目にすると、俺は少々の欲情を覚えるのが常なのだが――馬になっているときには、それがまったくない。

 不思議な感覚だ。種族違いだからだろうか。


 それよりもモーリンだ。

 ビロードのような艶を持つ毛並みの、その彼女が――いまの俺にはすごく魅力的に見えている。


《マスターにお掛けしたのは〝呪い〟ですから――。術者にも同じ反作用が起こります。マスターの世界で言うと〝人を呪わば穴二つ〟と言うようですね》


 馬モーリンは何事もなくそう言った。


《おいおいおい。……そういうことなら、はじめから言っておけ》


 モーリンまで馬になってしまうとわかっていたら、やらなかった。やらせなかった。


《事前に準備しておけば、呪いの反作用を引き受ける依代なども用意できるのですけど。今回はすぐに術を行使しましたし。……あとなによりも、わたくしもマスターと同じ体験をしたいと思いまして。長いこと生きておりますが、馬になったことは、はじめてです》


《うむ。まあ……、そういうことならば、かまわんが……》


 俺は鷹揚に返した。牝馬の馬体がどうにも気になって仕方がない。

 馬モーリンの背中に、コモーリンがせっせとブラシをかけている。セルフブラッシングだ。便利だな。あれは。


《身だしなみを整えておりました。――どうでしょうか? マスター?》


 馬は常に裸だから、身だしなみを整えるということは、全身をブラッシングするということだ。毛並みを整えるということだ。

 人間ならば服装を整えるのに相当する。

 コモーリンの手によって充分にメンテされた馬体は、まるで輝くような毛並みであって――。


《うむ……、まあ、その……なんだな。いいぞ。すごくいいぞ》

《わたくしたち。いまは動物なのですから……。言葉ではなく、行動で示してくださいますか?》

《うむ。心得た》


「ちょっとちょっとちょっとおおぉぉ――っ! なに大きくしてんの! 大きくなってんの! ちょ――!? それ――っ!! 大きすぎっ! なにそれ!? うわやだ! ――ヤバっ!」


 アレイダが大騒ぎしている。手で目を隠している。

 しかし指の合間からしっかり見ている。


「おりおん。すごい。」


 スケルティアもため息を洩らしている。


「見ちゃだめーっ!」


 アレイダがコモーリンの目を覆って教育的指導をしているが、なにをいまさらである。


「やっ――、もっ――、ちょっ……。そ、それぇ……、なんなのよぅ……、うわヤダっ……、腕より太っ……」


 アレイダのやつは、うつむいて耳まで真っ赤。

 それでも俺から目を離せない。


 はっはっは。

 そりゃ。馬だからな。

 まさしく馬並みってやつだな。


「ひひーん!」


 俺は高々と――いなないた。

 馬モーリンに対して「愛」を示した。

 動物流に――。〝言葉〟でなく、〝態度〟によって示した。


 このあと滅茶苦茶、交尾した。

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